30 惠谷和泉
医者からは奇跡的な回復だ、と言われた。
家族はどうにも「目を覚ます可能性は限りなく0%」と医者から言われていたらしい。
だってお兄ちゃんさ、本当に事故にあった後すごかったんだよ、傷もいっぱいで、血もいっぱいで、包帯もいっぱいで、機械もいっぱいで、なんて今日も身振り手振りを使って話してくれる妹。
「とにかく、和泉の意識が戻って、ケガも治って本当に良かったわぁ……」
食卓に視線を落としながら、母がそう言う。
意識は戻ったといえ、さすがに無傷での帰還は無理だった。体中に手術の跡がある。時間がたてばそこそこ消えるらしいけど。あと右の膝が特に大ダメージを受けていたため手術をしたものの、少し曲げにくくなった。あと、入院期間が長かったせいで高校は留年した。でもみんなみんな生きていてくれてよかったと。口を揃えてそう言ってくれた。
そこまで家族仲はよくなかったんだけど。
家に帰れば、朝と夜は家族全員で食べるなんていう習慣が出来上がっていて。
妹に聞けば、自分が事故にあった後から両親は俺と共に過ごした時間の少なさを後悔したそうだ。だから出来上がったらしいこの習慣。母親は一日おきくらいに「ほんとうによかったわぁ」なんて言って。妹はお兄ちゃんの事で作文書いたらコンクールで金賞貰った!なんてちゃっかり兄をダシにしていて。父親は時折急に目頭を押さえる。
戻ってこれて、よかったと思う。
でもそれと同時に、最後に見たあのお嬢様の涙をきっと一生忘れることができない。
「お兄ちゃん、今日はどっか行くの」
「あー本屋とか」
「いいなー学校休みで!」
「こら、そんな風な言い方しないの」
学校は春からの復帰。まだ時間はある。
学校からは春までゆっくりと過ごしてもらえれば。と言われたものの、何となく落ち着かず参考書などで勉強を続けている。
「お兄ちゃん、ならこの漫画買ってきておいて」
そういう妹が食事中だというのにサラサラと紙に漫画のタイトルを書く。
兄をパシるなよ。なんて思ったとき、なぜか千秋お嬢様の事を思い出してつらくなった。
*
まだ歩きにくい右足ながら、本屋を歩きまわる。
女性向けの漫画ってどこだ…なんて思いつつライトノベルコーナーの前を通れば「悪役令嬢」と書かれたタイトルのものが多くて少し笑ってしまった。
そして目に入る女性向けの雑誌。足を止めてしまったのは「乙女ゲーム特集」なんて文字につられたから。
ぱら、ぱらとめくれば「ふた☆プリ2nd」なんていう懐かしい響きに、桜庭さんと三村兄弟のでかでかとした絵が。
そして、サブキャラクターだからかそこまで扱いは大きくなくともそこにある「蓮見千秋」の文字と、姿に涙が出た。
ぶかぶかのセーターやっぱり似合ってないし、ネクタイも男ものって変すぎる。そしてそこにある人物紹介に目をやる。「蓮見千秋:ララの親友。恋愛をアシストしてくれるものの空回り気味。親愛度をマックスにまで上げると『忘れられない人』というイベントが発生する」なんて文字が。
「忘れられない人、ってなんだよそれ」
女性向け雑誌を見て、涙を紙面に落としながらそう呟く男、やばくない?
後でこの雑誌は買い取るから許してほしい。
私の事は忘れてください、なんて手紙に書いてたくせに。
「俺も、忘れられるわけないよ」
そう呟いた。
もう二度と会えない君を想いながら。




