板倉岐山の壺①
「板倉岐山について、よく分かりました。それで、金本氏は何故、板倉岐山の壺を松永久秀のお宝だと思い込んでいたのでしょうか?」
「さあ、私には分かりません。ご本人に聞かれてみては如何ですか?」
金本一家殺害事件のことは、マスコミで盛んに報道されていたが、西浦は事件を知らない様子だった。竹村は質問を変えた。「板倉岐山の壺だったとして、七千万円もの価値があるのですか?」
「ふうう~」と西浦は大袈裟に溜息を吐いてから、「刑事さん。馬鹿なことを言っちゃあいけませんね~板倉岐山の最高傑作と言って良い壺ですよ。億の値がついても不思議ではない。バブルの頃なら、それこそ二億、三億と言う値段がついていたでしょう。ああ、あの頃は良かったな」
「七千万円でも安かったと言うことですね」
「実はね、私としても安く買い取って、高く売りたかったんですけどね。何せ、七千万となると、とても払えない。そこで、買い手を見つけて紹介して、仲介手数料をいただいたのです。金本さんに支払ったのは七千万円ですが、売値は九千万円でしたね。岐山の壺が九千万円なんて、買い手はラッキーでしたよ」二千万円は西浦が懐に入れた計算になる。
「どなたが壺を買われたのですか?」
「それは・・・商売上の秘密ですので、教える訳には参りません」
西浦は表情を固くした。「ダメですか?」、「ダメです」、「どうしても?」と暫く会話が続いたが、西浦は頑として譲らなかった。流石の竹村も諦めた様子だった。
「壺を売った金で、金本さんは足立区にマンションを購入していますね。ご存知でしたか?」
「ご存知も何も、私がマンションを買っておけと薦めたのですから。彼、まだ若かったのに、働く気なんて、これっぽっちも無くて、これで一生、遊んで暮らせるなんて言っていたので、遊んで暮らすにしても、雨露を凌ぐことが出来る場所が必要だよ。マンションくらい買っておいたらどうだい。将来の投資にもなるからと忠告しました」
「金本さんはどうやって岐山の壺を手に入れたのでしょうか?」
「さあてね。あれだけの傑作だ。金本さんには悪いが、もとは然るべき人間が所有していたものだと思います。それをどうやってか、あの人が手に入れたのか」
この時、私は壺を入手した経路に不審なものを感じた。
「もとの所有者に心当たりはありませんか?」
「ないね・・・」西浦はそう答えたが、暫く考えてから、「無いけど、噂は聞いたことがある。レオナルド・ダ・ヴィンチはモナリザを終生、手元から離さなかったらしいけど、岐山も門外不出の傑作を死ぬまで手元に置いていたと言う噂があった。それで、あの壺が出て来たものだから、こりゃあ、噂の壺だと話題になった。だから、高値で売ることが出来たんです。岐山の関係者を当たって見ては如何です? 岐山は三度、結婚している。子供が何人かいたはずだ。その中の誰かが持っていたものなのかもしれませんね」
金本はふらりと店に現れたと言うことで、岐山の壷の取引以前も以降、付き合いは無いと言う。最も金本の方は、西浦竜玉堂に辿り着くまで、何軒か骨董屋を回ったらしい。
「危うく騙されるところだった」と言う台詞を何度か口にしたそうだ。
岐山の壺だと分からなかったのか、二束三文で買い叩かれかけたようだ。
「生き馬の目を抜く世界ですからね。岐山の壺だと見抜いていても、知らない振りをしたのかもしれません」と言って、西浦はケタケタと笑った。
そういうことを、いかにもやりそうなのが西浦だ。ひょっとして、安値で買い叩こうとして失敗したのかもしれない。
「色々、ありがとうございました。また、何か思い出したことがあれば、ご連絡下さい」
一通り事情聴取を終えて店を後にしようとすると、西浦が「で、刑事さん、一体、何の事件の捜査だったんですか?」、「金本さんが、どうかしたのですか?」としつこく聞いて来た。
一家惨殺事件とあって、今、最も世間を賑わせている事件のひとつだ。被害者の名前は公表されている。
「ニュースをご覧になっていませんか?」と尋ねると、「テレビはあまり見ません」と答えた。
「又、お話を伺いに寄らせて頂くかもしれません」
西浦の質問には答えずに、我々は西浦竜玉堂を出た。
「金村の経歴を洗ってみる必要があるな。特に、どうやって高価な壺を手に入れたのか? それを解き明かせば犯人に繋がるかもしれない」
私はそう竹村と吉田に言って聞かせた。




