其の拾壱『血着』
早く終わらせたい一心で書いています……(苦笑)
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「 ――ッ!」
騒音『マンドラゴラ』。英治にも向けて放ったスペルを、至近距離、不意打ちで放つ。
大気が震え、地面が揺れる。周りの木々も、それに呼応するかのように唸った。地を流れる騒音、と例えられる大声が、辺りを震わせ、破壊する。毘沙門天が持っていた、俺の鎌の一部にヒビが入り、爆散する。鋭い破片が雨のように降り注ぐが、気にしない。
毘沙門天は、仰向けの俺に馬乗りになるようにしていたので、至近距離で声を聴いたことになる。――空想の生物のマンドラゴラの声は、聴いた者を殺すと言われているが、俺にそんな力はない。ただ、振動で破壊に導くだけだ。
しかし、単純ではあるが、回避は不可能に近い。仮に避けたいのならば、音速よりも速く、声の聴こえないところに逃げるか、相殺し合う音をぶつけるかの二択しかない。
そのどちらもできない毘沙門天は、もろに喰らうしかなかった――。
「 ――ッ!」
「――近所迷惑です」
黙って下さい、と。
その手は俺の首にかけられた。そして、ギリギリと締め上げる。か細い指からは想像もできない握力が、気管と食道、動脈と静脈を締め上げていく。
動脈――酸素が脳に行き渡らない。呼吸も苦しくなってきた。視界がぼやけてくる。駄目だ、正常な判断ができない。
「……ガッ……、アァ……ッ」
「すみません、後で蘇生しますので」
更に指に力を込められる。抵抗しようにも、腕は毘沙門天の両脚で固められている。バタバタと、脚で醜く空を蹴るのが精一杯だった。
――ああ、百八十秒かけて治癒した意味がなくなるな。
「ァァア!」
一つ、吠える。直後に現れる、数本の刀剣類。それは俺の体から、毘沙門天の乗る位置から、突き出ていた。体を構成する物質の一つ――血液にも含まれている、鉄分を凝結して、即席で錬金したものだ。
一応、体のどこからでも出せるが、これは手足と違い、血管から直接武器にしているので、筋肉、神経、内臓類を少しばかり犠牲にしなければならなかった。しかし、先ほどの百八十秒間に比べれば、圧倒的に短い時間で治癒するので、まぁよしとしよう。
思いもよらぬ所から突き出た刀剣類に、毘沙門天も少しばかり驚きを見せたが、すぐさま俺の首から手を離し、飛び退く。
「はッ、はッ、はッ……」
酸素を取り込む。脳が少しずつ働いてきた。状況が掴めてきた。
体のから生える刀剣類を、右手で全て叩き割って、回復しやすいようにする。
「……驚きました」
「……そうだろ」
実際、種も仕掛けもない物理的な手品を、しようと思えばやれないことはなかった。一瞬、人里でやってみようかな、と考えたが、今はそんなことを考えるべきではない、と思考を打ち消す。いつだってこうだ。死地であればあるほど、全く別のことが頭に浮かぶ。
まるで、死にたくないかのように。
死にたがりが。
よく言うよ。
「貴方は――」
毘沙門天は、いつの間にか回収している自分の槍を、心地いい風を切る音とともに、右の肩に担いだ。もう片方の手には、毘沙門天の象徴――宝塔。
「私に勝てますか?」毘沙門天は問う。
「負けない程度には」吸血鬼は笑う。
「折れませんか?」毘沙門天は睨む。
「柔軟性はある方なんだよ」吸血鬼は鼻で笑う。
「殺しますよ」毘沙門天は脅す。
「五百年前から死にたがりだ」吸血鬼は嘲る。
死にたがり、だ。
「戻るなら今ですよ」最後であろう、忠告か。
「もう、早すぎるくらいに遅いんだ」戻ることはできない。
ちょっとやそっとじゃ死ねない吸血鬼にとっては、人生というものは考える時間が多すぎる。五百年間という時間は、元人間にとっては精神に異常をきたすのにも十分過ぎる時間だ。
「遅いんだよ」
人生を終わらせるのにも、始めるのにも。
遅すぎた。
「……分かりました」
毘沙門天は一つ、溜息をつく。俯き、前髪で眼が隠れ、どんな表情をしているのか、全体像が見えない。しかし、多分――、憐れむ表情だったと思う。同情は要らない、と昔言ったことがあったな、と思い出した。
「安らかに眠って下さい」
姿が消える。微かに、土を踏む音を聞く。――その音源は、後ろから聞こえる。
左腕を刃物にして、半回転、槍を止める。火花が頬に飛び、熱いと感じ、それと同時に、毘沙門天の左手の宝塔が光る。マグネシウムの閃光弾と同じほどの明るさだ。
「寅符『ハングリー』」槍に込める力を強くしながら、言った。
「『ストラディ』――」負けじと、長きの相棒の名を叫ぶ。
「『タイガー』」
