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第26話 スペチアーレ・ファーゼ

 ハルカと翔はカナの両親をとある場所へ招待しようとしていた。


 「さて、そろそろ来るだろ」


 「ええ、もう時間よ」


翔とハルカは時間を確認する。


 「それじゃ、行きましょう。是非、一度は来ていただきたい場所があるんです。」


翔が一朗と春子を案内する。家の外には黒塗りの高級車が2台待っていた。


 「お待たせしました。お嬢様。」


皇家執事、三条美鶴がお辞儀をしている。


 「ありがとう、三条さん。こちらがカナちゃんのご両親よ。丁重に案内して差し上げてね」


ハルカが指示する。これは美鶴も理解していた。まさにVIPを案内するのと同じ気持ちで臨む。車のドアを開けて丁寧にサポートする。


 「あ…すみません…わざわざ…」


春子はこんな経験などした事がない。緊張気味に乗り込む。一朗も同様に緊張しながら乗り込んだ。


 「いやー毎度毎度悪いな!タクシーなんか使ったら勿体無いからさ」


翔が笑いながら後方の車のドライバーに挨拶する。


 「僕がわざわざ運転して来るって珍しいだろう?」


降りたのはCTF銀行本店長、天満宮日だ。


 「そりゃ、それだけの人材を確保するんだからな。つーか、融資無利子な?でなきゃキレるぜ」


 「分かってるさ。あのおふたりに店をやって貰えるなら、僕も利用するし、銀行としても懇意にさせてもらいたいよ」


 「だよなぁ。てか、あの2人に相応しい従業員を探すのも一苦労だぜ…」


 「だろうねぇ…開店して直ぐは新人入れる余裕もないだろうし、経験者と言っても…」


 「ま、そこら辺はハルカが動いてくれたし何とかなりそうだ。あ、一朗さんの会社は調べておいてくれよ」


 「ん?そりゃまたどうして?」


 「面倒事が起きる前に対策を用意しておくのさ」


こういう時の翔は一味違う鋭さを見せる。二手三手先を読んでいた。


 「分かったよ。」


打ち合わせを済ませて、翔とハルカ、カナも車に乗り込んだ。2台の高級車は一路、都内へ向かう。


 「えーと…皇家の執事さんですよね…前の車の運転手さん…」


カナがオドオドしながら尋ねる。


 「そうよー?本当なら私が運転してお連れするのが礼儀なんだけど、できないからね…」


ハルカが申し訳なさそうに答える。猫耳も少し畳んでいた。


 「一体…どこ行くんですか…!?」


カナは行先の想像が全くつかない。


 「ま、着いてからのお楽しみだな。てか、ハルカ。首尾は?」


助手席から尋ねる翔。

 

 「上々よ。ただ、カナちゃんのご両親に失礼がなければいいんだけど…」


 「まぁ…ある程度は覚悟してるが」


 「一応、支配人にはきつく言ってあるけどね」


 「さすがハルカだな」


2人は気軽に話しているが、傍で聞いているカナにはさっぱり分からない。


 (翔と会長が考える事はホント予想つかないなぁ…)


カナは苦笑しながらシートにもたれて、車窓からの景色を眺める。車は、都内に入り、高層ビル街を走っていた。


 「ここって…」


高層ビルのVIP玄関へ車が到着する。カナもテレビやネットで見たことがある場所だった。


 「ふふっ。ようこそ、ホテル・スメラギへ」


ハルカがニコっと笑いながらカナに言う。


 「ホテル・スメラギって…あの超高級ホテルですよね!?」


カナが驚きながらビルを見つめる。ホテル・スメラギとは皇家の経営する、日本最高級のホテルだ。一行は車を降り、VIP専用玄関から中へ入る。


 「にしても…国会議員がいる家がホテル経営ってどうなんだ…」


翔がいかにも庶民的なツッコミを入れる。


 「元々は皇家の政治家が接待や知り合いの宿泊用に建てたんだけど、一般の利用もできるようにしたのが始まりなのよね」


ハルカが解説する。


 「一般って言いますけど…普通の人間は高すぎて宿泊できませんよ…」


カナが暗い声を出す。


 「ま…一泊10万ありゃとりあえず泊まれるみたいだから、ギリ実用圏内だろ。まぁ俺はもったいないからネカフェで寝りゃいいとも思うが。」


 「私は適正料金かなぁなんて思ってるわねー」


どうやら、翔とハルカの金銭感覚はカナとはズレがあるようだ。


 「お嬢様、少々時間が空いておりますが、いかがいたしましょうか」


美鶴が時計を確認すると、約束の時間には少し早い。

 

