第三章 その1
さて、再び亜犯に挑むことにした夕輝達。
とはいえあくまで目的は説得なのですが、果たしてそれは成功するのか……。
一通り準備を終えた俺と観基は釉美さんに指示された、亜犯がナンパをするというポイントに向かった。
ちなみに、釉美さんは事務所に残してきた。
普通なら会ったばかりの人を一人だけ自分達の事務所に残してくるなんて防犯意識がない行為なのだろうが、言うまでもなく、その辺りは観基の能力で「釉美さんは問題ない」と読んでの判断である。
さて、俺と観基が指示された場所で待機していると亜犯は情報通り十二時ぴったりに現れた。正午を告げるチャイムが鳴ったのとほぼ同時に、曲がり角からその姿を現したので間違いない。
ここまで時間と場所を正確に守ってナンパをするという行動が趣味というのは常人には理解できないが。まあ、朝っぱらからあんな格好でナンパをしている段階で一般人の理解の外にある存在なのであまりその辺りを深く考えても仕方がないだろう。
ともかく。
亜犯は俺たちの計画通りに現れた。
そして、懲りもせず、
「そこの素敵なお嬢さん。私と一緒にランチと食後のお茶を楽しまないかね?」
などという、おそらくは誰も引っかからないだろうと思われる口説き文句で周りの女性を口説き始めた。
最初の間。
周りの人たちはさっきと同じように、亜犯を避けて通っていたんで、これで俺たちの計画も上手くいくと思ったんだが。
残念ながら、様子を窺っているうちにはそうはいかなくなってしまった。
何故なら、俺達の予想に反して亜犯の周りに徐々に人々が集まり始めたからだ。
言うまでもないことだがこの集まっている人々は決して、亜犯のナンパに引っかかっているワケではない。
あんな珍奇な身なりをして、わけの分からない口説き文句を連発しているような男に好意を寄せるような女性ばかりが突如大勢出現するというようなことは、超常現象の起こりやすいパワースポットであるこの街でも流石に起ったりはしないのだ。
それでは何故、亜犯の周りに人々が集っているかといえば。
人々の反応が、朝の時の「変なものだから関わらないようにしよう」から「面白い人がいる。何だろう」という方向に変っているためだ。
どうやら人々は亜犯のことを、地元で最近活躍中のお笑い芸人か何かだと勘違いしているらしく、彼の〈ネタ〉を見ようとしたり、あるいは彼の写真を撮ったりするために、亜犯の周囲に集っているようなのだった。
で、人々の反応が朝のそれとは違う理由。
それはどうやら亜犯の服装にあるようだった。
亜犯はナンパをする時の身なりよりも時間の正確さの方を優先する性格なのか、さっきの戦いで破れた服を着替えたり、斬られた髪をカットし直したりするということはしていなかった。
ただし、服装も髪型も、それなりに見られるように整えてはいた。
そして、その服装と髪型の変更が要因となってさっきの「凄く美形だが、完璧すぎて逆に怪しい男」から「貴族っぽい振る舞いを芸風とするコメディアン」というように雰囲気が変わっていたのだ。
しかし、こうして予想に反して奴の周囲に人が集まっているというのは社会的には一つ、そして俺たちにとっても一つ、合計で二つの点で問題だ。
まず社会的に。
これはもう説明するまでもなく、釉美さんを強引に連れて行こうとしたような変質者の周囲に人が集っているというのが問題だ。
そして、俺たちの計画にとっては。
あんなに人がいたのでは当初計画していた「ナンパに引っかかる」計画が実行できないという点で問題なのだ。
いや、亜犯はあくまで真剣にナンパをしていて、周囲で見物している人々はそれを「そういうギャグ」だと思っているので、観基がナンパに引っかかるフリをすれば亜犯は観基についてくるのかもしれないけど。
