15.権勢?
ソラージュと同じく、帝国でも正確な時計とか分単位の厳密なスケジュールのようなものは存在しないらしかった。
謁見も順番は決まっているんだけど宮廷に行って控え室で呼ばれるのを待つことになる。
その間は待機だ。
でも万一呼ばれたときに居なかったりしたら謁見を取り消されるだけじゃなくて大変な無礼になってしまうということで、朝飯が済んだらすぐに出発することになった。
いったん全員で自分の部屋に戻り、儀礼服に着替えて点検して貰う。
ラウネ嬢に少し注意を受けてからエントランスに行くと、正装したメンバーが揃っていた。
ミラス殿下はソラージュの王族服の、それも最高度の正装のようでソラージュの宮廷でも見たことがないほど豪華な衣装だった。
凄く暑くて重そうだ。
「そうなんですよ。
謁見まで持てばいいんですが」
ミラス殿下は早くもうんざりした様子だった。
ソラージュは温帯気候というか、冬でもそんなに寒くならないから衣類もむしろ薄手が基本なんだけど、王族の正装ってそれなりに暑苦しそうだからな。
クソ暑い帝国で着るようには出来てない。
「一応、可能な限り軽量化および風通しが良くなるように仕立て直してありますが、ソラージュ王家の伝統を表す部分についてはいかんともしがたく。
脱水症状にならないように小まめに水分の補給をお願い致します」
服飾の専門家らしい官僚の女性が心配そうに声を掛けていた。
大変だなあ(人事)。
ちなみに俺の衣装は帝国皇子の正装ということだった。
つまり帝国の気候に合わせた造りになっていて、一見きらびやかで重厚な色とデザインなんだけど、実は風通しが良くて蒸れないように縫製されている。
生地も工夫されているみたいで結構涼しい。
カールさんも俺と同じデザインの服を着ているし、シルさんは女性版の皇族服だ。
スラックスの代わりにすっきりしたスカートなんだよね。
ミラス殿下が俺達を恨めしそうに見ていた。
フレアさんは皇族服じゃなくてソラージュのドレスを着ていた。
暑そうだ。
まだ正式には婚約していないはずなんだけど、何か儀礼があるのかもしれない。
その他の官僚の人たちは皆さん一様に高級だけど地味な服だった。
北方諸国に行ったときにセルミナさんやトニさんが着ていた奴ね。
役人としての儀礼用制服なんだろう。
でもやはりソラージュ仕様なので、みんな暑苦しそうだった。
帝国に来ることが判っていたんだから、軽量・夏服化とかしなかったのか?
「高級官僚の儀礼服は自前ですので。
皆さん、帝国でしか使わない服を仕立てる余裕がなかったのかも」
ロロニア嬢が教えてくれた。
やはり金の問題か。
大変だなあ(人事)。
そう言うロロニア嬢やユマさんは正装ではあるものの儀礼服ではなかった。
「私どもは謁見に参加いたしませんので。
傍聴席で拝見させて頂きます」
いいなあ。
ユマさんたちは一応俺達についてきてくれるものの、謁見だけじゃなくてその後の晩餐会や皇族集会にも出ないらしい。
他に色々とやることがあるんだろう。
よろしくお願いします。
エントランスに馬車が回されてきて、順番に乗り込む。
今回は帝国皇帝からの正式な召喚だから、馬車は帝国の儀典局が用意した凄く豪華なものだ。
でも狭いしよく揺れるんだよね。
俺のゆったりした馬車になれてしまっている身には辛い。
4人乗りのところに俺、カールさん、シルさんとラウネ嬢が乗り込んでいるので暑苦しいの何のって。
御者はハマオルさんで、隣にナレムさんが座っている。
馬車は貸与されるけど御者は自前で用意せよということらしい。
「護衛の問題もあるからな。
帝国皇族のそばに知らない者を近づけるわけにはいくまい」
それもそうか。
というよりはむしろ自己責任で用意しろということかも。
「シルさんには護衛はいないんですか?」
フクロオオカミは別にして。
「自分の身は自分で守れる。
皇族も金のやりくりが大変だからな。
別に護衛をつけなければならないとは決まっていない。
大半の者は一人で出歩いているよ」
さいですか。
帝国って世知辛いというか、実力主義というか。
身分には義務が伴うのは当たり前だけど、皇族という頂点の身分に要求される水準って大変だ。
でも先立つものはまずは金なんだよね。
貴族身分も基本は同じなんだけど。
紋章院長のアーリエさんなんか金のために働いていると言い切っていたもんな。
いやちょっと待てよ?
皇族が金で釣れるんだったら、皇帝レースは買収でイケるんじゃないの?