 「そうね…お茶にしましょ♪」


ハルカが手を合わせながら笑顔で提案した。一行はラウンジでお茶にする。


 「どうぞ、お好きなものを頼んで下さいね」


美鶴が一朗と春子に勧める。


 「じゃ…じゃあ私はコーヒーで。」


 「私は紅茶にします…」


高級ホテルのラウンジなど利用した事がない。緊張が抑えられなかった。


 「あー…お母さんとお父さんガチガチじゃない…」


カナが心配半分、呆れ半分でぼやいた。


 「そういうカナは平気なのか?」


翔が聞いてみる。


 「翔や会長と一緒だし、なんか平気っ」


いつものカナだ。


 「それはそうと、皇の人間が来てるのに、誰も気づかないんだな」


皇本家の娘が来たとなれば、ホテル側も出迎えたりするのが普通なはずだ。しかし、到着してからというものの、特に何も無い。


 「それはね、来るのを知ってるのは支配人だけだし、私自身が箱入りで育ったから顔も知られてないのよ。支配人も会うのは今日が初めてだしね」


 「なるほどな。それにハルカとカナがアストレアだからか接客も手抜いてるだろ」


翔はウエイトレスの接客が他の客よりも手抜きになっている事に気づいていた。


 「アストレアの社会的地位の低さや、差別意識って残ってるのよね…やっぱり」


ハルカは呆れていた。自分の家が経営しているだけに情けない。


 「何が一流ホテルだ。客差別するとか三流以下だろ」


翔としても不快だった。


 「ちょっと支配人にお灸据えようかな♪」


ハルカの危険な笑顔だ。これには翔も少し冷や汗をかいた。



 美鶴が再び時間を確認する。


 「そろそろ時間ですので行きましょうか」


一行はフロントへ向かった。


 「連絡差し上げた、三条です。」


 「ああ…はい。聞いています。」


明らかに嫌そうな顔をするフロントの女性。カナとハルカの方へ目線をやり、ワザとらしく睨む。


 (大切なお客様がいらっしゃると聞いていたけど、なんでこんな猫連中なのよ)


 「一流ホテルのフロントってのは、客を見てサービスの質を下げるんだな。いい度胸だぜ」


翔が喧嘩を売る。


 「ちょっと翔…!?」


カナが止めようとする。


 「いえそんな事はありませんよ」


平然と答えるフロントの女性。


 (何なのこいつ。学生の分際で!)


 「なぁ天満さん。」


今まで、口を開いていなかった宮日に声を掛ける。


 「なんだい?」


 「俺、多分こいつらよか稼いでるよな」


 「言うまでもないね。大体、君は法人登記しないと勿体無い位に稼いでるじゃないか」


 「そうだな」


ワザとらしく会話する。その後、ホテルの人間の案内で支配人室へ通された。


 「ようこそおいで下さいました。私が総支配人の皇光月です。」


 「あんたが支配人かよ。」


いきなり翔が喧嘩腰で切り出す。ハルカは敢えて何も言わない。


 「ええ…それが…?」


 「んじゃ、こいつらここに呼び出してくれ」


実は、ラウンジやフロントで不快な接客をした人間をメモしておいた。


 「わ…分かりました。」


本能的に逆らったら危険だと認識したのと、顔は知らないがこの中に皇本家の娘がいるのでどちらにせよここは従ったほうが身の為だ。内線で連絡し、呼び出す。


 「さて、役者揃ったし、自己紹介するか」


翔がゆっくり話し始める。呼び出された者達は震えていた。


 「俺は、シャ・ノワール学園生徒会副会長の樟葉翔だ。」


 「僕は、CTF銀行本店長の天満宮日です。」


名刺を差し出した。


 「えーと…私はシャ・ノワール学園寮長の橘カナですっ…」


 「父の一朗です…!」


 「母の春子ですっ」


橘一家は緊張のあまり氷漬け一歩手前だ。


 「私はお嬢様の執事、三条美鶴です。」


敢えて主人の名前を出さずに自己紹介する美鶴。場の流れを乱さないのも一流執事なら当然だ。


 「ふふっ…私を最後にしちゃうなんて、翔もいい性格してるじゃないの♪」


にっこり笑うハルカ。やはり怖い。


 「頼むぜ、リーダー」


ウインクする。


 「私は、シャ・ノワール学園生徒会長の皇ハルカ。父の隆人と母の美夜がお世話になっていますわ♪」


丁寧にへりくだった挨拶をするハルカ。純白のスーパーロングヘアと深紅の瞳、猫耳と尻尾。その全てから気品が漂う。そしてその場を掌握する圧倒的カリスマ。


 「は…ハルカ様…」


光月がたじろぐ。皇本家の娘にCTF銀行本店長という布陣はあまりにも強烈なダブルパンチだ。その2人が共に行動する人間ともなれば、迂闊な真似をしたらタダで済む気がしない。


