最終話 仮面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら?
ここまでお付き合いいただいた皆様はより設定とかなんとかを理解して楽しめるコミカライズ最終巻、本日発売です。
その後の話を少しだけしておくと、シュタイン国(カティアの事を誘拐した王の国)はカティアの母ティアーゼ帝国の領地の1つになった。
ギルバートが支配していた国は1つ残らず解放。戦争の前までの…元々の地図通りの領地、領主、王を立てた状態に戻された。その上で、今後北大陸での他国侵略の一切を禁じるとした。賠償諸々はティアーゼの宰相が動き回っているので暫くすれば落ち着くだろう。
ギルバートの処遇については、想像に難くない末路を辿ったとしておこう。
シュタイン国の処遇については、今まで支配を受けていた国から抗議の声が上がったが、シュリーヌが一言、
「私自ら相手してやるから、文句があるならかかってこい」
…と、各国の都市および王に魔法映像を送りつけたあたりから、見事に静まり暴動も起きていない。
そもそも、ギルバートによって奪われていた王の証をシュリーヌに取り返してもらった上に無償で解放してもらえているので、あまり文句は言いたくないというのが王達の心境だった。あまり騒ぐとただの小物感が増す…。
物理的に半壊したシュタインの城は、レオンとカティアによって半日足らずで復元され、カティア達が北で過ごす際の別荘地になった。ついでに、そこで働いていた人間達についても、希望しない限りは今まで通りに過ごすこととなった。(つまり頭がギルバートからシュリーヌに代わり、仕える相手がカティア達に変わっただけである。)
「兵達もそのまま私の私兵になるだけとお母様は仰いましたが…。一度私に完敗してるから素直に言うことを聞かせられるだろう、という理由ではございませんよね?」
母であるシュリーヌからの書状を届けにきた大おじに対して冷ややかに笑って見せる。レオンは即座に理由を付け加えた。
「まさかぁ!それだけじゃないよぉ。カティアには物理的にボロ負けして騎士の自信とかプライドを粉々にされてるからそう簡単に反旗を翻せないだろうし、翻したところで物理的にバラバラにされるし魔物1匹殺せない自分たちでは太刀打ちどころか傷一つつけられないって恐怖をセインをみれば思い出して闘争心すら粉々だろうから2つの意味で反抗できないと思ったんだよぉ!!」
2つ目の理由についてはカティアも納得はできる。納得するし、正式な決定である以上そのようにするだけだが、ただ素直に思う。
「…物理的に私に勝てなかったくせに、私舐められてませんか?」
セイン相手では反抗心すら挫かれるというのに、カティアだけなら勝てると思われているということだろうか。閉じた扇子のお陰で口元は笑っているが、開いた目が笑っていないのは明らかだった。レオンの背筋が凍る。苦しそうに自分が決めたわけじゃ無いから!と、出された茶に口をつけてこれ幸いと目を逸らして喉を潤した。
カティアは少し肩をすくめると、書状を侍女に預ける。
「まあ、いいです。いつ噛むかわからない犬程度飼い慣らせなくてどうするという試しでしょう。…入り込むのが得意な野良猫を遊ばせすぎた罰と思っておきます」
「猫って頭が入れば何処でも入れるんだから、シュリーヌも見逃してあげればいいのにねぇ」
気にしてる時点で反省してるしとレオンは同情するが、押し付けられた理由などカティアはそもそもそんなに気にしていない。
ただ、舐められてはいそうなのでとりあえず今日は指導という名の躾はしようと思っていた。トーリにも探し人ならぬ探し猫をさせて迷惑をかけたと負い目に感じている部分があったから。トーリはトーリで猫探しを買って出た理由があるのだが、どうせ溺愛する従妹の為だろうと触れ周り押し付けられた執務をサボろうとするゼクトを監督する必要があったカティア達は知る由もなかった。
先日のカードゲームの賭けに買って、カティアが気にしている猫を探しに出掛けたトーリは、有言実行、カティアの犬を自称する商人を利用し、見事に見つけて捕獲して北の城へと帰ってきた。
「船旅は人を選びますね。多少疲れようと自分の足で進む方が私の性には合っていた様です」
そう言って苦笑するトーリにカティアは紅茶を淹れる。その表情は困り顔というか、申し訳なさそうな色をしている。
「ご迷惑をおかけいたしました」
