第10話 クリミナーレ
校外学習から数日、翔は学園中で注目を集めるようになっていた。何しろ、高校生ながらに億単位の貯金があるという噂は一瞬のうちに広まったからだ。翔と付き合おうと考える生徒は多い。それにそこそこのルックスというのが親しみやすさをもたらしている。クラス内でも積極的に会話を試みる者は多い。翔も取引はしながらも相手はしているのでますます人気は高まっていた。
「にしてもだな…金持ってるからってなんだこの豹変っぷりは…」
「まぁ…アストレアって猫だしね…気まぐれというかね」
「それをアストレアのカナが言っていいのか…?」
「アハハ…」
翔とカナは他愛ない会話を普通に教室でも行えるようになった。イジメが鳴りを潜めているからだ。クラスでは誰が最も翔と近しくなれるかが最重要課題となっている。また、生徒会長と共に校外学習を企画したこともある意味でインパクトが大きい。翔の機嫌を損ねるような事が起これば、生徒会が動きうる。抑止力としては充分だ。
「ま、クラスもいい雰囲気だし俺としてもありがたいが」
「なんていうか、あんな方法で雰囲気改善しちゃうなんてね…」
「ぶっちゃけ、俺はクラスの奴らが黙ればいいと思ってたんだが…金のインパクトと猫の気まぐれってのは流石に予想外だった。」
「気まぐれはともかく、4億円なんて見せられたらねぇ…」
「もちろん大金なんだけどな?想像より与えるインパクトが大きかった。」
「なるほどね…それはそうと今日はどうするの?」
「そうだな。ハルカのとこ行くかな」
その日の放課後、2人は生徒会室に居た。
「ていうか専門科目あるせいでなかなか全員集まれないんだよな…」
翔がため息交じりに呟く。
「まぁ、仕方ないわよ…でもやっと私とレイカ、カナちゃん、翔が集まれたわ」
ハルカもこればかりはどうしようもない。
「じゃあ早速本題だ。何だかんだでクラスや学園の雰囲気は良くなったが、問題解決には至っていない。」
翔が切り出す。
「でも直接的な真似はしてきてないわよね…」
レイカが考え込む。
「当たり前だろ?この空気で直にカナを攻撃できるわけない。それに首謀者に味方する奴がもういないだろう」
カナへのイジメは鳴りを潜めいるものの、首謀者自体はまだ特定されていない。
「それなんだけど…私の携帯に…」
カナが皆にスマホを見せる。
「嫌がらせメールか。個人のみを攻撃できて、尚且つ1人でも可能だな。」
「これを元に犯人を割り出せないかしら…」
ハルカが提案する。
「まぁ割り出せるだろうけどな?実は俺にはもうホシの目星はついてる。」
「「「え…?」」」
そこにいる全員が驚く。
「情報分析や傾向分析は俺の得意分野だからな。ここ数日、俺がクラス内で愛想いいのも情報収集の為だからな?」
「え?じゃあ仲良くしようとか思ったわけじゃないの?」
カナが聞き返す。
「なんで仲良くしなきゃいけないんだ。クラスの人間なんて情報引き出す程度の付き合いでいいだろ?俺は正直、クラスメイトなんて何とも思ってないからな。」
「でも…アストレアが可愛いから編入したんでしょ…?」
食い下がるカナ。
「確かにそうだ。だがな、自分の周りが全てアストレアならば、俺からしたらアストレアである事が可愛いの基準にはならなくなる。アストレアの中でも飛びぬけて魅力的な奴らが可愛いの定義になるんだ。」
「つまり…この学園においてはアストレアである事は全員が同じだから更に何かがないと可愛いとは言えないって事かしら」
ハルカが自分の解釈を述べる。
「その通り。ま、こんなのこの学園でなきゃ言えない贅沢だけどな?でもま、せっかく編入したし、俺にも可愛いを決める権利位はあってもいいだろ?一応、年頃の高校生だし、成績優秀だしな」
理屈は通っている。
「じゃあ聞くけど、今のところ可愛いって思ってるのは誰なの?」
カナが肝心な質問をする。これには全員が翔に注目した。
「そうだな。カナ、ハルカ、桜木は可愛いと思うぞ」
臆する事なく答える。堂々とし過ぎていて全員が頬を染めた。
「それはそうとだな、ホシをどうとっ捕まえるか話し合いたいんだが」
話題を元に戻す。
「そもそも誰なの…?」
ハルカが不安そうに聞き返す。
「おそらくこいつだ。」
翔が資料を見せる。首謀者の名前、クラス、動機、根拠が全て纏められていた。
「え…この子…?」
ハルカが驚く。
「ただの一般生徒なら俺がとっちめて、職員室に突き出す事もできるが…」
「委員会の委員長となると…ちょっとマズイわねぇ…」
レイカが懸念を示す。
