一番みたくないものがその顔に
それ以上、オレたちは、言葉も交わすことなく、空を飛び続けていた。
と、突然、オレの背をなにか冷たいものが這い回る感覚に襲われる。
これはっ!
同じ感覚を若草さんも感じたのか、飛びながら背後の闇を振り返っている。その視線を追ってみると……
オレたちの背後、ついさっき飛びぬけた都会の明かりをさえぎるように、小さな黒い点が見えている。しかも、その点は、しだいに大きくなってきているようだ。
――来まっせ!
「追いつかれた」
「くっ…… 大和」
その背後の黒い点、あっという間に大きくなる。
「速いっ!」
「チッ! こっちは、お荷物を抱えてるんだ。当然だな」
「って、だからって、オレを捨てようとするんじゃない!」
「だ、ダメ! 天使さん! ダメ!」
「む、ムムム…… このドサクサにまぎれての私の完璧な計画が……」
「どこが完璧なんだよ!」
ったく! こんなときに。
オレたちがそんなことをしているうちに、大和は姿が確認できるまでに接近してきていた。
大和も若草さんと同じような白い翼が生え、空を飛んでいる。その翼は、若草さんのものよりも、立派で大きく、見るからにスピードがでそうなものだった。
「ふふふ、我から逃げようとしてもムダだ。ヒラ天使ごときが、大天使たる我のスピードにかなうわけがなかろう!」
「大天使! どうか、いまだけはお見逃しを!」
「ならぬ! ならぬわ! その者を大人しく我に引き渡せ!」
大和は若草さんの腕の中に抱かれているオレを憎々しげに睨んでくる。
「それだけは、それだけは……」
若草さんが、大和の視線からオレの姿を隠すように体の向きを変えてくれる。途端に、大和の眼の中に、いらだたしげなものが現れる。
たははは、オレを守ろうとしてくれるのは、本当に心の底からうれしいのだけど、それって、現状では逆効果なんだよなぁ~
大和の恋心に気がついていない若草さん。知らないことだとはいえ、結構罪な女の子だよなぁ~
なんて、冷静に考えていたのだけど、気がつくと、そんな若草さんの前方に大和が回りこんでいて、若草さんの意図はまったく効果なんてなくて。
「この腕を離せ。そのものを我に引き渡せ」
次の瞬間には、大和のヤツ、若草さんの腕を掴んでいた。瞳の中にメラメラと炎が燃えているよ。
「えっ? 大天使? 乱暴は、乱暴はおやめください!」
「なに? その方、あくまでも我に歯向かうというのか?」
「そ、それは……」
「初瀬くん、お願い、その手を放して。私たちをそっとしておいて。お願い」
「若草さん……」
「だけど、富雄は俺たちの敵なんだ。だから、その手を放してくれ。なっ? 分かってくれよ」
「いやっ!」
激しく、体を振って、若草さんは大和の腕を振りほどいた。
明確な拒絶だった。若草さんの中の天使によるさっきまでの拒否ではない。今回のは、完全に若草さん自身の意思による間違えようのない拒絶だった。
大和は信じられないとでもいうように、振りほどかれた自分の手を見つめている。最初は無表情にじっと自分の手を見つめていた。やがて、その無表情の中に、悲しげな色がかすかに浮かび始め、ゆっくりと、ゆっくりと悲痛なものに変化していく。
オレは、その変化をじっと眺めていた。声をかけることもできず、なぐさめることもできない。ただ、その心の中を自分のものでもあるかのように、理解することが出来ていた。
もし、今の大和の立場にオレがいたなら……
その間に、大和が追ってこないものだから、若草さんは羽ばたきを再開する。しだいに、大和の姿が小さくなっていく。
ふっと大和が顔を上げた。オレたちの方をにらんでいるようだ。その顔に浮かんでいるのは…… 憤怒? 憤り? いや、それは、オレが一番見たくはないものだった。
つまらない冗談を言い合って、肩を組んで笑いあっていたあいつ。一緒に遊びに出かけたり、さわいだり、いつもいっしょだったあいつ。その思い出が一気に俺の中に溢れる。
そう、二日前までは、一番の親友だった男の顔に浮かんでいたもの。それは、憎悪だった。
眼を吊り上げ、顔を醜く引き歪め、威嚇するように牙を剥く。
それは、大天使を体の中に入れている人間として、もっともふさわしくない姿だった。
「大天使……」「大和……」
大和が、宙に浮かんだまま、腰を落とす。
――気ぃつけや。いよいよ来るで!
次の瞬間、大和の腕の中で、巨大なエネルギーを持つ光球が発生する。だが、一瞬の後には、その色が真っ黒に変わる。そして、放たれた。
そのほとんど闇にとけこむ黒い球は、大和とオレたちの間の空間を猛スピードで突っきってくる。
「危ない!」
若草さんの反応が一瞬でも遅れていれば、二人ともあのときのオレの家の玄関のように粉微塵に吹き飛んでいただろう。
オレたちを逸れた黒球はそのまま飛び続け、近くの何の明かりも見えない山の中腹に飛んで行く。次の瞬間、山全体が震えた。
バリバリというものすごい音が聞こえ、不気味な重低音が連続して発生している。もし、今が日中なら、おそらく、オレたちは、黒球が落ちた山で大規模な山崩れが起きているのを目撃していただろうか。
「大和! 若草さんまで巻き添えにするつもりか?」
オレの抗議の声に返事も寄越さず、さらにもう一発撃ってくる。
「チッ、完全に頭に血が上っているな」
オレは吐き捨てるようにそんなことを口にしたのだが、
「お、おかしい。大天使ともあろうお方が、なぜこのような乱暴を。我らだけならともかく、あのようにめちゃくちゃに撃ち込んだのでは、地上にいる他の知性体を巻き添えにする可能性が高いではないか!」
――どうなってんねん! なんで、あいつ、あんなムチャなことすんねん!
憑依体たちは、信じられないとでもいうように呆然としている。そこへまた黒球が迫る。
「おっと、あぶない! 今は、そんなことを不思議がってるような場合じゃないだろ? これ、どうすんだよ!」
「そ、そうだな……」
――すんまへんな。つい……
といったところで、この場にいるだれにもこの状況の打破策なんてなにも思いつかないわけで。
「やめて、初瀬くん。お願い。そんな危険なことしないで! お願い!」
若草さんの悲痛な懇願に一瞬だけ動きが止まるが、大和の攻撃が停止することはない。
その後も、いくつもの黒球がオレたちに殺到する。それを若草さんが間一髪のところでかわしきる。目標が外れた黒球はそのまま飛び続けて、背後の真っ黒な山に飛び込んだり、横手に横たわる黒々とした海に突き刺さったり。
あたり一面に、不気味な山鳴りが満ち溢れている。
いくら人が少ない海の迫る山間部だとはいえ、本当にだれもいないというわけではないはずだ。絶対、この一連の攻撃で何人かの人が犠牲になったにちがいない。
「大和……」「初瀬くん……」




