■17 街灯が照らす彼氏の顔
翌日の夜。
共有タブレットの画面には、下町東区の通常巡回通知が出ていた。
【下町東区・通常巡回】
対象プリンス:ノア・アークライト
内容:街灯点検
場所:パン屋裏路地〜水路沿い巡回路
昨日のパレード画面は、もう通常ホームに戻っている。
王城前の歓声も、特別演出も、SSR達の祝福も消えていた。
画面の中に映っているのは、いつもの下町東区。
パン屋の看板。
古い石畳。
水路沿いの青い街灯。
そして、その街灯の根元にしゃがんでいるノアだった。
白と金の制服。
腰の護身剣。
小さな街灯の紋章。
【Ultra-SSR:ノア・アークライト】
【想いを繋ぐUltra-SSR】
【同時存在数:1】
【契約者:晴人】
何度見ても、表示が重い。
昨日までCプリンスだった男が、今は同時存在数一人のUltra-SSR。
そのくせ、画面の中では街灯の根元を覗き込み、真面目な顔で点検している。
「世界救っても、やること同じかよ」
俺が呟いても、画面の中のノアは返事をしない。
タブレット越しに自由な会話はできない。
ノアは待機モーションで巡回札を確認し、街灯を見上げる。
画面の下に、ホームボイスの字幕が出た。
『本日の巡回も、安全に行います』
録音なのか。
今のノアなのか。
分からない。
でも、妙にノアらしくて、俺は少し笑った。
「行くか」
俺はYESを押した。
街灯の光が、タブレットの外へこぼれる。
次の瞬間、下町の夜気が頬に触れた。
****
パン屋裏路地の街灯は、今日もちゃんと点いていた。
石畳。
蒸気管。
木箱。
パン屋の甘い匂い。
全部が、ちゃんとそこにある。
白く欠けた場所は、もうない。
街灯番号E-042のプレートには、はっきり文字が刻まれていた。
【街灯番号:E-042】
【対応者:晴人】
【巡回兵:ノア・アークライト】
「ほんと、名前、長くなったな」
俺が言うと、隣にいたノアが少し照れた。
「はい。まだ、少し慣れません」
「ノアでいいだろ」
「はい」
ノアは嬉しそうに笑う。
「晴人が呼ぶなら、ノアがいいです」
「そういうことを普通に言うな」
「すみません」
「謝るな」
「はい」
いつものやり取り。
けれど、少しだけ違う。
ノアの輪郭はもう白く滲まない。
胸元の表示も揺れない。
手を伸ばせば、ちゃんとそこにいる。
俺が手を差し出す前に、ノアの方から手を出してきた。
「晴人」
「何」
「手を」
「巡回兵として?」
聞くと、ノアは少しだけ赤くなった。
前なら、そこで
「はい、巡回兵としてです」
と逃げた。
半分は、とか。
暗い道なので、とか。
そういう言い訳を探した。
でも、今のノアは少しだけ違った。
「いいえ」
ノアは、俺の目を見て言った。
「晴人と繋ぎたいので」
俺の方が黙った。
言われ慣れていない直球は、威力がある。
「……強くなったな」
「晴人が育てました」
「それ便利に使うな」
「はい」
ノアは嬉しそうに笑った。
俺はその手を握る。
ノアの指が、遠慮なく握り返してきた。
世界を救った、たった一人の守護者。
でも、手の温度はいつものノアだった。
****
巡回は穏やかだった。
一基目の街灯は異常なし。
二基目は霧晶石の角度だけ少し調整。
三基目は、水路側へ傾きかけていた補助灯をノアが直した。
「脚立、使うか」
俺が聞くと、ノアは一瞬だけ固まった。
その顔が赤くなる。
「今日は、低い位置なので大丈夫です」
「落ちるなよ」
「落ちません」
「本当か」
「はい」
少し間が空く。
ノアは小さな声で続けた。
「でも、晴人が抱きとめてくれたことは、覚えています」
「外で言うな」
「すみません」
「謝るな」
「はい」
ノアは真っ赤なまま、補助灯を直した。
街灯の光が安定する。
水路に青い光が伸びる。
空中に表示が浮かんだ。
【街灯点検:三基完了】
【巡回路:安全】
【晴人同行】
その下に、ノアが記録ペンで追記する。
【手を繋いで巡回】
「堂々と書くな」
「重要なので」
「街灯点検に?」
「はい」
「どこが?」
ノアは真面目な顔で言った。
「晴人が迷子になりません」
