第十九話「いっちゃん、小学四年生に編入する」
皆様、おはようございます。
昭和22年、春。
いっちゃんの元に、新しい季節を告げる知らせが届きます。
戸惑いながらも、いっちゃんが開けた扉の向こうに広がる景色は――。
昭和22年3月。
春の気配が漂い始めた頃、母が再び成羽にやってきた。
「再婚先では一緒に住ませてもらえんけど、私が子どもの時に育ててもろうた家が隣村にあるんじゃ。そこなら時々会いに行ける。いっちゃん、小学校にも行かせてもらえるけぇ、一緒に帰ろう」
その言葉に胸が高鳴った。しかし同時に伝姉の顔が浮かんだ。
「伝姉ちゃんは、どうするん?」
「伝ちゃんはここに残るよ。四月からはこの学校に行かせてもらうことになっとるけぇ心配せんでええ」
「じゃあ、私もここにおる」
そう言うと、母は困ったように首を振った。
「二人一度に学校へ行かせるのは無理じゃと言われとるんよ。な、いっちゃん、一緒に帰ろ」
その時、伝姉が声をはさんだ。
「いっちゃん、お母ちゃんと帰り。うちは、一人で大丈夫。部屋も広うなるし、ええことばっかりじゃが」
それが精いっぱいの気遣いだとすぐに分かった。私は、『帰りとうない』と泣いてすがることもできたが、伝姉の強がりを前に、
「わかった。一緒に帰る」
と言うしかなかった。
広島に戻ると、母が縁のある家に私を預けてくれた。
母が暮らす隣村の、小さな家だった。
裕福ではなかったが、そこから小学校に通わせてもらえることになった。
小学校四年生に編入した私は、最初は授業がまったく分からなかった。
三年生のほとんどを経験していないのだから当然だ。
それでも、友達はすぐにできた。遊ぶ相手にも、勉強を優しく教えてくれる子にも恵まれた。
学校が楽しくなり、勉強も少しずつ分かるようになっていった。
私を預かってもらった家では居候の立場なので家事手伝いもした。
しかし、いつまでもこの暮らしが続くとは思えない。
(いずれ、またどこかに行くのだろうな)
そういう感覚が心の隅にいつもあった。
(つづく)
第十九話をお読みいただき、ありがとうございました。
勉強の遅れを不安に思いながらも、すぐに友人に恵まれ、学校の楽しさを知ったいっちゃん。
とりあえず新しい居場所を見つけましたが、この先、どうなることやら。
明日もお楽しみに。