「無理じゃな」
カールさんが言った。
「皇族の矜持がそんなことを認めんよ。
そこに目を瞑ったとしても、そのような話は絶対に公になるし、そうなったら買収した方もされた方も皇族名簿から抹消じゃな。
した方が皇族以外なら極刑じゃ」
そうか。
魔素翻訳があるから隠せるもんじゃない。
買収で票を集めた候補なんか相手にされないだろうし。
いやその前に紋章院が動くか。
初代皇帝だか誰だか知らないけど、帝国の基礎を作った人って随分考えて制度を設計したようだ。
国の絶対権力者の選択について、これでもかとばかりに安全装置を組み込んである。
絶対君主制の国家の最重要な問題は極端に言えば国のトップをどうやって選ぶかだからね。
そこが腐敗してしまったら、他の部分がどれだけ健全でも駄目だ。
その点、ホルム帝国って少なくとも皇帝選びで問題が発生する可能性はひどく低くなっている気がする。
むしろ他の部分がヤバくなっていたりして。
でも皇帝が健全なら、何とでもなるよな。
「なるほど。
言われて見ればそうだな」
「マコト殿の洞察力はあいかわらずじゃの」
「そのような観点から見たことはございませんでした。
勉強になります」
同席の3人が口々に言ってきた。
魔素翻訳で俺の思考を読んだらしいけど、カールさんまで?
「そのくらいはわしでも判る。
マコト殿の表情での」
さすがにこっちで半世紀近くも暮らしただけのことはありますね。
すっかり馴染んでいるんですか。
元ソラージュのギルド総評議長だったっけ。
やっぱ凄い人だなカールさん。
「マコト殿ほどではないぞ」
「その通りだ。
カル殿には悪いが、何も知らないのにここまで状況を洞察出来る者がいるとは思わなかった。
ユマですら理解したのはかなり調査してからだと言っていたからな」
軽小説のせいです、と言いかけて黙る。
変な誤解がますます増えるだけだからなあ。
黙っておこう。
言い忘れたが、俺達の馬車の周囲は護衛の馬車で埋まっていた。
もちろんすぐ前を行くミラス殿下の馬車がその中心なんだけど、こっちも負けず劣らず厳重だ。
帝国の皇族が3人も乗っているからか?
「これらの護衛はすべてヤジマ皇子殿下の配下なのではございませんか?
ミラス殿下直属の護衛はソラージュの近衛隊だけと聞いておりますが」
ラウネさんが訝しげに言った。
そうなの?
「さっきも言ったが皇族の護衛は自己責任だ。
帝国政府も宮廷も召喚した者に護衛を派遣したりはしない。
つまり今我々を守っているのはマコトの配下だよ」
シルさんが笑いながら言った。
そうなのか!
いや全然知らなかったけど。
ユマさんが手配したんだろうね。
金を使い放題だ。
まあ、この程度でヤジマ商会がどうにかなるわけもないだろうけど。
「凄まじい演出じゃな。
ソラージュの次期国王がどれだけの権勢を誇っているのか一目で判る」
「それだけじゃない。
ミラス殿下の後ろ盾であるマコトの力の凄さもだ。
あいかわらずユマのやることはいちいち派手だな」
カールさんとシルさんの話で嫌な予感が大きくなった。
「それってつまり、喧伝ということでしょうか」
恐る恐る聞いてみたら即答された。
「もちろんだ。
庶民には重厚なパレードにしか見えないだろうが、少し事情を知っている者ならすぐに判る。
新しく登極する『帝国皇子』の『力』がな」
「世の中、何と言っても金じゃよ。
それがない者がどれだけ高邁な理想を説いても絵空事じゃ。
初めて訪れた帝都でこれだけの行進を演出して見せる。
ヤジマ帝国皇子の名は目のある者の脳裏に焼き付けられるじゃろうて」
何してくれてるのユマさん!
俺なんか喧伝してどうしようと?
俺、全然知らないんですけど。
「そうなのでございますか?
失礼ですがフレスカ皇女殿下を通じて帝国軍部隊の取り込みにも積極的に動いていらっしゃいましたので、そのおつもりなのかと」
ラウネ嬢、それは誤解です。
「いや、あれは違うな。
マコトはごく自然にやるんだよ。
ソラージュに居た頃からそうだった。
いつの間にか周囲の者を取り込んで、熱狂的な支持者に変えてしまう」
「ラウネは知らぬと思うが、それは見事なものじゃよ。
北方諸国を悉く制圧した手際は惚れ惚れするほどじゃったの。
マコト殿は金の使い方をよく心得ておる。
脱帽じゃな」
カールさんとシルさんも好き勝手なことを。
俺はそんなんじゃないってば!
「着きます」
帰っていい?