「俺は迷子にならない」
「僕が、迷子になりません」
言われて、少し黙った。
ノアは記録板を見ながら、小さく笑う。
「晴人の手を握っていると、僕はここにいると分かるので」
またそういうことを言う。
俺は、もう突っ込みきれなくなってきた。
「……なら書いとけ」
「はい」
ノアは嬉しそうに頷いた。
****
パン屋の前を通ると、店主が店じまいの看板を出していた。
「あら、ノアくん。今日も彼氏連れかい?」
ノアが見事に固まった。
昨日よりは耐えた。
でも、耳まで赤い。
「か、彼氏連れ」
「違うのかい?」
店主がにこにこしている。
悪気がない。
悪気がないから逃げられない。
ノアがちらりと俺を見る。
俺は少しだけ息を吐いた。
「違わないだろ」
ノアの顔が、一気に赤くなる。
「晴人」
「何」
「今のは」
「言わせるな」
「はい」
店主が笑った。
「ノアくん、よかったねえ」
「はい」
返事が早かった。
俺はノアを見る。
「そこは即答なのか」
「はい」
ノアは真っ赤な顔で、それでも嬉しそうだった。
店主は紙袋を一つ渡してきた。
「これ、二人で食べな。星砂糖ラスク、今日は恋人用に二枚入り」
「恋人用」
ノアが小さく繰り返す。
「昨日作ったのさ」
「昨日から商売が早いな」
俺が言うと、店主は笑った。
「下町は噂も仕込みも早いんだよ」
紙袋を受け取ったノアは、大事そうに両手で抱えた。
「ありがとうございます」
「彼氏と半分こしな」
「はい」
また即答。
俺はもう突っ込まなかった。
突っ込むと、こっちまで恥ずかしくなる。
****
水路沿いのベンチは、いつもの場所にあった。
青い街灯。
静かな水面。
遠くに映る時計塔。
昨日まで世界の中枢で暴れていた巨大な時計塔も、ここから見るとただ水に揺れる影だった。
俺たちはベンチに並んで座る。
ノアが紙袋を開ける。
星砂糖ラスクが二つ入っていた。
「今日は半分にしなくてもいいな」
「はい」
ノアは頷いた。
けれど、少しだけ残念そうに見えた。
「何だよ」
「いえ」
「半分にしたかったのか」
「……少しだけ」
「二つあるのに?」
「半分にすると、晴人と分けた感じがするので」
言い方が、いちいち刺さる。
俺はラスクを一枚取って、半分に割った。
少し不格好に割れた。
大きい方をノアに渡す。
「ほら」
ノアは目を丸くする。
「晴人」
「何」
「ありがとうございます」
「大げさ」
「大事なので」
ノアは両手で受け取った。
星砂糖ラスクを、相変わらず丁寧に食べる。
砂糖が口元についた。
俺はそれを見て、少し笑った。
「またついてる」
「え」
ノアが慌てて自分の口元を触る。
やっぱり違う場所だった。
「そこじゃない」
「ここですか」
「違う」
前と同じ流れ。
ただ、今日はノアが途中で手を止めた。
そして、少しだけこちらを見る。
「晴人が、取ってくれますか」
言い方が控えめなのに、逃げていない。
俺の方が少しだけ固まった。
「……甘えるようになったな」
「はい」
ノアは赤くなる。
「晴人にだけです」
「そういうことを外で言うな」
「すみません」
「謝るな」
俺は指先で、ノアの口元の砂糖を払った。
ノアは逃げなかった。
むしろ、少しだけ目を伏せる。
距離が近い。
近いのに、もう前ほど慌てない。
それが、逆に落ち着かない。
「取れた」
「はい」
ノアは小さく笑った。
「ありがとうございます、晴人」
声が甘い。
たぶん、本人は気づいていない。
俺は水路の方を見た。
「巡回、続けるぞ」
「はい」
ノアは立ち上がる。
でも、その前に、俺の袖を少しだけ掴んだ。
「晴人」
「何」
「もう少しだけ、いいですか」
「何が」
ノアはベンチではなく、俺を見ていた。
「手を」
俺は少しだけ黙った。
それから、ノアの手を握った。
「これでいいか」
「はい」
ノアは嬉しそうに笑う。
「とても」
その笑顔が強すぎて、俺はまた水路を見るしかなかった。
****
巡回路の途中で、ミルが走ってきた。
手には、また新しい落書き用の紙を持っている。
「ノア兄ちゃん! 晴人兄ちゃん!」
「ミルくん」
ノアが少ししゃがむ。
