怪しい男④
西新井署に戻り、竹村から管理官の武部正雄に、金本美紀が妊娠初期であったことを報告してもらった。
武部は警視庁捜査一課の係長で竹村たちの上司だ。一家惨殺事件とあって捜査本部が立てられ、武部が管理官として本件の管理監督に当たっている。
西新井署に帳場が立てられ、一番広い会議室が割り当てられている。
武部は百七十センチとやや小柄だが、若い頃、柔道で名を上げただけあって、がっしりとした体形をしている。薄毛を気にしてか、頭を綺麗に剃りあげている。柔道家らしく、両耳が餃子のように膨れて上がっている。畳に擦れて内出血が常態化してしまうからだ。
興奮した時に、「おっほう~」と声を上げるのが口癖で、竹村は武部のモノマネを得意としている。刑事仲間の酒席で「おっほう~」とやると、場が一気に盛り上がるらしい。
「そうらしいな」と答えた武部のもとには、検死報告書が上がってきていた。金本美紀が妊娠していたことは知っていたのだろう。
「それよりも、俺は金本信吾さんが金を持っていたと言う話が気になる」と武部は言う。「先祖伝来のお宝を売って、大金を手に入れたなんて、いかにも作り話っぽい。犯罪の動機と言えば、怨恨以外は金だろう。どうやって大金を手に入れたのか、金の動きを洗ってみてくれ」
武部の指示を受け、「分かりました」席に戻ろうとする竹村を「待て、待て」と呼び止めて、「ほら、検死報告書だ。これに目を通しておけ」と言って検死報告書を手渡した。
竹村は戻って来ると、「ほら、これを隅から隅まで読み込んで、内容を俺に教えてくれ」と検死報告書を吉田に手渡した。
「あれ~? 竹村さんはインテリジェンスを兼ね備えたパーフェクト・ヒューマンのはずでしょう。検死報告書なんて、ぱらぱらっと目を通すだけで、全部、記憶できるのでは? 何せ、パーフェクト・ヒューマンなのですから」
「嫌味なやつだね。いいから、目を通しておけ」
「はい、はい」吉田が検死報告書に目を通す。
「被害者が妊娠していたことが書いてある?」と吉田に聞いてみた。
吉田は私と話をする時は、ちょっと緊張するようだ。「ち、ちょっと待って下さい。ああ、書いてあります。妊娠三カ月だったみたいです。ママさんの証言と一致しています」と固い表情で答えた。そんなに緊張しなくても、取って食ったりしないのに。
「凶器?現場に無かったけど」
「刃渡り三十センチ程度の細身の刃物だとあります。刺身包丁みたいなものですかね」
「刺身包丁? 刺身包丁って持っていそうで、意外に持っていないよね。他に何かないかい?」
「他にですか・・・現場の状況から殺害された順番は父親、母親、そして女の子の順と見られています」これは現場での見立てと同じだ。「女の子の傷口に付着していた血痕を分析したところ、父親と母親のDNAが確認されています。母親の傷口から夫のDNAが確認されていますので、父親、母親、そして女の子の順で殺されたと見て、間違いないようです」
「そうか――」
「しかし、女の子は心臓を一突きです。苦しまない様にと言う犯人なりの配慮なのかもしれませんが惨いものです」
「・・・」端で聞いていた竹村が顔をしかめる。
同年代の娘を持つ身として、面白くないのだろう。熱血漢の竹村のことだ。犯人検挙に向けて、刑事魂を燃やしているはずだ。
「少し情報を仕入れて来よう」私は何か新しい情報はないか西新井警察署の仲間に聞いて回ることにした。私は顔が広い。
結果、マンションの通路から見つかった血痕は金本慎吾のもので間違いなかったことが分かった。
「当然、犯人が履いていた靴の裏から転移したものだろう」と私は自分の見解を添えて、竹村と吉田に教えておいた。
「さて、どうしますか?」という話になり、「係長からの指示なので、金の流れを洗ってみましょう」ということになった。
現場から押収された証拠品の中に、被害者の預金通帳があった。
金本信吾は大手都銀に銀行口座を持っていた。直近の残高を確認したところ、二千万円近くあった。金本が大金を所持していていたと言う噂は正しかった。
生憎、古い通帳は処分してしまったようで、通帳には最近の出金記録だけしか残っていなかった。大金が何時、何処から入金されたものなのか不明だった。
吉田が検死報告書を読み終わるのを待って、「さあ、出かけるぞ!」と捜査本部を出た。捜査令状を持って金本が口座を開設した北千住駅前の支店を尋ねることにした。過去の取引記録を見せてもらう為だ。
支店長を呼び出し、金本慎吾の取引記録を見せてもらった。
「あった。ありました。これです」
「おお~」十五年前、「リュウギョクドウ」と言う名の振込人から、七千万円もの現金が金本の口座に振り込まれていた。この七千万円以外に入金は無く、ここからマンションの購入代金が支払われ、後は少額の引き落としが延々と続いていた。
「このリュウギョクドウと言う振込人の情報を教えて下さい」
生真面目そうな銀行の支店長が教えてくれた情報によると、口座の名義は文京区本郷にある骨董品屋「西浦竜玉堂」となっており、西浦岳と言う人物が代表者となっていた。
「西浦竜玉堂に行ってみましょう」
早速、「西浦竜玉堂」へと向かった。