「そういう事だ。この学園は職員達と生徒会の間の仲が悪いからな。委員長クラスがイジメを起こしたとなると、向こうにいいようにつけ入るスキ与えるだけだ。」
「何とか穏便に解決できるといいんだけど…」
カナの表情は暗い。
「ていうかカナは被害者だからもっと声高に騒いでもいいと思うぞ…」
翔はこれでも心配している。
「私はいいの。それより、先生達と生徒会が対立するのは避けたい…」
「全く…カナは優し過ぎだ。でもまぁ、対立したところでメリットはないからな。」
翔はあくまで冷静に事を運ぶ。
「そうなると私やレイカは動きづらいわ…」
生徒会メンバーが動けば当然バレる。
「風紀委員会もダメだな。」
付け加える翔。むしろこの場合、風紀委員会が動く方が余程マズいのだ。
「どうしようかな…ほんと」
ハルカが頭を抱える。
「ハルカさえ良ければ俺が動くが?」
「え?…いいの?」
「むしろ俺が一番動きやすいだろ?生徒会や委員会にも入ってないわけだし」
「それはそうだけど…本当にいいの?」
「もちろんだ。むしろこの提案をする為に今日来たんだからな。」
「わかったわ…翔に一任します。」
ハルカも自分ではどうしようもないので、任せる事にした。
「んじゃ明日も集まってくれ。ここにホシ連れてきてやるから」
「「「了解!」」」
その日は解散した。
翌日、翔は朝からとある人物をマークしていた。
(やっぱあいつだよな)
何かを感じ、予想は確信に変わる。レイカやカナも警戒はしていたが、特に何も起きなかった。授業が終わった後、翔は寮に一足先に戻る。
(予想通りだ)
寮に入ると、カナの部屋の前で何かしている生徒がいた。
「そこら辺でやめときな。ピッキングなんておいそれと出来るもんじゃないぜ」
翔が声を掛ける。
「その声…あなたは…樟葉君…!?」
「その通り。そういうあんたは、保険委員長 仁科マキだろ?同じクラスの」
「なんで樟葉君がここにいるの!」
「決まってるだろ?クラス委員長のカナをイジメていた張本人をとっちめるためだ」
「私が何をしたっていうの」
「クラスで仲良いやつに指示してカナの持ち物を隠したり、カナを無視するようにさせたそうだな」
「動機は?」
「あんたは保健委員長だ。つまりこの学園では皆の体調を気遣う立場になる。だからこそ、生徒から慕われ、人気がある。だがそれは2年1組では当てはまらなかった。カナの圧倒的人気により、保健委員長は皮肉にも自分のクラスでは人気がないという状況になっていた。」
「だったら何よ」
「カナに嫉妬したんだろ?保健委員長の方がクラス委員長よりも忙しく、人望も集められるはずなのにそうならないから。確かにクラス委員長というのはクラスの代表だから保健委員会や風紀委員会の長とは立場的に微妙に異なるし、職務も当然委員会委員長の方が厳しい。」
「…」
マキは歯を食いしばって黙っていた。
「ここ数日、カナへ話しかける生徒を観察していたが、あんたは一度も話しかけていない。前々から嫉妬はしていたようだが、俺が編入して俺とカナは仲良いが、俺の評判が悪い所に便乗してイジメを思いついたという所だろうな。でも校外学習で状況が変わって結局こうして自分で事を起こそうとした。ちなみに今日はあんたは専門科目休みの日だから都合いいってわけだ。」
「大した推理だけど、証拠がないじゃない!」
マキは怒気を込めて反論する。
「そういうお決まり文句には、こう返してやるよ。証拠ならここにあるってな」
そう言って見せたのは印刷物の束。
「何よそれ!」
「あんたのスマホのメールやSNSのやり取りの履歴などの全てだ。」
「は…!?」
「俺はFXで死ぬほどパソコン触ってるからな。ハッキング位ならできるぞ」
「ちょっと…待って…」
マキは狼狽する。
「いいか?カナが人気なのは可愛さもあるがな、人柄なんだよ。クラス委員長だからって威張らない。皆の立場に立って考える。カナはあんたが委員長だから、事を荒立てずに解決したいって言ってたんだ。そうやって人を思いやる事って今あんたに一番足りない要素なんじゃないのか?」
マキは何も反論できなかった。頬を一筋の涙が伝っていた。
「仮にも保健委員長なら、あんたのその根性はその座に相応しくない。」
「私は…保健委員長として皆を見守りたかった…でも1組だけは私を必要としている感じがしないのが寂しくて…」
「馬鹿かお前。保健委員長がちゃんと仕事してるから皆元気に笑顔に学生生活できるんだろ?お前がサボりでもしたら健康診断とか滞るだろ。普段の仕事が皆の為になってるんだ。」
「でも…」
「ったく…わかったよ。付いてこい。」
翔はマキを生徒会室へ連れて行った。
「いらっしゃいマキちゃん…」