ミルは紙を広げた。
そこには、マントをつけた街灯が描かれていた。
いや、よく見ると、街灯の横に小さな白い服の人物もいる。
「これ、ノア兄ちゃん!」
ミルが胸を張る。
「街灯のプリンス!」
ノアが困ったように笑った。
「僕は、そこまで立派では」
「立派だろ」
俺が言うと、ノアがこちらを見る。
「晴人」
「世界救ったしな」
「それは、皆さんと晴人がいたので」
「でも、お前が繋いだ」
ノアは黙った。
目元が少し赤くなる。
ミルがにやにやする。
「晴人兄ちゃん、ノア兄ちゃんのこと好きだね」
「こら、ミルくん」
ノアが慌てる。
俺は少しだけ考えた。
前なら、ここでごまかした。
街灯点検が好きとか、下町が好きとか、そういう方向へ逃げた。
でも、今さら逃げるのも変だった。
「好きだよ」
ノアが完全に止まった。
ミルも止まった。
俺も、言ってから少しだけ止まった。
「……いや」
遅い。
ノアが真っ赤になっている。
「晴人」
「今のは」
「はい」
「ノアの、そういう真面目なところとか」
「はい」
「街灯を放っておけないところとか」
「はい」
「その」
言葉が詰まる。
ノアは、真っ赤な顔のまま、少しだけ笑った。
「全部、聞いておきます」
「都合よく受け取るな」
「はい」
「返事だけ素直だな」
「晴人が育てました」
「またそれ言う」
ミルが横で拍手した。
「仲良し!」
「ミルくん」
ノアは困ったように笑った。
けれど、否定はしなかった。
****
巡回を終えた後、ノアは巡回詰所で記録をつけた。
【街灯番号E-042:異常なし】
【水路沿い巡回路:異常なし】
【落書き壁:新規絵あり】
【晴人同行】
【星砂糖ラスク:半分にした】
【手を繋いで巡回】
「ラスク、いるか?」
俺が聞くと、ノアは真面目に頷いた。
「重要です」
「街灯点検と関係ないだろ」
「晴人と分けたものなので」
「だからそれを外で言うな」
「ここは巡回詰所です」
「外みたいなもんだろ」
ノアは少し考えた。
「では、小さな声で言います」
「そういう問題じゃない」
ノアは楽しそうに笑う。
さらに一行書こうとして、少し迷った。
「何を書く気だ」
「……晴人に、好きと言われたことを」
「書くな」
「巡回中の出来事です」
「書くな」
「重要です」
「もっと書くな」
ノアは少し残念そうにペンを止めた。
「では、僕が覚えています」
「それは止められないな」
「はい」
ノアは嬉しそうだった。
その顔を見ていると、まあいいかと思ってしまう。
だいぶ負けている。
俺は、少しだけ自覚した。
巡回詰所を出る頃、下町の街灯はすべて点いていた。
水路の光も、パン屋の看板も、猫型清掃機の青い目も、全部ちゃんとある。
ノアはそれを見て、安心したように息を吐いた。
「今日も、下町は大丈夫です」
「そうだな」
「晴人も、来てくれました」
「それも巡回結果か?」
「はい」
「便利だな」
「はい」
ノアは笑う。
「僕にとっては、重要です」
その笑顔が、また少しだけ独占欲を含んで見えた。
たった一人の守護者になってから、ノアは前より穏やかになった。
でも、同時に少しだけ強くなった。
自分から手を伸ばす。
自分から言う。
自分から選ぶ。
その変化が、まだ俺には少し眩しい。
****
帰還表示は、街灯の下に静かに浮かんだ。
【現実世界へ戻りますか?】
YES/NO
ナイトステイではない。
ただの通常巡回の終了表示。
なのに、ノアは少しだけ寂しそうに見えた。
「晴人」
「何」
「また、来ますか」
「来るだろ」
「はい」
「通知出せ」
「はい」
ノアは頷く。
でも、それだけでは足りない顔だった。
俺は少し考えて、ノアの手を引いた。
「晴人?」
「こっち」
「巡回路ではありません」
「知ってる」
「では、どこへ」
「少しだけ」
俺はノアを、街灯の光が少し届かない街角へ連れていった。
パン屋からも、水路沿いからも、少しだけ見えにくい場所。
けれど、真っ暗ではない。
街灯の明かりが、柔らかく端だけ届いている。
ノアはきょとんとしていた。
「晴人」
「何」
「急に、驚きです」
「いいだろ?」
