夕星
「我は夕星。称するなれば《渡り星》かと」
「……ユウ、ヅツさん……」
「然。夜の手前、〝夕に輝く星〟という意なり」
その特徴的な言葉遣いに、驚いたのはほんのわずか。
穢れ無き白髪に、円らな金の瞳をもった少年。
白い布を巻き、羽織っただけ、と言った風な不思議な衣装に、装飾であるのか、衣装の布に散りばめられた小さな金の宝玉。
物静かな雰囲気が、準成人――十二歳の少年からは程遠い、本質を現しているような気がしました。
「ね、エルピス。君の名の意は〝希望〟で確か?」
二度目の、そして確かな驚きは、名前の意味を当てられたからこそのものでした。
「! えぇ、そうです」
「然。よき名である」
「――ありがとうございます」
だからこそ、でしょうか。
あまりにも平然と言葉を交わす彼に、つい尋ねてしまったのです。
「……古き言語を、ご存知で?」
淡い困惑と、確かな疑問。
私のその問いに、ユウヅツと名乗った彼は、小首を傾げました。
「是、とも非、とも言い難い。識ってはいるが、君の示す問いの答えには非ず」
「それは……」
「――我は、旅人故。遠い地より遠き地へと渡る故、識るものは多いが」
――其は多く、君たちが示す〝知る〟では非ず。
物珍しそうに視線を動かしては、神殿内を見て回っていた、不思議な少年。
静かな金の瞳はまるで、見えないものをも見抜くようで。
否……確かに、見えぬものを視ていたのでしょう。
「ねね、エルピス」
「? はい、何でしょう?」
いつの間にか傍でこちらを見上げ、《アクティース教》の神官服を軽く引いてくる彼に、私は少し微笑ましく思いました。
その姿は確かに、年相応に幼く見えましたから。
けれど、彼の本質はやはり、子供ではありませんでした。
見えぬものを視て、きっと私よりも永き時を生きてきたお方――。
私は、こちらを見上げてくる彼が次に言った言葉を、きっと、忘れることができないでしょう。
幼く端正な顔と、全てを見抜く金の瞳。
あまり変化が見られなかったそこに、ふと浮かんだ慈しみ。
「君の色は、処の世界と同じ。――とても優しい、青であるな」
全てを見透かしてさえ見守るような、偉大な存在。
畏敬――これはおそらく、そういった感情なのでしょう。
きっと、彼に私たちの祝福など、必要ない。
それでも。
それでも捧げた言葉に、彼は小さく、微笑んでくれました。
願わくば、あの偉大な旅人の行く先に、幸が在り続けますように……。