あの雰囲気の中、ナンパに引っかかる者が出てくるというのは流石の亜犯でも不信感を抱く可能性もある。
不信感を抱かれないようにするために、観基に〈能力〉を使ってもらい、亜犯の思考を読んでもらい、上手く話を合わせてもらうという手もあるが。
あんな大人数が一ヶ所に集っている中で亜犯の考えだけに集中して思考を読むというのは観基にとってかなり負担が大きい仕事になる。
これから先のことも考えるとあまり得策ではないだろう。
なので、多少時間にロスが出てしまうことを考慮してもここは一旦計画を立て直すか、次の機会を狙いたいところだが――これを実行すると、もう一つの社会的な問題の方を放置することになる。
流石に、自分たちの計画を実行するために、危険人物を野放しにしておくワケにはいかないし……
「……一体、どうしたらいいんだ?」
とりあえず俺は観基に問う。
「どうも何も、あれじゃあ計画は無理だよ。他の手を考えないと」
「ああ……とはいえ、あのまま放っておくのも色々まずい。ゆっくり考えている暇はなさそうだぜ」
「そうだなあ。こうなったら最初に考えていたように、無理矢理捕らえて連れて行くしかないんじゃないかな?」
「やっぱりそうなるのか……」
まあ、こうなってしまった以上、仕方がないだろう。
その方法だと、さっき観基が指摘していたように、亜犯から何か有力な情報を聞き出すというのもできなくなるのだが。
何せ、アイツは能力の〈超防御〉とかいうので大抵の攻撃を無効化する。
仮に俺がヒーローとしてそんなことをしていいのかと言うぐらいの、とんでもなく酷い脅迫をしたり、きつい拷問に掛けたところで効果はないだろう。
いや、それどころか。アイツの性格から考えるとそんな脅迫や拷問なんてかえって喜びそうな気さえするし。
喜ばしては意味無いよなあ……
と、俺は思ったが。
一方、観基は何かひらめいたらしく、うつむいていた顔を上げる。
そして、アタッシェケースの中に入っている観基のために作られた、特注の二丁の銃を取り出す。
強化プラスチックで作られたそれは構造としては空気銃に当たる。見た目に関しては非常に玩具っぽい派手な外見と色をしていて、撃ち出される弾はゴム弾となっているもので。
本来、基本的に戦闘は行わない観基のために設計されているので撃ったときの反動は少なく、銃そのものもかなり軽いものとなっている。
だが、威力は充分強く、その一撃はボクサーのパンチと同程度のもの。
普通の人間が喰らったら痛いなどというものでは済まない。
そんな銃を観基は両手に持ったまま亜犯に向かって駆け出し――そして、両方の銃から合計四発、亜犯に向けて発砲。
弾は四発とも、長身のため周囲の人垣から飛び出していた亜犯の顔面に命中した。
実のところ観基は別段、戦闘について特殊な訓練を受けたとか、そういう経験は一切無い。
それどころか、射撃の訓練もまともに受けたことがない。
そんな人間が銃を撃ったら、普通ならちゃんと標的に命中するはずはないのだが。
観基はその能力のため、狙った相手に正確に被弾させ、かつ周囲には跳弾などによるものも含め被害が出ないようにすることができる。
また、彼女は能力のため、普通の狙いの定め方とは明らかに違う方法でターゲットに弾を当てている。よって、本来あまり意味のない二丁の銃による同時攻撃でも正確に当てることができるのだ。
これ、何度も言っているようにあくまで観基が超能力を持っているからこそできることなので。
普通の人は真似しちゃいけないということと。
銃の専門家の方に「そんな馬鹿な。まともな訓練も積んでいない素人にそんなことできるか」とつっこまれても困るということは。
ここで言っておこうと思う。
……って、観基の銃の腕前について解説している場合ではない。
観基の奴、何考えているんだ?
