ガラスの灰皿②
「年は村田の方が八つ上か。こうして見ると、二人の間に接点はなさそうだな」
「そうですね。一見、関係が無さそうに見えますが、金本には姿を消していた期間があります。その間に二人が知り合ったのかもしれません」
「村田が殺人を犯したのが十六年前で、金本がマンションを購入したのが十五年前か。時期的に近いと言えば、近いな・・・」
竹村の言葉がヒントとなった。
「こう考えてはどうだ?」とひとつ見立てを述べて見た。「金本から頼まれて、村田が松永さんを殺害した。そして、金本は花瓶を奪い、それを売ってマンションを買った。
その後、村田は暴力団同士の抗争から武藤を殺して服役した。出所して金本のもとに報酬を受け取りに行ったが、金本は、今更、金を寄越せと言われても・・・と村田への支払いを渋った。マンションを買ったりして、現金を使い果たしていたからだ。それで二人はトラブルになった」
一年ほどブランクがあるが、松永が死亡した時期ははっきりしていない。村田が事件を起こす前だった可能性だってある訳だ。
「いいんじゃないですか!」と二人が賛同してくれた。
「松永家に残っていた指紋やDNAのひとつが、村田のものと一致するかもしれません」と吉田が言うと、「よ~し、今度は俺が、ちょっくら、鑑識に行って来る。ぼちぼちDNA鑑定の結果が出ている頃だ」と竹村が足取りも軽く出て行った。
ところが、待てど暮らせど、戻ってこない。痺れを切らせて、吉田と二人、鑑識へ向かった。
「先輩、どうしたのですか?」
吉田が鑑識課で腕組みしたまた仁王立ちの竹村に声をかけた。
「村田の指紋との照合がまだなんだよ」
松永家から、いくつか指紋が見つかっている。最近、松永家を訪れたのだろう、鮮明で最も数が多かったのが、金本信吾の指紋だった。書生らしき人物が金本信吾であることは明白だった。
慰留指紋は年月の経過と共に消えてしまう。ただし、紙類に残った指紋で、紫外線の影響を受けないものは、何十年も残ることがある。
鑑識官が部屋中の指紋を採取した結果、金本以外に、二人の人物の指紋を採取することが出来た。この内、ひとつが家主であった松永の指紋であると考えられた。だが、松永はパスポートも運転免許証も所持しておらず、データベースに指紋が残っていない。最終確認が取れていなかった。
鑑識も忙しい。昨日、床下の捜索を続けていた鑑識官が、白骨遺体の近くの土壌から、ガラス製の灰皿を発見していた。鑑識ではこの発見に沸き立ち、身元不明の指紋と村田の指紋の照合が後回しになっていた。
そこに竹村が乗り込んで来た訳だ。
「お願いです。指紋を比べるだけなら、直ぐに出来るでしょう」竹村は知り合いの鑑識官を拝み倒して、指紋の照合結果を待っていたのだ。
「待っていると言うより、脅しているみたいですね」吉田が言うと、指紋照合を行っていた鑑識官が、「そうなんだよ。でかい体で後ろに立たれると、プレッシャーを感じて、やり難いんだよね」と愚痴った。
「脅しなんて滅相も無い。結果を伝えに来てくれる手間を省くために、ここでこうして待っているだけです。心の中ではフレー、フレーと応援していますよ」竹村が平然とうそぶく。
「まったく・・・」
「で、どうです。まだですか?」
「違うね、間違いない」
「違う? ふたつとも、村田の指紋じゃないと言うんですか?」
「ああ、そうだ。登録してある指紋が間違っていない限り、村田の指紋じゃない」
村田の指紋は服役中に本人から採取され、警察のデータベースに登録されたものだ。登録してある指紋が村田本人のものでない可能性など、ゼロに等しかった。
松永家で見つかった二つの身元不明の指紋と村田の指紋は一致しなかった。