俺は少しだけ照れながら言った。
「彼氏だから」
ノアの顔が、一瞬で赤くなった。
「……はい」
声が小さい。
でも、嬉しそうだった。
俺はその顔を見て、もう少しだけ近づく。
「嫌なら言え」
「嫌では、ないです」
「知ってる」
「はい」
キスをした。
ナイトステイじゃない。
帰還条件でもない。
表示も出ない。
YESもNOも関係ない。
ただ、俺がしたかった。
ノアも、逃げなかった。
最初は、触れるだけのつもりだった。
でも、ノアの唇が柔らかくて、離れかけた瞬間に惜しくなる。
もう一度、触れる。
ノアが小さく息を呑む。
俺の服を掴む。
いつもの癖。
でも、今日はその手に遠慮がない。
「晴人」
「何」
「ここ、外です」
「知ってる」
「見られます」
「見えにくい場所にした」
「晴人」
「嫌か?」
ノアは真っ赤なまま、首を横に振る。
「嫌では、ないです」
「じゃあ、もう一回」
「はい」
今度は、ノアの方から少し背伸びした。
俺はそれを受け止める。
唇が重なる。
さっきより少し長い。
街灯の光が、ノアの白と金の制服を柔らかく照らしている。
離れかけると、ノアが追いかけてきた。
俺は笑いそうになって、でも笑えなかった。
かわいいと思ってしまったからだ。
かなり、まずい。
「ノア」
「はい」
「お前、最近強いな」
「晴人が育てました」
「それ便利に使うな」
「はい」
ノアは幸せそうに笑った。
その顔を見て、またキスした。
今度は俺の方が追いかけた。
一度。
二度。
ノアは途中で完全に赤くなって、俺の服をぎゅっと掴んだ。
「晴人」
「何」
「少し、近いです」
「今さらだろ」
「はい」
「嫌か?」
ノアは目を伏せる。
「嫌では、ないです」
その声が甘すぎて、俺は少しだけ額をノアの肩に寄せた。
「そういう言い方をするな」
「すみません」
「謝るな」
「はい」
いつものやり取りを、こんな近さでするのは反則だった。
****
「ノアくーん?」
声がした。
俺とノアは、同時に固まった。
パン屋の店主だった。
その後ろに、ミルもいる。
さらに、水路カフェの店員まで顔を出していた。
「……あ」
ノアが、見事に真っ赤になる。
俺も、たぶん同じくらい赤かった。
慌てて離れる。
ノアは制服の裾を整えようとして、逆にもっと慌てた。
「こ、これは」
パン屋の店主が笑う。
「ノアくん、よかったねえ」
ミルが目を輝かせる。
「街灯だけじゃなくて、恋人まで見つけたの?」
「ミルくん」
ノアの声が裏返った。
俺は片手で顔を覆いたくなった。
「街灯、直しすぎたな」
ノアが、まだ赤い顔でこちらを見る。
「はい?」
「明るいから、見つかってしまう」
少しだけ照れ隠しで言ったつもりだった。
ノアは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「はい」
その笑い方が、幸せそうだった。
水路カフェの店員がにこにこしている。
「じゃあ、今度は恋人割りですね」
「そんな割引あるのか」
「今作りました」
「下町の店、全部それやるな」
パン屋の店主が笑う。
ミルも笑う。
ノアは真っ赤なまま、それでも逃げなかった。
むしろ、少しだけ俺の隣に寄った。
「でも」
ノアが小さく言う。
「暗いままより、いいです」
俺はノアを見る。
ノアは街灯を見上げていた。
「僕は、晴人といるところを見つけてもらえるの、少し嬉しいです」
「そういうことを外で言うな」
「すみません」
「謝るな」
「はい」
ノアは笑う。
そして、少しだけ得意そうに続けた。
「彼氏なので」
俺は完全に黙った。
ミルが大喜びで跳ねる。
「彼氏だって!」
「ミルくん、今のは」
「言った! ノア兄ちゃんが言った!」
「ノア」
俺が低く呼ぶと、ノアは赤い顔でこちらを見た。
「はい」
「お前、ほんと強くなったな」
「晴人が育てました」
「それで全部返すな」
「はい」
でも、ノアは嬉しそうだった。
街の人たちの笑い声が、下町に広がる。
からかわれている。
見られている。
恥ずかしい。
でも、嫌ではなかった。
ノアが、ここにいる。
ちゃんと世界に見られている。
