第一章 その2
今回、タイトルにもなっている変態が登場するわけですが。
果たしてその人物はどのような格好で、何をしているのか……。
その男は西洋の貴族のような格好をしていた。
いや。
正確に表現するならばそれは〈本物の貴族〉みたいな格好ではなく。
テレビゲームがまだ目新しかった頃によくあった「剣と魔法のファンタジー」な世界観のRPGに出てくるような、そういう現実離れはしているが、しかしながら露骨な貴族の格好をしていたのだ。
青いマントが微風に靡き。
胸のブローチが燃える太陽を受け付け爛々と輝く。
腰に携えた金色の十字剣は、満天の星空を連想させるような無数の宝石をちりばめた鞘に収められている。
良質な絹を思わせる光沢を持った金髪に、高原にある湖を連想させる澄みきった碧眼。
採れたての果実さえ連想させる瑞々しい肌に、顔つきはルネッサンス時代の優れた芸術家が手がけた彫刻を思わせるような神々しさ。
浮かべる笑みは、南国の陽光のように眩しく、それでいて森林を駆け抜ける風のように爽やか。僅かに見える歯も象牙の工芸品かのように見える。
そしてその他、身体のどの部分を見ても、振る舞いのどれをとっても、あるいは身につけているもののどれを眺めても申し分のない美しさ。
……であるのだが。
各々の要素の組み合わせが悪いのか。
それとも完璧すぎてかえって胡散臭いのか。
全体としてみると何とも言えず、微妙というか、評価に困る感じだった。
で、そんな男が、どういうワケか朝っぱらから街中で。
「そこの美しいお嬢さん。私と一緒にお茶でもいかがかな?」
という、一体いつの時代に使われていたのか、そして未だにそんなものを使っているヤツがこの貴族男を除いて存在するのかと疑問に思うような口説き文句でナンパしていた。
無論。
ただでさえ怪しい雰囲気の貴族男が、さらに怪しい口説き文句を使ってナンパしても、当然のことながら引っかかる人などいない。
いや、それどころか。
街を行く人々は皆、彼を変なものを見るような目でちらりと見て、その後すぐに目を背けているというか。彼の前を通るときだけやや小走りになっているというか……。
まあ端的に言ってしまえば彼を〈関わるべきではない人間〉と見なして避けていた。
さて、このような状況に置かれた場合。
〈正しい正義の味方〉のあり方としては、一体どうあるべきなのだろうか?
貴族男は妙な格好と、くどき文句でナンパをしている。
しかし、それだけである。
決して凶悪な振る舞いをしたり、強引な手段に訴えたりしてはいないし、そのような行動を起こす様子も無い。
周りの人はどん引きしているが、そんなことを理由に咎めるというのも難しい。
勿論、彼がナンパに引っかかった女性に対して何か、よからぬ不埒なことを企てている可能性もあるが、仮にそうだとしてもあの様子では誰もナンパに引っかからないだろうから問題はないだろう。
すると、やや人騒がせな存在ではあるけれど、別に放っておいてこのままパトロールを続けても良いのかもしれない。
よし、そうしよう。あんなのにはあんまり関わり合いになりたくないし。
剣を持っていることが銃刀法に引っかかるかもしれないが、この街では許可証を持っていれば帯刀は許されている。きっと彼も許可証を持っているのだろう。うん、そういうことにしておこう。
と、俺が思い、街のパトロールの続きをしようとしたその時。
そのナンパをしている貴族男に向かって、疾走して接近する一人の女性が現われた。
それは本日二人目の不審者の登場だった。
まあ、あの貴族男に向かって接近していく段階で、既に不審者には違いないと思うんだが。
それだけではなく、彼女もまた奇妙な格好をしていたのだった。
☆ ☆ ☆
その女は紺色の、剣道着に似た感じの和服を着ていた。
そして足元は足袋と草履だった。
顔つきは凛々しく、意志の強そうな鋭い双眸もあって、何か侍というかそんな印象を漂わせている。
少し長めの黒髪を後ろで束ねており、これはファッションというよりは「動くのに邪魔だから束ねた」というような感じなのだが、妙に似合っているためか、がさつな雰囲気はまるで感じない。
と、これだけだったら俺の感想も「この近くにある剣道場とか、そういうところの関係者かな?」というような程度で「不審者」とか「奇妙な格好」だなんて思わなかったのだろうが。
問題は彼女の右手にあった。
あれ、どう見ても木刀や竹刀じゃなくて本物の刀だよな?
よくできた竹光って可能性もあるけど――それだって、抜き身の状態にしてこんな街中で持ち歩いていたら危ない人だろう。〈武器を持ち歩いている〉という意味ではなく、〈変な人〉という意味で。
それにしても。
さっきの貴族男に続いて、今度は何というか侍みたいな女が出てきたワケだが。
連続して怪しい格好をしたヤツが出てくるとは。
俺がこの仕事を始めてから今までこんなことはなかったんだが……今日は一体どうなっているのだろうか?
