14.天然?
謁見当日の朝、俺はいつも通りに夜明け前に起きてシャワーを浴びてから朝練に行った。
ハマオルさん以下の護衛隊と一緒に早朝の帝都を走る。
迎賓館のある辺りは官庁街ということで、人はほとんど住んでいない。
家や屋敷もなくて、無骨なビルが並んでいるばかりだ。
よって犬を含む俺達の集団が走っても問題にはならない。
最初は帝都の警備隊が何事かと駆け付けてきて、その上司に了解を得るまで足止めされた。
別に法律違反じゃないんだけど、やっぱり数十人もの人間が朝のまだ暗いうちから集団で走っているのは不気味だよね。
すぐに帝国儀典局の担当者を通じて当局に了解をとって貰い、合法的? に早朝ジョギングできるようになった。
一応監視はついている。
コース沿いに立哨している帝国軍の兵士が配置されているのだ。
この辺りは今まで行った国ではなかった事で、さすがに帝国だけのことはある。
帝都の警備は厳重だ。
「そういうわけではありませんが。
私が参加していることで色々とあるようです」
申し訳ありません、と俺の隣を走っているフレスカ大尉が言った。
朝練のことを聞きつけて強引に参加するようになってしまったのだ。
フレスカ大尉だけじゃなくて例のオロサ曹長を含む帝国軍兵士も十人ほど同行している。
オロサさん以外の兵士は毎回替わるので、やっぱオロサさんってフレスカ大尉のお付きなんだろうな。
ちなみに帝国軍兵士の皆さんは朝っぱらから朝練に付き合わされて不平たらたらかと思ったけど違った。
いや最初は諦めムードだったんだけど、俺が朝練後に飯をサービスすることにしたんだよね。
迎賓館には食堂があって滞在者のための軽い料理の他に雇い人用に賄い飯を作っているんだけど、ヤジマ商会で材料費を払って近衛隊やヤジマ商会関連舎員たちの飯も作って貰うことになったのだ。
というよりは、むしろヤジマ食堂のスタッフが厨房を借りて作っている。
最初は迎賓館の料理人も厨房を明け渡すことに難色を示していたんだけど、試しに飯を作って提供したら途端に態度が変わったらしい。
何でも迎賓館の料理長がこっちの料理長を「師匠」と呼び始めたらしくて。
「そんなに凄い人だったんですか」
何て言ったっけあの人。
忘れた(泣)。
「いえ。
迎賓館の料理人は晩餐などの料理は作らないのだそうです。
それらの料理は帝国の特別料理人が担当するということで、迎賓館で作っているのは軽食やお茶のデザートといったものらしく」
ユマさんが教えてくれた。
なるほど。
もちろん迎賓館のお客さんに出す軽食なんだから最高級のものではあるはずだけど、本格的な料理とは言えないからね。
それに比べてヤジマ食堂の料理人は何でもござれだ。
腕もいい。
師匠と呼ばれても不思議じゃない。
その後、ヤジマ食堂の何とか言う料理長さんが迎賓館の料理人に料理を教えても良いかと聞いてきたから許可しておいた。
別に減るもんじゃないし。
そういうわけで滞在者用とは別に大量の料理を作って貰っているんだけど。
朝練に参加した帝国軍兵士の皆さんをここに招待したら、もう大受け。
食い放題だと言ったらマジでみんな泣いて喜んでくれた。
その噂が伝わったらしく、次の日から朝練の参加希望者が殺到して大混乱になったそうだ。
オロサ曹長が苦笑しながら言った。
「殴り合いの喧嘩になりました。
とりあえず喧嘩に参加した者どもを朝練の参加禁止処分にしたところ、兵舎が不気味なほど平穏になりまして。
これまで不平たらたらだった者までもが積極的に訓練に参加するようになり、隊ごとの成績評価ではトップになりそうです。
ただ」
「ただ?」
「他の隊の者から文句が出まして、色々と挑発行為などもあるようです。
皆驚くべき忍耐で耐えておりますが」
そこまでかよ!