誰かに覚えられている。
街灯の下で、俺の隣にいる。
それが分かるから、たぶん嫌じゃなかった。
****
帰還表示は、もう一度だけ浮かんだ。
【現実世界へ戻りますか?】
YES/NO
俺はノアを見る。
ノアは、まだ顔が赤い。
でも、笑っていた。
「晴人」
「何」
「また、来てください」
「来る」
「通知、出します」
「出せ」
「はい」
「あと」
俺は少しだけ迷ってから言った。
「ナイトステイじゃなくても、またキスする」
ノアの顔が、また一気に赤くなった。
「晴人」
「彼氏だからな」
ノアは口元を押さえた。
それから、嬉しそうに笑う。
「はい」
その時、背後から拍手が聞こえた。
「やれやれ。ずいぶん堂々としたものだね」
ルカだった。
「なっ」
ノアが跳ねるように振り向く。
月街区の怪盗は、街灯の上に軽く腰かけていた。
いつからいたのか分からない。
「お前、いたのかよ」
「今来たことにしておこうか?」
「しておけ」
「じゃあ今来た」
ルカは笑う。
その横の路地から、ガイアスが顔を出した。
「おー、やってんな」
「ガイアスさんまで」
ノアがさらに赤くなる。
「いや、下町の灯りが安定してるか見に来ただけだ」
「絶対嘘だろ」
俺が言うと、ガイアスは笑った。
続いて、アルヴィンが堂々と歩いてくる。
「人目を気にせぬとは、王冠騎士には評価しがたいが」
「じゃあ来るな」
「だが、想いを隠さぬ姿勢は認めてやる」
「どっちだよ」
ジンは少し離れた場所で腕を組んでいた。
「……大事にしているなら、いい」
ヴァレリオは薄く笑う。
「街角でこれなら、宿舎ではさぞ」
「言うな」
俺が遮ると、ノアが完全に湯気を出しそうな顔になった。
アルトは記録端末を持っている。
「唯一化後の通常巡回後行動として、興味深いサンプルだ」
「記録するな」
「では観測だけにする」
「同じだ」
キリルは顔を真っ赤にしながら怒っていた。
「お、お前たち、外で何をしている!」
「お前が一番照れてるぞ」
「うるさい!」
イヴァンは扇で口元を隠し、優雅に笑った。
「ふん。街灯の下で真っ赤になる守護者か。悪くない舞台だ」
ノアは、晴人の袖を掴んだまま、小さく言った。
「晴人」
「何」
「皆さんに、見られました」
「もう街の人にも見られてる」
「そうでした」
ノアは少しだけ困った顔をする。
けれど、逃げなかった。
ルカが軽く肩をすくめる。
「まあ、安心しなよ。祝福はしてる」
ガイアスが続ける。
「今だけな」
キリルが叫ぶ。
「俺は諦めたわけじゃないからな!」
アルヴィンが腕を組む。
「当然だ。王冠騎士が一度の敗北で退くと思うな」
イヴァンが楽しそうに笑う。
「私もだ。晴人、いつかお前に私を美しいと言わせる」
ヴァレリオが穏やかに言う。
「私も、鎖を手放したわけではありません」
アルトが眼鏡を押し上げる。
「測定上、競争は継続中だ」
ジンが短く言う。
「……俺も」
それぞれが、それぞれの顔で言う。
ノアは、一瞬だけ目を丸くした。
それから、晴人の手を少しだけ強く握る。
「晴人」
「何」
「僕も、譲りません」
全員が一瞬だけ黙った。
そして、ルカが口笛を吹いた。
「強いねえ」
ガイアスが笑う。
「いいぞ、ノア」
キリルが悔しそうに唇を噛む。
「下町の守護者め」
イヴァンが満足げに頷いた。
「その顔は悪くない」
俺はノアを見る。
ノアは耳まで赤い。
でも、目は逸らしていなかった。
たった一人の守護者。
いつもの下町巡回兵。
そして、俺の彼氏。
その全部が、今ここにいる。
「じゃあ、そろそろ帰る」
俺が言うと、プリンスたちはそれぞれ手を振ったり、頷いたり、わざとらしくため息をついたりした。
ノアは、最後まで俺の手を離さなかった。
「晴人」
「何」
「行ってらっしゃい」
「ただいまじゃなくて?」
「帰ってきてくれるなら、行ってらっしゃいも言えます」
「じゃあ、行ってくる」
「はい」
ノアは両手で俺の手を包む。
「おかえりを、用意して待っています」
俺はYESを押した。
街灯の光が広がる。
帰る直前、ノアが小さく手を振った。
その顔は、また少しだけ赤かった。
