親子と復讐とざまぁ 1
「誕生日プレゼントがあります」
ギーはアリッサの誕生祝の食事会で、そう切り出した。
相続の年齢に達したのでそのお祝いも兼ねている。手続きは元々進めており、数日もたたないうちに遺産はアリッサのもとに届くはずだ。
そういうお祝いの席にふさわしくはない贈り物が押しかけてきた。予定を巻きに巻いて。
「気に入らないとか殴られる覚悟はあるので、ほんと、なんかあったら、やっていいから」
そこまで言うギーに一同ドン引きである。
しかし、贈り物がものだけに先にギーは前置きをしておきたかった。
他のタイミングあるんじゃない? と言っても当人が今日がいいと言って聞かなかったのだ。この押しの強さ、血筋だと確信するほどだった。
「なんですか、それ」
胡乱な目でアリッサはギーを見る。大変警戒されている。
ギーは扉の向こうに視線を向けた。
「その、生き別れの……」
「アリッサちゃんっ! こんなおっきくなってって!」
ばーんと扉を開けてやってきたのは、アリッサの母ローレルである。
「……おかあさん?」
「ちょっとお出かけしていた間にこんなに時間が経ってたなんて! もう大丈夫よ! 私、聖樹の資格取ったからこの国の守護樹としてずっといるから」
聖樹というのはこの地の植物管理職のようなものだ。主に紛争処理である。なにせ隙あらばあらゆる所に生えようとする獰猛な奴らもいる。
人間が飢えずに食べられる最低限の量を死守するため、だいたい日中活動することになる。わりと身を削って働く重要任務だ。人気はあまりない。
それでも、愛しい旦那様と子どもたちが住む国を守るため難関の試験も頑張った。
その結果が、娘が追い出されている現状でローレルはとても怒り狂っていた。
事実を知ったときは、うちの旦那様は何をしたのかしらぁと鬼のような、いや、悪鬼のような形相だった。
お仕置きするわね、そうするわね、とさっさと行きそうなのをどうにか娘にあってからとギーは引き止めたのだ。
そのまま行かせたら、枯れ野原を作り出す勢いだった。ある種、魔王のようなものだ。
「ギー、あとで、はなしがあります」
「は、はい」
アリッサはいつもは人前では旦那様と使用人の立場を崩さないのに今日ははっきりと呼んだ。そこからはからはてめぇ、なに隠してやがった、くらいのお怒りを感じる。
「お母さん、おかえりなさい」
「ただいま」
親子の感動の再会であるはずなのにとても緊張感が漂っていた。
「お母さんにも、話が、あります」
「はい」
威圧感が半端なかった。アリッサを怒らせないようにしようとギーは心に誓う。
「……ひとまずは、食事でもいかがですか。
ゲートルートさんの料理は最高です」
はぁとため息をついて、アリッサはそういった。お祝いの席ではあるのでこの場は流してやるつもりなのだろう。
「いただきます。
皆様もお騒がせしてすみません。それから、娘がお世話になりました」
ローレルは深々と頭を下げた。
「一ついいですか?」
ディルが恐る恐る挙手していた。
「なんです?」
「本当にお母さん? お姉さんとかじゃなく?」
ローレルは2児の母とは思えないほど若かった。
世の中の植物精霊というのは年齢があるようでない。人と同じような年のとり方もしないし、急に若返ることもある。群生体などは定期的に幼児になるし、枯れそうな老人にもなる。
ローレルは世界樹の系統を継ぐ正統なる血統であるため、年齢というのは意味もないものだ。一応言うと300歳。
その説明を聞いたあとに、アリッサへ視線が集中した。
「私は正真正銘、22歳です。父親が、純人間なので希釈されています。あとは個体差もあるし。人並みの速度で育つなら、寿命も短くなる傾向があるみたい。
……そういえば、旦那様は?」
いまさら疑念の視線を向けられたギーは心臓がキュッとした。
「ええと70歳くらいです……」
ギーは一瞬下方修正しようかと思ったが、バレた時に恥ずかしい。そのくらいなら上方に加算したほうがマシだ。
「ほんとうに?」
「アリッサちゃん。本当よ。おばあちゃんが、うっきうきで命名しにいったもの」
そのおばあちゃんというのが始祖である。他の界に移ってなお権力を振るうことができる超越者。
旦那様ってやっぱりすごい人だったのでは?という視線が向けられたようが気がしてギーはフードを被りたくなった。そんなすごくない。異界からやってきた同胞を察知したやべぇやつが問題なだけだ。
「名前、言わないでくださいね。どこで誰が聞いているかもわからないですからね」
植物界の伝達速度は種によって違う。ギーが知る最速は群生体の即時。どこにでもいて、どこでも聞いている。いつもは別にどうでもいい話を噂していたりするが、時に厄介だ。
「わかっているわよ。
はい、この話題はこれでおしまいね。人のご飯は久しぶりで楽しみたいの」
場を乱しに来た本人に言われたくはないが、ギーは大人しくしていることにした。