そりゃあ勿論、ここが悪の組織の秘密基地とか、怪しい連中の取引現場だというのならば、同時に何人もの怪しい格好のヤツら、つまり辞書に載っている意味でも、あるいはそうではない意味でも〈怪人〉と言えるような人物が複数いたりもするだろうけど。
ここはごく普通の街の中。仮に俺の前に現われた二人がそういう「普通ではない社会の連中」だったとしても一般世間に溶け込むために、もうちょっと普通の格好をしているようなところだ。
そんなところに奇妙な格好をしているヤツらが同時に現われる理由――
あ、もしかして。
今日は何か、アニメとかのイベントがあってその関係でコスプレイヤーが集まっているのだろうか? 会場の外でコスプレしていたり、さらには模造品であったとしても武器を振り回しているのはマナー違反だと思うけど……
って、そんなワケがない。
そんなイベントがあったら、仕事上も、趣味の上でも俺のところに情報が入っていないはずがないじゃないか。
ということは、彼らは別に何かのイベントでコスプレしているんじゃあないのだろう。
とすると……ドラマの撮影とかだろうか?
いや、それこそイベント以上に情報が入っていないのはおかしいか。
第一、この周囲にはカメラなんかの撮影機材が見当たらないし、彼ら以外に役者やスタッフのような人物がいる様子も無い。
そもそもドラマの撮影なら周囲を警備とかしているものだと思うが、そういうことも全くされていない
ということは、ドラマの撮影でもないのだろう。
しかし……そうなると……あ、あれだろうか?
どこかの映研とか、そういう人たちなんだろうか?
確かにカメラは見あたらないが……今回は現場の下見と、衣装や小道具の確認も兼ねて演技の練習をしに来ているのだろう。
映画制作のためにそこまでしているとは。感心してしまうが……こういうことを勝手に路上で行うのは迷惑行為になるはずだ。注意しに声をかけた方がいいのだろうか?
いや、あれだけ堂々と街中で行なっているのだ、既に許可を取った上で行っているのかもしれないか。まずは詳しく話を――
彼らについてあれこれ考えた俺が、ようやく声をかけようと決心した。
その時。
金属同士がぶつかり合う激しい音が辺りに響いた。
それは、侍女が貴族男の頭部目掛けて放った刀による一撃を、貴族男が携えていた剣を引き抜き、受け止めた音だった。
ほう。
今の小道具は音までリアル……って、そんなワケがない。
あれは、あの刀と十字剣は、芝居用の小道具ではなく真剣だったのだ。
街中でナンパをする貴族男。
そしてそれに対して刀で斬りかかった侍女。
まったくもって何が何だか分からない状況なんだが、こうなってしまうと最早「ヤツらは何者か?」と悠長に悩んでいる状況ではないだろう。
彼らが何者であろうと、街中で刃物を振り回し始めたのだ。もうこれはどう考えても放っておけば街の人々に危害を与えるような事件に決まっている。
貴族男が不審なナンパをしまくっていたために周囲に人はいなくなっているので、今のところは安全だが、だからといっていつ人がやってくるかは分からない。
誰かが巻き込まれる前に、彼らの蛮行を止めなければ――
と、思ったが。
その時既に、侍女は貴族男の剣による防御をはじき飛ばし、何も防具となるものを身につけていない彼の頭部に向かって第二撃目を繰り出していた。
貴族男は、防御を崩されたことでバランスも崩れ、よろめいている状態。あれでは最早防御は不可能。
刀は彼の頭部に激突し、辺り一面は血みどろの惨事となるだろう。
……って、オイ。
まださっき「俺の活躍する話はコメディタッチでいいや」みたいなことを考えてから十分程度しか経っていないんだけど。
いきなりそんな展開とか、ありえないぞ!!
などとは思ったがしかし。
今からでは俺が何をしてももう間に合うはずもない。
さらば、貴族風の変なナンパ男!
そして俺の理想の人生!
俺はあんまり流血とか、そういうのは見たくないので目を閉じた。
「ヒーローがそんなんでいいのか?」なんて言われるかもしれないが。嫌なものは嫌なのだから仕方がない。
いざとなったら命懸けの戦いにだって挑む覚悟ではあるとはいえ、それはそういう状態に精神を持っていけるような条件がそろった時の話だ。
街中で予期せぬスプラッター的場面に出くわしたら咄嗟に目を閉じてしまうのは仕方がないじゃないか。
というワケで、俺は目を閉じたんだが。
まあ、それでも嫌な感じの音とかは聞こえそうだよなぁ……と、そっちの方については覚悟した。
しかし、そんな俺の耳に入ってきたのは、予想とはまったく違うタイプの音だった。
その音は、中々表現が難しいのだが、強いてあげるとするならば、ハリセンで叩いた時の音と、スポンジ性の柔らかい棒で殴ったときの音を足して、更にコンピュータを使って特殊な加工を施したかのような、そんな音だったのだ。
あのような奇妙な音が鳴るとは。
もしかして俺が気がつかなかっただけで、貴族男は頭に何か特殊な防具でも着けていたのだろうか? まあ、仮につけていたとしても、それがいかなるものなのかまったく想像できないが……。
などと考えながら。
俺は恐る恐る目を開ける。
そして。
その疑問に対しての答えが明らかになる。
(続く)
とまあ、この作品は一応〈異能力バトルもの〉なので。
次回で何故、攻撃後に変な音が鳴ったのかが明らかになるのですが。
気になる方は、次回をよろしくお願いいたします。