俺のせいで帝国軍の風紀が乱れるのは望ましくないなあ。
ここはひとつご機嫌取りをということで、早速オロサ曹長が現在所属している帝国軍部隊に毎日ちょっとした物を届けることにした。
そうしたら一応騒動は鎮まったんだけど、その部隊の指揮官がやって来てユマさんと長々と話していた。
「何でした?」
「帝都防衛隊の司令部から申し入れがありまして、是非こちらの警備を任せて頂きたいとのことでございました。
丁寧にお断りしたところ、ならばせめて朝練の経路を警備させては貰えないかと」
いかがなさいますか、と聞かれたけどなあ。
良きに計らえというしかないよね。
そういうわけで朝練に出るとあっちこっちに帝国軍兵士の皆さんが立っていることになってしまったわけで。
「皆さん大変みたいですけど、いいんでしょうか」
「お構いなく、ということでございます。
差し入れに感謝した兵士が自発的に行動しているということで、問題ございません」
ラウネ嬢がなぜか誇らしげに言った。
でも大変でしょう。
何か俺、また余計なことしてみんなの負担を増やしたような気がしたから、立哨している兵隊さんには後で迎賓館に寄って貰ってちょっとしたデザートを出すことにした。
全部俺個人の経費だ。
いや確かに結構金がかかっているんだけど、俺の感覚だと小銭を使っている程度の印象なんだよね。
財布に万札が二十枚くらいある状態で、う○い棒を大人買いしてみんなに配っている程度の意識というか。
いくら使っても金が減っている様子がない。
それでもちょっと心配になって聞いてみたら、帝国のギルドにジェイルくんが俺名義の口座を開いてくれていたらしい。
残高を聞いたらエベレストの山みたいな事を言われた。
しかも、どうも毎日振り込まれて増えているようなんだよね。
なんで?
「ヤジマ商会の事業が順調だからでしょう。
過去に上がった業績の配当金が遅れて振り込まれているのではないかと。
ちなみに帝国の口座はソラージュやエラなどのものとは独立していますから、使い切って下さっても問題ないということでございます」
ロロニア嬢が恐ろしい事を言った。
万一足りなくなったらすぐに追加振り込みされるそうだ。
俺の財産、今どうなっているんだろう。
そういえば親善大使にされて北方諸国に行った辺りから、そういう事はまったく気にしなくなったんだけど。
口座の残高の桁が多すぎてよく判らなくなったんだよね。
何かで使う時にヒューリアさんたちに「まだ大丈夫です」とか言われてそのままになっていたからな。
ここ数年、口座を確認すらしてない。
まあいいか。
ロロニア嬢やユマさんが大丈夫だというんだから大丈夫なんだろう。
そういうわけで、迎賓館の厨房はフル回転するようになったんだけど。
別に表面的には変わった所はない。
ただ朝練で走っていると不意に「ヤジマ帝国皇子殿下、万歳!」とか叫ばれるんだけど、まあそれくらいなら。
さすがに日中はそんなことはないからな。
いつものように立哨している兵隊さんたちから万歳を叫ばれながら走り、戻ってくると俺は自分の部屋でシャワーを浴びた。
暑いんだよ。
従って一日に何度も水をくぐる必要がある。
ハマオルさんとラウネ嬢は、一緒に走ったのに汗ひとつかかずに待機している。
ラウネ嬢、見た目は華奢なんだけどさすがは帝国騎士だ。
あの細い身体でハマオルさんと互角とは。
エントランスホールを通りがかると使用人食堂の方から歓声が沸き起こった。
「ヤジマ帝国皇子殿下!
ご馳走になります!」
「「「ありがとうございます!」」」
はいはい。
朝練に参加した皆さんが飯の真っ最中だった。
人数が多いのでこっちにはみ出してきてしまっているのだ。
迎賓館でそれはどうかと思ったけど、今のところ文句は出ていない。
泊まっているのが俺達だけだからということもあるようだ。
「マコト殿が帝国皇子というところも効いておる。
不可侵だからの」
どうもすみません。
それにしても俺、何かあるとみんなに飯を奢って有耶無耶にしている気がするな。
気を取り直して宿泊客用の食堂に入ると、すでにみんな集まっていた。
ミラス殿下やフレアさんはもちろん、本日の謁見についていく人たちは全員揃っているようだ。
寝坊して大恥はかきたくないんだろうな。
「お早うございます。
マコト殿下」
「おはようございます。
ミラス殿下」
俺も殿下になってしまった(泣)。
ララエの名誉大公の肩書きは、ララエ以外ではほとんど使ってないからある意味新鮮だ。
いや俺は「さん」と呼んでいるんだけど、向こうには「殿下」と聞こえるらしいんだよね。
こっちも同じだ。
魔素翻訳だからしょうがないということでそのままになっている。
ミラス殿下の向かいの席につくと、俺の隣にはユマさんが座った。
反対側はシルさんだ。
フレスカ大尉は残念ながら不在だった。
帝国軍の軍人だからこの席には混じれないらしい。
「フレスカ大尉殿は帝国軍兵士の皆様と一緒に使用人食堂で朝食を召し上がっていらっしゃいますよ」
ユマさんが教えてくれた。
そうなの?
「自分も朝練に参加したんだから権利があるはずだと言い張って強引に参加しているらしく。
幸いフレスカ大尉殿のご身分は周囲にバレていないようで、兵士たちやヤジマ商会の護衛隊の方達とも馴染んでいらっしゃいます」
「そこら辺がフレスカの凄いところだ。
自分が高位貴族家の出だとか帝国皇女だとかいう意識が飛んでいるとしか思えん。
私も似たような事は出来るが、どうしても演技になってしまうからな。
だがフレスカは地だ」
シルさんが感心したように言った。
やっぱりか。
天然って無敵だよね?