最高に平和な顔だった。
****
現実の部屋で、俺はタブレットを見ていた。
下町東区のホーム画面。
ノアは街灯の下に立っている。
白と金の制服。
小さな街灯の紋章。
【Ultra-SSR:ノア・アークライト】
【同時存在数:1】
【契約者:晴人】
画面越しだから、自由には話せない。
ノアは待機モーションで巡回札を確認し、街灯を見上げる。
その下に、ホームボイスの字幕が出た。
『今日も、晴人が来る道を明るくしておきます』
俺は、少しだけ画面を見ていた。
「……ほんと、そういうことを言うようになったな」
返事はない。
でも、画面の中の街灯が一度だけ強く光った。
俺はタブレットを伏せなかった。
しばらくして、姉からメッセージが来た。
【姉:サーバー不調、完全に直ったっぽいね】
【姉:公式も復旧完了って出してる】
【姉:いや、いろいろ変な表示は残ってるけど】
【姉:ノアくんとか】
【姉:Ultra-SSRとか】
【姉:契約者晴人とか】
俺は返信する。
【晴人:直ったならよかった】
すぐ既読。
【姉:軽い】
【姉:世界レベルで何かあった顔して軽い】
【晴人:ゲームだろ】
【姉:そのゲームで弟が同時存在数1のUltra-SSRと契約してるんですが?】
俺は少しだけ笑った。
それから、画面の中のノアを見る。
ノアは街灯の点検をしている。
世界を救っても、パレードで祝福されても、街角で彼氏にキスされて真っ赤になっても。
結局、街灯を直している。
「すっかり、はまっちまったな」
呟いてから、少しだけ自嘲した。
俺がこのゲームを始めた理由は、姉に押しつけられたからだった。
SSRプリンスの限定スチル回収。
そのはずだった。
なのに今は、街灯マークを探している。
ノアの通知が来ているか確認している。
次に行ったら、どこを巡回するのか少し楽しみにしている。
「まあ」
俺は画面を見ながら言った。
「悪くないか」
返事はない。
でも、ノアの街灯は明るかった。
その時、姉からまたメッセージが来た。
【姉:そうそう】
【姉:サーバー直った記念に回したら、また新しいSSR引いた!】
【姉:お給料、全部つっこんだよ……涙しくしく】
【姉:で、限定スチル、またお願いしていい?】
俺は画面を見たまま、少しだけ眉を寄せた。
返信する。
【晴人:またかよ】
すぐに既読がつく。
【姉:またです】
【姉:でも今回は普通じゃない】
【姉:シークレットSSR。激レア】
【姉:ダークプリンス】
【姉:クロノス・ノクスヴェイル】
【姉:攻略難度めちゃくちゃ高いらしい。脱落者続出】
【姉:限定スチルもまだっぽい】
画面に、カードのサムネイルが送られてきた。
黒い長衣。
銀の時計鎖。
夜色の影をまとった白い髪。
黒い時計剣。
見覚えがありすぎる姿だった。
誰にも見つけてもらえなかったと、顔を歪めた男。
けれど、姉の画面ではただの新カードだ。
姉は、何も知らない。
俺は小さく息を吐いた。
【姉:無理ならいいけど】
【姉:でもこの顔、絶対に限定スチル見たい! 世界初】
【姉:お願い、晴人様】
俺は、姉への返信欄を開く。
少しだけ笑って、打った。
【晴人:しょうがないな】
すぐに既読がついた。
【姉:え、早】
【姉:前より返事よくない?】
【晴人:気のせい】
【姉:絶対はまってる】
【晴人:うるさい】
送信してから、俺はもう一度、クロノスのカード画像を見た。
「今度は、ちゃんと呼ばれたな」
独り言は、部屋の中に落ちた。
****
俺はタブレットの中のノアを見た。
ノアは街灯の下で、いつものように巡回札を確認している。
画面の下に、ホームボイスの字幕が出ていた。
『今日も、晴人が来る道を明るくしておきます』
返事はできない。
それでも、街灯の光は明るかった。
俺は画面を見ながら、少しだけ笑った。
「忙しいゲームだな、ほんと」
白紙だった道には、もう迷わない。
晴人が帰る場所には、いつもノアの街灯が点いている。
『ただいま』
をいつでも言えるように。
** 乙女ゲームを代行したら、SSRプリンスたちが全員俺に落ちた 完