「カティアが気に病む必要はありませんよ。丁度少しの間兄上に灸を据える為に私は出かける予定でしたから」
そう言って紅茶に口を付けるトーリは雰囲気だけでも上機嫌なのが分かる。気分転換には十分になったようだ。果たしてそれは兄への鬱憤が晴れたからか、それとも別の理由があるのかはカティアの預かり知らぬ所である。
飼い猫というわけではない野良猫を、トーリはカティアの友人であり自称カティアの忠犬である女伯爵に預けたらしい。カティアも彼女なら安心と、それで興味は失せたらしい。もう次の脱走は無いという事だから。
……その様子を見ていたトーリは満足そうに笑みを深めたが、カティアは気付かなかった。話題が変わったせいでもある。
「セイン兄上は?」
「お母様のところで剣の指導を受けておられます。そろそろ戻られる頃かもしれませんが…見に行かれますか?」
「遠慮しておこうかな。今は。カティアの入れてくれた紅茶が美味しいからね」
あらお上手、とカティアは笑顔で返したが、本当に上手に避けたものである。
セインは今、母親…カティアの母親に剣の指導という名目でかなり扱かれていた。カティアを迎えに来て、敵城を物理的に一蹴りで半壊させた圧倒的な力は素晴らしいが、私から剣で一勝程度出来ない男に自分の娘を全腹の信頼を置いて任せられないと言い出し、以降毎日のように対戦形式で戦っている。
確かに指摘は的確かつ上達は目まぐるしいのだが同時に、圧倒的強者に負け続ける精神的苦痛と指導が終わる度に体力尽きて翌日まで動けないという肉体的疲労を覚悟しなければならないのだ。セインを扱いた程度で疲れないカティア母であれば、下手に様子を見に行けばそのまま捕まって同じように指導を受けさせることだろう。トーリはそれを避けたのである。
「カティア達はまだ暫くこちらに?」
「いえ、明日にでも一度戻ります。大祖父様達に今回の件の報告もございますから」
既に便りは飛ばしているものの、毎日のように帝国に残っているダイルから手紙が届くのだ。そろそろ帰ってこないと、現皇帝自ら軍を率いて迎えにくるぞと。止めるのもう疲れたぞと。
「普段デスクワークばかりされているから疲れるのに」
「今だにトライアスロン国内最高記録を毎年更新してるじいさんを止めてやってる相手に対して、その言い草は何だよ」
トーリは紳士なのでカティアのぽつりとした呟きはひとりごとと捉えて口出ししない。そしてカティアに対してこの様な言い方はしない。では誰がそんな無粋なことを?
カティアもトーリも分かっていてそのまま気にせずカップに口を付けてお茶会を楽しんでいる。勿論来たのは南大陸にいるはずのダイルだ。書類を小脇に抱えたまま、新しく作ったカティアの部屋の外扉から入ってきた。因みに窓の外は快晴だ。本日の北大陸の天気は吹雪だが。
「北大陸と南大陸の移動なんて"扉"使えば1時間もかからねえだろうが!顔見せに一回全員早く帰ってこい!!」
…実は、存在しないとされていた転移魔法は、天才魔術師レオン・ジルベルトの手により、数十年前に完全秘匿で完成していた。そして漸く、莫大な魔力消費でごく短距離かつ座標がわかっている場所への転移魔法がつい最近、魔術師の中で広まり始めていた。
完全秘匿から小規模な魔法が広まり始めるまで少なくとも20年のラグがあることと、ダイルが言った言葉には関係性がある。
そう、"扉"。
帝国にあるカティアの部屋と、ティアーゼにあるカティアの部屋、最後にこの度新しく作った北大陸南側の元敵城内の自室には、全て外扉が付いている。"異空間に繋がる扉"が。
元々超遠距離であったカティアの母とカティアの父。会うにも時間がかかるし、2人とも立場ある人間のため国を長期間空けるのは色々と困る。そこでレオンは転移魔法を応用する事を考えた。(元々莫大な魔力と何かと天才は紙一重を体現するような存在であるレオンは"船旅をしないですぐに大陸渡りたいな"で転移魔法を完成させていた。驚くべき事である。動機には呆れたものであるが。)
ただし、転移魔法は超莫大な魔力を要する。いくらレオンでも長距離移動に消費した魔力を回復するのにはある程度時間も必要になる。しかしそれでは効率が悪い。だから、方法を考え、思いついた。といっても至ってシンプルな方法だ。
亜空間を作り出し、現実にあるカティアの部屋の外扉と転移魔法で繋ぐ。…ただそれだけ。
レオンはこの時最近世間に広まり始めた極短距離の転移魔法を開発したのだ。公表しなかったのはカティア達の安全に配慮していたとでも言っておこう。