「――『ヴァリウス』!」宝塔の光が消えると同時に、毘沙門天の方から無数の弾幕が現れ、俺の手にはヴァイオリン――ストラディヴァリウスが収まっている。四つの大玉がこちらに向かってくるのを見ながら、ヴァイオリンの弓を、剣に――一時的に――錬成する。
「らぁッ!」
先ほどのレーザーに比べれば、威力も早さも段違いに遅い。斬って無効化させることは難しくなかった。大玉弾幕は中心から徐々に光を霧散させ、次第に消えていった。しかし、これで終わりではない。黄色の矢印のような弾幕が続けて襲ってくる。俺はスペルカードを一枚取り出し、弓剣を元の形に戻す。
「『全方位拡散型音符』」
弓をヴァイオリンの弦にあて、音を奏で始める。音符は、三百六十度、自らを中心とした球体型に飛び交う。黄色の弾幕と当たる度に、ばちんばちんと爆発音を立てて、相殺していく。霧のような弾幕が晴れ、毘沙門天の姿がはっきりと見える。
「『菊一文字』」
弓を再度剣に戻し、真横に薙ぐ。――先ほどの剣と違う点は、長さが約二倍になったことだ。今の刀身は百八十、といったとこか。スペルカードとともに打ち出した斬撃は、自らを守ろうと突きだした槍を二つにし、毘沙門天の腹部を切り裂いた。続けて、二回、三回、四回と次々に弓剣を振るう。
銀色に光る刃から、白く乱反射する真空刃を生み出し、一つ一つが意志を持っているかのように、毘沙門天に向かう。しかし、「勝ち誇らないで下さい」――呟いたような声が聞こえたと同時に、右の視界が暗くなった。――否、黒くなった。
見える左目で毘沙門天の足元を確認する――。二つになった槍の、刃の方の一本がなくなっていた。右手で自分の右頭蓋骨を触る。何か棒状の物が刺さっていた。
「曲がりなりにも、武神です」
「……勝ち誇ってなんかねぇよ」棒状の物を無理矢理引っこ抜く。刃の部分には白いものと、薄い褐色のような色のものがくっついていた。それらが何なのかは考えたくない。引っこ抜いた槍は、使えないように錬成して、ただの鉄塊にした。「早く終わらせようぜ」
「出血多量で死ぬのが先か、負けてから傷を塞いでやるのかが先か」
「治療してくれるんですか?」
毘沙門天は驚いたように言った。一瞬、身体の緊張が解けたが、俺は何もしない。
「殺し合っている訳じゃない」
「……私は貴方を殺しますよ?」
「やってみろよ」
俺は右手を翳し、無から生まれた一枚の黒いカードを掴む。普通のスペルカードよりも黒い、俺のラストワードの一つだ。その冠名は『終狂詞』。
「早く終わらせようぜ――。もう眠くて仕方がない」
「いいですね。勝つか負けるか、はっきりさせてから寝て下さい」
毘沙門天はどこからかカードを取り出す。スペルカードだろうか。それならば、外の奴にもそういう概念はあるんだな、と今更ながらに思う。取り出したスペルカードの色は黄と赤。冠名は見えない。――毘沙門天は息を大きく吸い込み、言った。
「『コンプリートクラリフィケイション』」
完全浄化か、と呟き、同じように言う。
「終狂詞『不完全終明』」
俺の人生は、何なのか。未だに分からずに作ったラストワード、不完全終明。黒い闇が、俺の視界を覆っていき、やがて視界の全ては闇に覆われる。――何も見えなくなるのは、人生という道を歩いている時も同じだ。
何も見えない。相手の攻撃が見えない。
しかし。
「右」
右手を振り上げ、勢いのままに何回も斬りつける。何回か、何かを斬る感触があった。右手に何か、湿り気のあるものが付いた。そのまま、身体の動くまま、左手と共に払う、薙ぐ、斬る。刺す、刺す、刺す。
狂気の色が、黒の中に見えた。表現するとしたら、黒を塗り潰す黒の色、というのが最も的を射ている。そんな色が、闇の上に覆い被さる。狂気の色が視界を覆い、身体は闘争本能のままに動き、可動し始める。
右、左、上から身体を捻って右、左脚を軸にしてターン、左。とにかく、『感触があるもの』を斬りつける。下、左斜め上、回って右斜め上から刃を落とす。終わらない連打。
「やりすぎです」
そんな声が聞こえた気がした。それと共に、脳に強い揺れ。肘鉄を食らったのだと、感覚で分かった。更に、身体の中で、何かが破れる音。内臓の破裂――強い蹴りを食らう。続けて右肘の関節破壊、左腕の尺骨粉砕、右骨盤の破損。
何をされた? そんな思考を他所に、身体は勝手に、条件反射のように動く。
無事である左脚を全て刃に変え、回し蹴りをした。
――嫌な感触が、感覚神経を通り、脊髄から脳に伝わった。
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