お祝いは夜遅くまで続き、ただの宴会の様相を呈してきたあたりでギーはアリッサを連れ出した。
「贈り物を人前で渡すのも恥ずかしいから」
その誘い文句に全く疑いさえもたず、ついて来られてギーは少しばかり罪悪感がある。贈り物は確かにある。
ただ、もってきた人が問題だった。
本物の常世の庭にそれはあった。
「ひ孫ちゃん。お誕生日おめでとう!」
その言葉とぱぁんと音の鳴るクラッカーをわざと用意して花を散らす。始祖が出張ってきたのだ。
ギーは頭が痛い。苦い顔の実父がその後ろにいるのも本当に受け入れがたい。無駄に権力者で無駄に行動力がある。それが始祖。
アリッサは固まっていた。
「植物界のど定番、外さない贈り物第一位、緑の水をお届けにきたよ!」
「……帰って。ほんと、帰って」
「3日で帰るよ。ほら、ふざけたことまだしてくる王様ってやつにツラ見せてこようかなぁって」
灯台守子ちゃんとも久しぶりに会いたいしと魔境の魔海藻のことを出してきてギーはなにも言わないことにした。
海域の守護者であり、暴虐なる腕、灯台守。とても昔からの付き合いでということらしいが、そこまで力をつけさせたのはこの始祖のせいだとギーは思っている。
この緑の水というのは、栄養剤だ。植物精霊のみ特攻。成長度により、希釈率を変えてやらねば意図せぬ速度で成長し始めて大変なことになる物体である。
アリッサが先日のことで力を使いがちだったので、静養の助けになるかと取り寄せたら始祖が嗅ぎつけた。そもそも製造元で出荷規制もしているのだからバレないという話もなかったのではあるが。それに気が付かないくらいにはギーも近頃正気じゃない。
「お初にお目にかかります。始祖様」
アリッサはようやく我に返ったのかそう挨拶した。淑女の礼はさまになっている。あ、ども、と返す始祖は威厳がない。
「ジュディで」
「却下」
「おばあさま、で」
「ほっといたやつが厚かましい」
「うっ。それでも始祖様なんて他人行儀は嫌なの」
「受け入れろ」
「あ、あの、おばあさま、でよければ……」
「やった!」
「これを甘やかすとろくな目に合わない」
「そ、そうなんですか?」
「ソンナコトナイヨ。ムガイダヨ」
うるうると目をうるませて訴えるあざとさが年月を経て磨かれた。
始祖のその様子をギーは冷ややかに見ているが、アリッサは半信半疑のようだった。
「物、よこせ」
「はぁい。
ギンも怒りっぽいと血管切れるよ。あるか知らないけど」
「あるわっ!」
ギーは反射的に言い返した。なお、植物、葉脈はあるよという返答がある。
ギーは始祖ではなく実父の方からちゃんと包装された箱を受け取り、そのままアリッサに渡した。
「毎日一滴、その程度で大丈夫なはずだ。多いと大変なことになる」
「大変って?」
「頭から葉っぱが生えてくる」
「え」
「もじゃっとなったのを見たことある。病気があったら、悪化するから、一滴ずつ試してくれ」
危険物とアリッサは認識したような気もしたが、ギーは訂正しなかった。過去、世界大戦を起こしかけた物だ。狙うものもいたりはする。
始祖がすべて配下においているこの場でしか話もできないというものでもある。
「じゃあ、こちらの界に遊びに来た時には顔を出してね」
そう言って始祖はさっさと姿を消した。ギーの実父もついて行ったようだ。どちらかというとそちらの能力の行使だろう。
ギーは紹介しそびれたなと思ったが、そのうちでいいかと思い直した。付き合いたてで親を紹介するなど重すぎる。アリッサの方は不可抗力だったので重さとかの話ではないだろう。
「ギーの誕生日っていつですか?」
「んーとー。雪の降る頃のどこか、かな。植物界、なかなかアバウトで公式記録も雑っていうか、人の時間概念と違いすぎて。あの暑い夏のとか平気で書いてある」
「では、冬にお祝いしますね」
「それはどうも?」
別に祝ってもらわなくてもいいが、ギーがそう言うと機嫌を損ねそうな気がした。
「戻りましょうか」
「そうだね。いなくなったことすら気がついてなさそうだけど」
戻った頃には酔っ払いの群れが、ゲートルートの演説を聞いていた。噂に聞く、酒癖の悪さがこれかと顔を引きつらせることになった。
もちろん、翌日、ゲートルートは覚えてなかった。
ローレルは家もないということで屋敷に住むことになった。庭でいいわというのを説き伏せて部屋で寝てもらっている。
植物、そうだった。とギーに思い出させることだった。
屋敷の庭は少しばかり騒がしく、少しばかり大人しくなった。いうなればアイドルの前のファンのようなお行儀の良さがある。
これは去ったあとが大変そうである。
そんな懸念を覚えながらの数日。アリッサは祖父母からの残されていた遺産を正式に継承した。
アリッサはわざとその話を実家への手紙で知らせた。どうも実家の方の経済状況が良くないと聞いたからだ。また、婚約していることも書いていたようだった。
それ必要? というギーの疑問にアリッサは微笑んだ。
少々、ゾクッとしたのは気の所為にした。




