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 あれから、やはり会えることなんてなかった。    

 メッセージのやり取りだって、弟のネクタイ姿の写真を送った時だけだった。

 弟の康成にプレゼントしたネクタイを締めさせて、写真を撮った。この写真を他の人に送っても良いかと許可を貰おうとしたら、やたらうるさかった。

 「別にいいけど、姉さんに送るの?」

 「いや、別な人だ。」

 そうすると、面白いものを見つけたと言わんばかりの顔になった。

 「え?その人って誰?ねぇ、誰?」

 「お前の知らない人だ、」

 「じゃあ、どんな人?教えてよー!」

 「しつこいぞ。」

 そう言っても纏わりついてきたので、根負けして、ネクタイを一緒に選んでくれた人だと教えた。

 「へぇ~、そうなんだ〜。」

 顎に指を添え、ニヤニヤと楽しそうにしていた。

 「じゃあ、その人に御礼を言いたいから、俺にも会わせてよ!」

 「絶対に会わせない。」

 弟のことだ。会わせたら絶対、彼を気に入るに決まってる。

 「えー、何だよケチ!」

 「どこがケチだ。」


 弟の写真を宇崎君に送って、しばらくしたら返信がきた。

 『喜んで貰えて良かったです。とても似合ってます。弟さん、格好良い方ですね。』

 社交辞令だと思うが、いや…、彼の場合は本心かもしれない。弟が褒められて、モヤっとしてしまった。

 

 それから、メッセージのやり取りはしていない。

 向こうにとって、自分はただの客だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。 

 こちらから、メッセージを送るにしても何て送れば良いのか分からない。

 いきなり食事に誘っても変かもしれない。 

 毎日考えたが、思いつかないまま日数だけが過ぎた。


 ある日、取引先との打ち合わせを終え、外に出た時だった。

 駐車場に停めてある車に向かって歩いていたら、一緒に来ていた黒井がアッと声をもらした。

 「どうかしたのか?」

 「あの方って、Lavidaラヴィーダの…。」

 黒井の視線の先に宇崎君がいた。

 休みなのだろう。私服姿で店のショーウィンドウの前で、何かを必死に見つめている。


 「声を掛けられないんですか?」

 「いや、声を掛けてどうする?」

 黒井は考え込む表情をしたが、すぐに閃いた顔になった。

 「もう、そろそろお昼の時間ですよね?よかったら、ランチにでも誘ったらどうでしょう?」

 顎に指を添えこちらを少し楽しそうに見てくる。

 この間の、弟と同じ顔をしている。

 「向こうは嫌かもしれないだろう。」

 「聞いてみなければ、分かりませんよ。」

 「何でそんなに誘いたがる?」

 そう聞くと、さらに楽しそうな顔になった。

 「いえ?ただ、副社長がメッセージを送るのに悩んでいる様子でしたので、きっかけにでもなればと思いまして。」

 何故、知っている!? 

 見られていたのか?

 「この間、たまたま康成様とお会いした時、兄さんに良い人が居るみたいだと仰ってました。その人がネクタイを選んでくれた事も教えてくれました。」

 最悪だ…、言わなければ良かった。

 「副社長が声を掛けないならば、私が行ってまいります。」

 そう言って、彼の方に歩き出そうとした為、慌てて止める。

 「待て!俺が行ってくる。」

 すると、足を止めて「では、行ってらっしゃいませ。」とからかう様に言われ、足を進めた。

 

 彼の元に近づいて行くと、必死に見ていたのが子犬だと分かった。

 ペットショップのショーウィンドウに指先を付けワイパーの様に動かしており、その動きに合わせて子犬も飛び跳ねていた。笑顔で子犬と遊んでいる。

 何だか、可愛らしい。

 他の人もそう思ったらしく、彼の後ろを通り過ぎる女性達がクスクス笑いながら「あの人、可愛いー」と話をしていた。


 距離を縮め、「宇崎君。」と声を掛けた。

 すると、こちらに顔を向けて驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。

 「御蔵様!お久しぶりです。偶然ですね。」

 「ああ、久しぶり。元気だったか?」

 「はい、おかげさまで元気です!」

 ニコニコとずっと笑顔で、気持ちが良い。

 「今日は休みなのか?」

 「はい、そうなんです。買い物をした帰りなんですけど、ここのワンちゃん達が可愛くて見ちゃってました。」

 少し照れ臭そうにしていた。

 ワンちゃんと呼ぶのか…。胸がキュッと締まった。

 「その…、この後時間はあるだろうか?」

 「時間なら大丈夫ですけど?」

 首を傾げて、不思議そう見てきた。

 「もし、良かったらなんだが、お昼でも一緒にどうかと思って…。」

 食事に誘うだけでこんなに緊張した事あっただろうか?