亜空間内にはカティアの離宮がある。(カティアが生まれた場所だ。現実にも同じ城はあり、そちらで生まれたことにはなっている。)レオンが女帝の為に用意した特別な場所だ。絶対に襲撃を受けない、敵の侵入を許さない場所。
各城にあるカティアの部屋から亜空間内の離宮までは散歩するよりも近い。
だから公式的にはあまり会うことのないカティアとシュリーヌだが、実はお互い忙しくない時期は割と頻繁に会っていたし、カティアは剣術もこの時習った。
…気付いたかもしれない。そう、本来船旅など必要ないのである。そのためカティアは北大陸へ行くのに船旅と言われた時点で既におかしいと気付いていた。あの大おじが、シュリーヌに会いに行くのに長い移動時間をかけるはずがないのだから。時間が勿体無い。だからカティアはこの時点で、大おじが偽物に入れ替わっている事も外部の厄介者が手を伸ばしてきていることにも気付いていた。…失敗続きの中で唯一完遂したと思われていたギルバートの計画であるカティアの誘拐も、誘拐という点においては完全に失敗していたのである。ただ、それをギルバートは終ぞ知ることは無かった。
…ともあれ、その扉を使ってダイルがやってきた。目の下にはクマができている。
「お前ら不在の仕事の皺寄せ、全部俺に来るのなんなの?」
「今更ですね、ダイルにい様」
「セインも戻らねえし」
「番が連れ去られたと聞いてわざわざ戻るわけないだろう。南大陸の北端からなら、セインは飛んだ方が早い」
「………飛んだ?」
カティアが置いた紅茶に口を付けようとして、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして止まった。
聞き返してきた従弟と、何か思い出すように首を傾げる従妹を見て、トーリは察する。約10年ぶりにセインが暴走した事を報告していなかったのだと。まあだからなんだという話。その程度問題はない。…筈なのだが。
顔面蒼白になってゆくダイルに、緊急事態の予感がする。
トーリとカティア的には何か面白いことがまた始まりそうな予感がした。顔に出さずにダイルが持ってきていた書状の封を切った。
「あ、おい…!」
「退屈しないというのは、なんて忙しい事でしょう。けれどそれは幸せなことかもしれませんよ?」
そこへセインが戻ってきた。一本は取れていないが及第点は貰ったらしい。
「セイン、面白いお手紙ですよ」
カティアの隣に座って書類を受け取ったセインが文字に目を走らせる。
ダイルは焦ったように手を伸ばして、トーリに抑えられている。
「ねえカティア!侍女1人借りれない?!」
そこへ珍しく怒りを顕に、信じらんないあの伯爵!と分かりやすく腹を立てながら、いつも通り騒がしくゼクトがやってきて、また騒がしくなる。
「構いませんがそれより暫く私と過ごした方がよろしいのではありませんか?」
「手間は省けても精神面に宜しくなさそうだから遠慮したいかな!」
明らかにカティアの笑顔が輝く。何が精神面に響くと言いたいのかしらと。
「ダイルにい様、戴冠準備で動けなくなる前に長期旅行などしたくはありませんか?」
「…カティアの狙いはともかくその案は悪くない。それに…そう言われるとこの手紙もいいタイミングだったかもしれないな」
マズイ、と顔色を変えて今にも自分の頭に大量の紙を叩きつけそうなダイルにゼクトが泣きつくが、きっと暫くの間真面目に仕事をする事になるだろう。
これが彼らのいつも。どこに居ようがどこへ行こうがこうして集まり過ごすのだろう。軽口、悪口、企み、誘惑。会話内容に不穏も交じる。それでもこの風景の中に嘘はない。くだらない事で笑うし、相手のことを理解した上で仕掛けたり、身を案じて本気で怒りもする。
仮面の下の素顔と日常は、特別なものでは無い。ありふれていて、けれど家族以外には見えないもの。見えないからこそ、興味を集めて憶測を呼ぶ。その好奇心を自覚を持って利用する姿を醜いとするならそうなのかもしれないが、家族以外に関わる時には彼らは既に作った笑みを浮かべている。彼らだけではない。恐らく誰もが。
その上で、カティアはこれからも問うことだろう。
仮面の下が醜いだなんて、一体誰が言ったのかしら?と。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
さて、カティアの"仮面の下の素顔"を皆様はどう捉えたでしょうか。美しい?醜い?でもそれはカティアに限ったことでしょうか?