ハルカが優し気な声で話しかける。
「会長…私…」
マキは俯いたままだ。
「確かにマキちゃんのやった事は、ダメな事だけどね…私はあなたがちゃんと仕事しているのを知っている…学園の皆が元気で笑顔なのは保健委員会がちゃんと仕事してくれてるからよ…?報告書だって丁寧に作ってくれてるし、保健室の運用も適正に行ってくれている…生徒のアンケートでもね、保健室に関する評価はすごく高いのよ…?」
ハルカの言葉に少し顔を上げるマキ。涙が止まらなかった。
「ねえマキ。ハルカだけじゃなくて私だって認めてるの。専務として、毎度書類見てるけどあんなに丁寧で、利用者目線のレポート書ける子、いないわよ?」
レイカも励ました。
「レイカ…」
マキは申し訳なさでいっぱいだった。
「マキ…皆の笑顔が大好きなあなたがこんな事するのはもうやめて…?私辛かったし…マキも辛かったでしょ…?」
カナが抱き着いて話しかける。
「カナ…ごめん…私、ひどいことしちゃった…」
「いいんだよ…」
2人とも抱き合って泣いている。
「お前の為に泣いてくれて、必要だって言ってくれる奴がいるんだ。バカな真似はこれっきりにしておいたらどうだ?」
翔の声は穏やかだ。
「ありがとう…樟葉君っ…」
マキは泣きながらも笑顔で礼を言った。
「にしても樟葉君…捜査能力凄いわね…」
ハルカは素直に驚く。
「ま、ハッキング位なら普通に出来るからな」
「さらっと怖い事言わないで…樟葉君を敵に回したらとんでもないことになるわね…」
「俺は可愛い子の味方だから心配しなくていいぞ」
こうして一件落着となった。夜、生徒会室には翔とハルカが残っていた。今回の問題の書類を作成しておかなければならない。
「ねえ…翔…」
「どうしたハルカ?」
「これからも何かあったら助けてくれる…?」
「まぁ…ハルカの頼みならできる範囲で手伝うよ」
「あ…ありがとう…」
「気にしなくていい。ハルカは頑張り過ぎだからな。」
「…そういう事言われると、嬉しいじゃない…」
「そうか?事実だからな」
「そうやって優しくしてくれるのに…付き合ってはくれないのね…」
「それは前も言っただろ…」
「うん…でも、いつか可能性はあるでしょ…?」
「0とは言わないけどな…今の俺には無理だ。今できるのは何があろうとも対処できるだけの金を貯める事くらいだからな」
「とはいいつつ手伝ってくれるんだから優しい…」
「別に優しくしてるつもりなんかないさ。ただ、可愛い子が無理してるのは放っておけないだけだ」
「もう…素直じゃないなぁ…」
「今の俺なら守れるかもしれない。でも、やっぱあいつに申し訳ないんだよ」
「分かってる…だから待ってる。」
「そうか…まぁ待つ分には勝手だけどな」
「うん…じゃあ私はこれ位にして休むね」
「ああ。俺も帰って寝る」
翌日、朝の教室は賑やかだった。
「なんか朝から賑わってるな…」
「そういう翔は眠そうだね?」
「寝てないからだ…部屋戻ってからさっきまで取引してたから…」
「また無茶するんだから…そう言えば、結局どうなったの…?」
カナは気になることがあった。
「あぁ、仁科の処分か?本人が反省しているから今回はお咎めなしって事になったよ。ハルカも優しいからな。」
「よかった…」
「カナも優し過ぎなんだって…もう言うまでもないか…」
「私は皆と笑顔で楽しい学生生活が送りたいのっ」
「そう言えば、そうだったな」
眠たい目を擦る翔と元気なカナは2人で朝の教室へ入った。
「おはよう!樟葉君っ。眠そうだね?ちゃんと寝なきゃダメっ。カナは睡眠は取れてるけど、朝食もうちょっと食べた方がいいよ!」
マキが笑顔で挨拶がてら体調アドバイスをしてくれる。
「さすが保健委員長だな…」
「ありがとねっマキっ」
眠そうな顔で返す翔と笑顔で返すカナ。クラスの雰囲気はとても良くなった。カナとマキが仲良くなった事でいつにもまして活気がある。
「あーねみー…」
「しっかりして翔…」
「けど取引しなきゃならん以上、起きる」
スマホを取り出すと急にやる気スイッチが入る翔。
「カナっ」
マキがカナに話しかけた。
「どしたのー?」
「樟葉君ってほとんど寝ない生活してるよね…?」
「うーん…確かに。でも寝る時は寝てるみたい。」
「体に悪い…いくら稼ぐためって言っても…体は資本って言うじゃん…?」
「確かにね…」
「…体は資本とか保健委員長に言われたら反論できねーな…分かったよ。もうちょっと健康にも気を配る。」
翔が口を挟んだ。
「保健委員長の仕事は皆の健康を守る事!樟葉君も例外じゃないからね!」
そう言うマキはいつにも増して笑顔だった。