 「とりあえずだけどね?呼び出してもらった人たちは、アストレアへの差別意識を表面化させた接客を行ったのよねぇ」


 「そんな事が表沙汰になったら、融資している側としてはブランドイメージにヒビが入りますねぇ」


ハルカと宮日の異色コンビパンチである。


 「そ…それは…」


この場のホテル関係者は皆凍り付く。


 「なぁ、TOB仕掛けて買収して俺が支配人になってとりあえずそこの奴らクビにしてやるか?」


翔が笑いながら話す。


 「さすがの樟葉君でも300億はキツいんじゃないかな?」


 「株式の50%以上を取得すりゃとりあえずはどうにかなるだろ?150億ちょっとだぜ」


 「預金じゃ足りないよね…」


 「え?貸してくれよ。俺法人なんだし。」


 「ま、君になら貸してもいいか!」


呑気に話しているが、中身は尋常じゃない。というより、高校生の会話ですらない。


 「あの…えっと…わかりました!!呼び出した者は即刻解雇します…!」


光月は冷や汗を流しながら絞り出すような声で言う。


 「物分かりがよくて助かります♪」


にっこり笑うハルカ。そして呼び出された者は皆、生気が枯渇していた。


 「んじゃ、早速本題に入るか」


翔が仕切りなおす。


 「は…はいっ」


光月も落ち着きを取り戻す。


 「実は…」


翔がカナの両親の事を中心に事情を説明した。


 「なるほど…それで、こちらは何をすれば…?」


 「ここの総料理長にカナちゃんのご両親の料理を食べてもらいたいの」


ハルカが続ける。


 「なるほど…分かりました。」


一同はホテルのレストランへ向かった。光月が総料理長へ説明する。


 「私が総料理長の四条峰です。」


軽い挨拶だ。いくら話を聞いたところで紹介された、カナの両親は素人にしか見えない。


 (こんな奴の料理など…俺が食べるまでもないはず…)


しかし、本家の娘たるハルカが推している。


 (一体どういうことだ…?)


やはり気になる。


 「じゃあ、一朗さんと春子さんで何か作って下さい!」


翔が笑顔で2人を励ます。


 「わ…分かったよ…」


 「でも、あなた、何作る…?」


緊張はしているものの、ここまで来れば腹を括った方がむしろ平常心でいられる。


 「お父さんとお母さんの得意なのでいいんじゃないっ?」


カナも励ます。両親の腕が認められれば幸せだ。


 「いや…総料理長に納得して頂けるもの。そして俺の全てを出せるもの…」


 「あなたの実力をきっちり引き出すには…」


夫婦で相談している。その表情はさっきまでとは一変、料理人の顔だ。2人共吹っ切れたのか、いつの間にか本気になっていた。


 「樟葉君…あの表情…いわゆるヤバイってやつなんじゃないかい…?」


宮日が翔に話しかけるが、顔は笑っていない。


 「ああ…本気と書いてマジと読むアレだな…」


皆が見守る中、橘夫婦は厨房に立った。家とは違う、カナですら見たことがないような真剣さがひしひしと伝わってくる。


 (おいおい…なんだあの表情…!?プロの顔じゃないか!)


調理を見ている峰は顔に出さないものの、驚愕している。



 「お待ちどうさま!」


威勢良い一朗の声が響く。峰と光月が席に着いている。一朗のサーブの手つきは一流を名乗るに相応しいものだ。


 「お…美味しそうだ…」


 「なるほど…これは…」


光月と峰が既に唾をゴクッと飲み込む。


 「橘家特製、カナのお墨付きビーフシチューです!」


春子がにっこり笑うと同時にカナが赤面した。


 「ちょっと!なんでよりによってソレなの!!」


恥ずかしさ全開、猫耳と尻尾ブンブンさせて叫ぶ。


 「そりゃ、カナが好きなのを作るのに俺も春子は全力出してたしなぁー」


一朗も春子もカナに少しでも美味しいものを、という親としての愛情がある。


 「光月君…この味は…」


支配人と総料理長は夢中で食べていた。


 「総支配人…これに俺は勝てませんね…」


旨さのあまり、涙していた。


 「さすが、カナのご両親だな!総料理長にここまで言わせりゃ、日本一って言っても怒られないだろ!」


翔が喜ぶ。


 「やはり…カナちゃんのお父さんとお母さんは、天才なんだわ…」


ハルカも驚きを隠せない。


 「橘さん…いえ、橘シェフ!どうやったらここまでのおいしさを!?」


峰が夢中で尋ねる。


 「えーと…俺は昔から趣味で料理していたんです。でも、自分の味には自信がなくて…でも春子に出会ってからは、春子を。カナが生まれてからはカナも。とにかく喜んでほしいなと。自分の趣味で喜ばせられるなら、幸せだと思うんです。それに娘にも美味しいもの食べて育って欲しいですしね!やっぱり、親って子供がいると限界を超えた事ができるんじゃないでしょうか…?」


