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大混乱

「こ、これは……」

 不意にまったく聞き覚えのない声が近くから聞こえてきた。

 そちらに視線を向けると、白い翼、白いトーガ。若草さんと同じ姿、同じ格好の人物が浮かんでいた。

――チッ。こいつら、仲間の天使でんな。もう追いついてきたんや!

 本の精霊の忌々しげな声が頭の中に響く。

「天使?」

「すまぬ。私たちの仲間だ。もう追いついてきたようだ」

 天使が申し訳なさそうにそうささやいてきた。

 気がつくと、天使たちは、その一人だけでなく、他にも同じ姿の何人もが浮かんでいる。

 だが、そのだれもが、オレたちの方を見てはいない。全員が見ているのは……大和。

「これは、一体……」

 次々とオレたちに向けて黒い球を撃ち放つ大和。なんとか若草さんの中の天使のおかげで、これまではその攻撃を回避できていた。だが、若草さんによってよけられた黒球は、そのまま飛びぬけて、地表に落ち、あたりに破壊を撒き散らしている。

「どうして、こんな。大天使が……?」

 天使たちは、周囲の惨状に唖然とし、沈うつな視線を疑問の形でオレたちに投げかけてくる。

 と、大和が天使たちに気がついたようだ。一旦、黒球を撃つのを止め、

「お前たち。ようやく来たか。待っていたぞ! その者らを捕らえよ! 裏切り者ぞ!」

「……!」

 天使たちの間で動揺が走った。お互いに眼を見交わし、お互いの出方を探りあう。結果、天使たちは、だれもその場を動けない。みんな今の大和の言葉がにわかには信じられないみたいだ。

「そ、そのようなことは……」

「あ、ありえぬことですぞ!」

「かつて一度も、そのようなことは……」

 お互いを見交わすばかりで、その場を動こうともしない天使たちに業を煮やしたのか。

「お前らまでもか……」

 大和が、再び腰を落として構えをとる。そして、黒球の乱れ撃ちを開始したのだった。

 今度は、オレたちだけを狙うのではなく、味方のはずの天使たちをも狙って。

「大天使、お止めください! 大天使!」

「我らは、お味方ですぞ! 大天使!」

「なんと、無法な! 一体、なにが……」

 あっという間に、周囲は大混乱に陥った。何人もの天使がムチャクチャに空を飛び交い、我先に大和の攻撃から逃げようとする。

 オレたちもそんな混乱に巻き込まれ、黒球だけでなく、パニックになり進行方向すら確認せずに突進してくる天使たちをもよけながら、飛ばなければいけなくなった。

 そして、そんな状況では、オレなんていう荷物を抱えている若草さんが、十分な回避能力を発揮できるはずもなく。

 大和から放たれた黒球を間一髪でよけた途端、オレたちのすぐ目前には白い翼があった。

 次の瞬間には、その天使を巻き込んで、オレたちは、錐揉みしながら地面に墜落していく。

「うわぁぁぁ~~~~!」

「きゃぁぁぁ~~~~!」

 見る見るうちに、真っ黒でまっ平らな地面が迫ってくる。まっ平らな。どこまで行ってもまっ平らな。黒々としたまっ平らな。……まっ平らな?

――お、おちるぅ~!

 ザパッ!

 盛大な水柱がたち、水音があたりに響いた。

 おちた勢いで数メートルほど沈んでいたが、すぐに浮力が働いて浮き上がる。

「ぺっ、しょっぱ!」

 口の中に入り込んだ塩水を吐き出す。海水だ。

――海か! たすかったぁ~

 どうやら、逃げている間に、いつの間にか山間部から海の上まで移動していたようだ。

 って、そんなことより、若草さんは? 海におちた衝撃で体が離れてしまったが、どこだ?

 周囲を見回す。大和がメチャクチャに撃った黒球の影響か、大きな波が立っていて、あたりは真っ黒。激しく上下に揺さぶられるばかり。

「若草さん? 若草さん、どこ? 若草さん?」

 うっぷ。うっぷ。バササッ。バシャッ。

 5メートルほど離れたところで、激しく水を引っ掻く音が…… ま、まさか?

 オレが水を切って、そちらへ泳いでいくと、まさに、そのまさかで……

「若草さん、大丈夫? 若草さん?」

 若草さんが海面ではげしく暴れまわっていた。

「た、たすけ…… うぐぐぐ…… たすけて…… ごぷっ……」

――さすがの天使も泳げんかったんか。知らんかったわ!

「大丈夫、今、助けに行くから」

「片桐くん…… うぷっ……」

 ようやく、若草さんのそばまで泳ぎ着くと、若草さんがオレにしがみついてくる。オレの首に腕を回して、抱きついてくる。涙を浮かべて、オレを見つめている。

 うう…… すごくきれいな瞳。吸い込まれそう。

 って、そんな場合じゃなくて。オレは頭を一つ振って、若草さんの体を目視。さっきまであった白い羽は消え去っているが、特別、注意しなければいけないような大きな怪我はなさそうだ。

 二人分の体重を支える立ち泳ぎをしながら、泣きじゃくる若草さんを落ち着かせるように、つよく抱きしめてあげる。

「もう、大丈夫だから。オレが来たから、もう、大丈夫だから」

「う、うん……」

 返事をするたびに、オレの首に巻きついた腕に力がこもってくる。すこし痛いぐらい。

 そ、そういえば、お、オレ、今、このオレの腕で、若草さんの体を抱いているんだよな。向かい合って、抱き合っているんだよな。

 う、ううう……

 おもわず、顔がニヤケそうに。今が夜でよかった。こんなだらしない顔、若草さんに明るいところで見られたら、嫌われちゃうよ、絶対。

 隠すようにしてホッと息をついて、近くに岸が見えないか、大波に持ち上げられたときに周囲をざっと見回す。

 あった。500メートルほど離れた場所にかすかに木の影のようなものが見える。あそこまで泳げば。

 オレは、力を振り絞って水を切る。

 ゆっくりと、岸が近づいてきた。300メートル。100メートル。

 あと、もう少しだ。

 50メートル。10メートル。

 足が地面の感触を捉える。オレは、引き波で引きずられる砂に足をとられながら、抱きかかえるようにして、若草さんの体を砂浜の上に運び上げた。そして、その場で力つき、抱き合ったまま倒れこんだ。

――た、たすかったぁ~

 けほけほむせている若草さんに腕枕しつつ、仰向けに寝転がった視界の先では、キラキラと星屑たちがきらめいている。

 う、うつくしぃ~


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