 「え、良いんですか?ご迷惑じゃなければ是非、ご一緒させて下さい。」

 その言葉を聞いてホッとした。

 「じゃあ、あっちに車を停めてあるから行こうか。」

 「はい!」

 横に並ぶと改めて彼が小柄だということが分かる。

 初めて会った時、自分から目を逸らさないで立ち向かってきたが、その手が少し震えていたのに気付いていた。でも、恐怖心を抑え込み後輩を守る事を優先した。

 強くて優しくて可愛らしい。

 自分にとって彼が、どんどん気になる存在になっているのが分かる。

 

 駐車場に着くと、黒井が車のそばで待っていた。

 「お久しぶりです。宇崎様。」

 「この間の、えっと…。すみません、お名前をお伺いしても?」

 そういえば名前を教えてなかったかもしれない。

 「ええ、もちろんです。改めまして、副社長の秘書をさせていただいております。黒井と申します。以後お見知りおきを。」

 そう言って、右手を差し出し握手を求めていた。

 …今まで、自分から握手を求め事無かっただろう!  

 宇崎君も「よろしくお願いします。」と笑顔で握り返していた。

 二人の様子に少しつまらなく感じ、「早く行くぞ」と急かしてしまった。


 店に着いて、最初は宇崎君と二人で食事をしようと思っていた。

 けれど、黒井が後でまた迎えに来る事を伝えたら、宇崎君が「え、黒井さんは一緒に食べられないんですか?」と、寂しい表情をした。

 その姿が、まるで落ち込んでいる子犬の様に見えてしまった。 

 黒井なんて、胸で手を押さえている。

 あれだ。秘書課の水野がよく言っている「尊い」を感じているのだろう。


 結局、三人で食事をとることになった。

 食事をしながら話をしていたら、彼の事をたくさん知れた。

 大学生の弟が一人いること。その弟さんと二人暮らしだという事。好きな食べ物は、甘い物と味噌まんじゅう。嫌いな食べ物は、すっぱい物と辛い物。

 趣味は、読者と裁縫。

 驚いたのは二十七歳だった事。

 顔立ちが幼いため、もう少し若く見えた。

 「弟と一緒に買い物行っても、僕が弟に間違われることが多くて…。弟、僕より六つも下なのに。」

 まあ、間違われても仕方ないかもしれない。

 

 そして、一番知りたかった名前。

 「下の名前はヒナタです。太陽の陽と書いてヒナタって呼びます。」

 ヒナタか。

 彼にピッタリな名前だと思った。

 

 食事を終え店を出たら、家まで送ろうかと言ったが、「ご馳走して頂いたのに、そこまでお世話になれません。」と断られてしまった。

 会計の時も、自分の分は自分で払うと、財布を持ちながらオロオロしていた。

 その様子を見て、少しおかしくて笑ってしまった。

 

 彼と別れた後、車内では黒井と宇崎君の話ばかりだった。

 「今時、あんな二十七歳っているんだな。」

 「そうですね。真面目で純粋ですし、良い子ですよね。」

 「悪い人間に騙されそうだか。」

 「そこは、弟さんが目を光らせてるんじゃないですか?」

 変な人にはついて行くなとか、夜遅くなるんだったら連絡しろとか、色々と小言を言われるらしい。

 本当に兄みたいだ。

 きっと、宇崎君の弟さんは兄の事が大事なんだろう。 そして、彼は弟が心配してくれてるのが分かっている。

 文句を言いながらも、少し笑顔だった。


 思わぬ再会で驚いたが、良い一日になった気がする。

 今度は、迷わないでメッセージを送ってみよう。

 



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