一朗なりに答える。


 「私も主人と同じですね。やっぱり、喜んでほしいですから♪それに、2人で料理の研究する時は…大喧嘩しちゃう事もあって。でも、本気ですからっ」


春子も答えた。


 「それは…本当に素晴らしいです。お互いを高めあう。そして常に食べる人の事を考える。まさにあなた方はプロですよ!お店を開かれたら、是非、行かせて頂きます!そして勉強させて下さい!」


峰が固く握手する。料理人として人間として、橘夫婦に敬意を持った。


 「一つ気掛かりなのが、カナちゃんが中学の時の一件なのよね…これだけの腕でマズイって言われる理由が全く分からないわ…総料理長はどう思うかしら?」


解決しなければならないトラウマ。ハルカもあまり口に出したくはないが、重要な件だ。


 「ふむ…お嬢様、恐らくなのですが、橘シェフや私は常に上を目指して料理しています。当然、究極の味を追求するのですが、究極の味を理解できるのはやはり究極の舌、という事ですね…」


 「なるほど…一般人には美味しすぎて逆に伝わらず、マズイなどと思われてしまうと…」


 「そうですね。少し言い方が悪くなりますが、一般庶民程度の味覚では橘シェフの味は理解する事すら不可能。いえ、許されないと言ってもいいレベルなんです。その味をずっと食べているカナさんの味覚も一般人とは次元が違うと思います。」


総料理長、四条峰をしてこのセリフ。もはや規格外級のシェフという事だ。


 「それほどとは…」


ハルカもこれほどとは思っていなかった。


 「ですから、お店を開かれるなら…一元は断るなりしてとにかく超高級路線にされないと、かえってロクでもない一般人にマズイなどと言われたら評判が下がってしまいます…私はそれが心配ですね…」


峰の懸念はまさに、現場を知っているからこそのものだ。


 「なるほど…総料理長がそう言うなら、ちょっと考えないとまずいな…仕出し弁当の方はどうするか…」


翔もさすがに悩む。


 「そうですね…弁当に関しては、学生向けとの事ですし、食材のレベルを少し下げてコスト削減を。さらに、橘シェフの腕ならば、味のレベルもコントロールが可能だと思うので、対応できるかと」


 「デチューンって感じだな。まぁ、本気出す前の腕ならしって感覚でいいかもな」


 「はい。それでも恐らく、旨すぎて泣けると思います。そして、腕を存分に発揮して頂けるお店の方は、最高級の食材と橘シェフの究極の腕を楽しめる、超高級レストランに。価格も相当高めに。これは嫌味でもなんでもなく、橘シェフの腕前を正当に評価されるようにするためです。いずれは星の獲得などを目指されてもいいかもしれませんね」


 「いやぁー現場目線アドバイス助かるぜ。でも、仕入や客はどう確保するんだ?」


 「仕入はこちらがお手伝いを。客に関しては、私たちの間で信頼できる友人などを集めて、内々に集めるのがいいかもしれません」


 「なるほど…最初は派手にやらない方がいいよなぁ…」


 「その通りですね…」


峰と翔は真剣かつ慎重に打ち合わせる。何しろ、橘夫婦の腕前はあまりにも究極過ぎるため、適当な真似は出来ない。


 「じゃあ、とりあえず生徒会で案件持ち帰りましょう。後日、四条シェフを交えて店に関する会議を持つということで」


ハルカが纏める。


 「それがいいな。今、あれこれ言っても小田原評定だ。」


その日は一旦解散とした。


 帰りの車中にて、


 「いやーこれで学食問題解決とか軽く考えてたが…予想以上にトンデモ案件になったな」


 「でも、それだけカナちゃんのご両親が凄いって事よねー」


 「お母さんとお父さんが認められて私もすごくうれしいよっ」


 「これは…銀行としても敬意をもって取引させて頂かないとね…!」


翔、ハルカ、カナ、宮日。4人とも色々な予想外に戸惑いもあったが、これからが楽しみで仕方ない。やはり、旨いメシは人を変えるという事だ。



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