自首⑥
「あれから、松永さんのことを考えていました」と唐突に吉田が話し始めた。
村田からの事情聴取を終え、竹村と吉田は休憩室で缶コーヒーを買って、くつろいでいた。
「うん?」竹村が顔を向ける。
「普通の大学生だった松永さんが、ある日突然、母親の病気で仕送りが絶え、大学を続けられなくなった。そんな時に、たまたま下宿していた大家さんが亡くなり、彼は莫大な遺産を相続することが出来ました。僥倖に恵まれたと言えます。
そこから彼は人変わりをしたように、『人の役に立ちたい』と言いだして、奉仕活動に熱中するようになりました。母親の死により、天涯孤独になってしまったことが契機となったようですが、僕はそこに別の理由があるような気がするのです」
「別の理由?」
「何だか最近、猜疑心が強くなってしまったのかもしれません。犯罪事件を見聞きする機会が増えたので、どうにも人が悪くなってしまう」
「そうか? もともとお人よしとは思えないけどな」
「僕くらい素直な人間、いませんけどね。まあ、いいです。どうにも彼女の死が都合良過ぎる気がするのです。世の中には、そういうことがあるのかもしれませんが、あまりに、どんぴしゃのタイミングで亡くなっている」
「なるほどね。板倉松子が殺されたのではないかと疑っている訳だ。となると――」
「殺されたのだとしたら、板倉松子の死で、もっとも利益を得た者が一番、怪しいことになるのではないでしょうか。当然、松永さんでしょうね。松永さんは彼女を殺害して財産を奪った」
「板倉松子は全財産を松永に譲ると遺言状を残してあったのだぞ。松永が板倉松子を殺害したのだとすると、遺言状はどうしたのだ? 松子を殺害した後に、松永が偽造したのか?」
「板倉松子は本当に全財産を松永さんに譲るという遺言状を残していたのだと思います。そして、そのことを松永さんに伝えていた。そして、金に困った松永さんが、板倉さんを殺害した。どうやって殺害したのかは、分かりません。板倉さんに持病でもあったのかもしれませんね。板倉さんは病死として処理されてしまった。
金の為に板倉さんを殺害してしまったことを、松永さんは終生、後悔していた。だから、自分の一生を人の役に立つことに捧げることにした」
「例えそうだと仮定して、板倉松子の死因を調べても、何も出て来ないだろうな。いずれにしろ、松永が亡くなっていることから、犯罪を立証できたとしても、被疑者死亡で送検するだけになってしまうだけだ」
「僕の勝手な想像です。ただ、因果応報、死を悟った松永は、そう思ったかもしれません。板倉松子さんを殺害して奪った財産を、今度は金本が奪おうとしている。皮肉なものです。松永は皮肉な運命を受け入れ、従容として死についた。そんなことを考えてみただけです」
「お前も暇だね。だけど――」と竹村は言葉を切ってから、「悪くない」と言った。