身に覚えについて、以降更新はありません(多分。続編の一部については復元出来ればこっそりいつの間にか投稿されているかもしれませんが)。
以下、活動報告のページを編集するのが億劫でここに残すだけの猫側縁の話なので読まなくて大丈夫です。次回からの投稿作品についてちょい触れる程度です。コミカライズ最終巻の発売が本日なことだけ覚えててください。
この話の初投稿が2019年7月9日でしたから、5年もかかってしまったんですね…。漸く完結です。
お察しの方もいるかもしれませんが、投稿していなかった暫くの間に、色んな影響あって言葉が纏まらなくなり、手を止めて、そのまま書くのをやめてしまおうかと思うこともありました。
言葉にも人生にも迷っていましたが、それでも偶然にも私の話を好きだと直接声をかけてくれた方や、面白いと言ってくれた方々に出会えたことで、最後まで書き切ることができました。
アイディアや書きたい話、動かしたい登場人物達も、書けない間も沢山出来ました。思いつくということは、書きたいんだろうなと思いました。けれど、人物設定、あらすじ、世界観はすらすらと出てくるのに、実際に物語にしようとしても以前のように文章にならなくなりました。
多くの人の目に触れるということは、その意見や感想を目の当たりにすることは、メリットでもありデメリットでもありました。ふとした拍子にデメリットの部分を思い出しては指も気持ちも止まりました。白状すると、続編を投稿し始めた時点で、あとは最終話を書くばかりの所まできていました。投稿を止めていたのは、デメリットの部分がしっかり突き刺さっていたからでしょう。
お察しいただけたと思います。私は非常に弱い人間です。言いたい事をすらっと口から出せません。伝えたいことはあっても。顔を晒して堂々とこれは私の作品ですとは言い出せません。でも愛着はあります。
だから、書きます。言いたい事を言わせたいことを、全部。それを外に向けて放つために。
ボロカスに言われても仕方がない。それはそれ、これはこれ。そう割り切れなかったのが続編投稿前と続編投稿停滞中の私でした。色々と経て、猫側は気付きました。
そもそも私、自分が書きたいものを書こうと足掻いてるだけで、それを読んでついでに楽しむ人は楽しんでくれればいいよという感覚で投稿してるので、読み手が笑おうが不快になろうが関係なくないか?と。
発想の転換というよりは、原点回帰です。
そんなわけで、以降作品については【猫側縁的には】こんな作品という基準でタグを付けるので、皆様お気を付けて。死ネタやら過激表現については細心の注意を払いますので、その点はご安心ください。
読んでみようかな、でも内容本当に大丈夫かなと不安になる方のために誰かレビュー書いてくれたら助かります。もしくは呟いてくれてもいいです。# はなににしましょうね?思いつく方はこっそりご連絡くださいな。それかマシュマロでも設置して募りましょうかね?
ともあれ、これからも猫側縁として活動は続けていきます。手始めにこの後幾つか投稿しようかなと思ってます。多分身に覚えについて来れた方達なら大丈夫だと思います。もしよければ、たまに見にきてくださいな。
それでは皆様、また次の話で。