「そこの女性を惑わし、不埒なことをしようと企む不届きな男! 貴様を地獄に送ってやる!」
いきなり亜犯を挑発する観基。対して亜犯は、
「おお、これは美しいお嬢さんだ。どうかね? 私と一緒にお茶でも」
などと挑発を完全に無視して、観基をナンパし始める。
「断る! お前は公衆の面前で、無様に泣きわめきながら我が足元にひれ伏すこととなるのだ!」
観基は亜犯に対して至近距離から容赦なく発砲。
ゴム弾とはいえ先述の通り、半端無い威力を誇っている観基の銃からの攻撃は、普通の人間なら至近距離から受ければ最悪、死に至る場合もあるという。
だが、何度も言っているように亜犯は普通の人間ではない。
「ふん! ふふん! ほう……これは初めて喰らったが、結構快感だ。さあ、もっと撃ってくれ」
という予想していたような反応で、まるで効いていない――いや、本人が言うには程よく効いているんだったか。まあ、ともかく、あまりダメージはなさそうなのだった。
この様子を見ていた周囲の人々はどうやらこれを「何かの演出」だと思ったらしく、邪魔にならないようにと亜犯と観基から距離を取ってくれた。
そのため、亜犯が市民に何か良くないことをする可能性はとりあえずはなくなった。
が、だからといってそれだけでは俺たちの目的「亜犯を取り押さえる」は達成できないし……。
もしかして、観基が亜犯の気を引きつけている間に、俺がこっそり近づいて捕らえるということだろうか?
ならば、とりあえず少し離れたところから、亜犯の背後に回って……、
「夕輝、ちょっと待て」
銃を撃つ手を休めた観基は、俺の方を向いて待ったをかける。
折角、俺がこっそり近づこうとしたのに、これでは台無しなんだが。
亜犯の奴も俺を見つけて。
「む、貴様はさっきの無礼な男……まさか、貴女もこの男の仲間だったのか!?」
とか言っているし。
この状況で、果たしてどうしようというのだろうか。
困惑する俺。
しかし、観基は何も問題はないというような、自信ありげな顔をしたまま、亜犯に向かって、
「その通り。私と夕輝は貴様を脅迫し、今、君が属している組織から手を引かせるためにやってきたのだ。さあ、大人しく我々に同行してもらおうか。抵抗するなら容赦せず、再び正義の弾丸を貴様の腐った脳天に喰らわせてやる!!」
と宣言する。
攻撃されたい亜犯がそんな脅しに屈するはずがない。
「望むところだ。さあ、撃ってみるがいい」
怯むどころか、両手を頭の上にあげて、バンザイのポーズを取りながら亜犯は観基を挑発する。
観基はその挑発にのって、ゴム弾で亜犯の頭部、のみならず全身を撃ちまくる。
無論、結果は言うまでもなく。
亜犯は大変嬉しそうな笑みを浮かべ、
「いい、いいぞ。さあ、もっとだ、さあ、さあ、さあ……」
とかいって、興奮するだけだった。
これではまるで意味がない。
観基もそれぐらいはわかっているはずなんだが……どういうワケか、それでも亜犯をひたすら撃った。撃ちまくった。
そして、その銃撃は観基が持っている弾が全て尽きるまで続いたのだった。
「……なんだ、もう終わりか。これは残念だ」
観基の銃撃が終わり、そう呟く亜犯。
表情からして、その発言が単なる挑発ではなく、もっと攻撃されたかったという素直な感想だというのは明らかだ。
対して観基も。
「ああ。私もこの程度の攻撃しかできないのは残念だ」
といいながら、わざとらしく先ほどまで亜犯の周囲にいた、今では「亜犯VS観基」という戦いの観客となっている人々を見回し、
「ここでは周りの人々を巻き込んでしまうからな。人のいないところでなら、もっと過激極まりない攻撃をすることができたのだが……それに、お前を捕らえれば、これでもかというほどの残虐な拷問も……」
と続ける。
これに亜犯は、
「過激極まりない攻撃……残虐な拷問……」
と反応。そして何かをブツブツ呟いたり、あれこれ悩むような仕草をした後に。
「うむ。よく考えれば、女性に同行を願われたのに断るのは失礼に当たるな。よかろう。私は貴女についていくことにしよう」
などと、観基の要求を呑んだのだった。
こうして、観基は拷問をちらつかせることによって、亜犯を自分たちの思い通りに動かす事に成功した。
……明らかに普通のそれとは別ものになっているが、まあ、上手くいったからこれで良いのだろう。
(続く)
さて、こうして。
とりあえず亜犯と話し合う事が可能な状態には持ち込んだ夕輝達でしたが。
果たして、彼は夕輝達の味方になるのか、それとも……。




