たくさんの思い出がつまった家が
「消防車は? 消防車、まだかよ!」
道の先を睨むが、まだまったくあの赤い車の影も形もない。
その代わり、視界の隅、ケータイのカメラでオレの家が燃えている様子を撮影しているヤツの姿が……
保田の仲間のあの女子。笑っていやがる!
こんなときに! そんなにオレの不幸がたのしいのかよ! オレの家が燃えているのが、うれしいのかよ!
オレの、オレの家も何もかもが燃えるのが、そんなに喜ばしいのかよ! 母さんが死んでしまったかもしれないんだぞ!
お前ら、何様のつもりだよ! どいつもこいつも!
燃える家の前でオレが睨んでいるのに気がついたのか、その女子は一瞬、あざけるかのような表情を浮かべ、薄笑いを残して、その場を去っていった。
あいつら……
カサカサカサ――
近くでビニール袋がこすれる音がする。次の瞬間、周囲から悲鳴が上がった。
「だ、大丈夫ですか、奥さん?」
背後の方で、近所のおばさんが誰かに駆け寄っていく。オレの場所からは、サンダル履きの膝小僧が見えるだけで。
「お母さん! お母さん!」
オレの腕の中で、妹がまだ必死に燃える家に向かって叫んでいる。オレもそちらに視線を向け母さんに呼びかけようと口を開きかけたのだが。
あれ? あのサンダルって?
慌てて、振り返り、さっきの倒れた人を確かめようと眼を細めて見つめると、スカートも、ブラウスも、見覚えがあって。ひっつめにまとめた髪のごわごわ具合も……
「お母さん! お母さん!」
「オイッ! あっち、あっち見ろ!」
「お母さん! 放して! お母さんを助けに行かなくちゃ! お兄ぃ、放して!」
「だから、あっち見ろって」
「放して! はなし…… えっ?」
近所のおばさんに倒れたところを、上半身を起こすようにして抱きかかえられている女性がいる。オレたちがよくよく見慣れた人だ。
「お母さん!」
次の瞬間、妹とオレはそちらへ駆けていった。
「お母さん!」「母さん!」
母さんの傍には近所のスーパーの袋に入った買い物類が散らばっていた。
母さんは買い物へ出ていて無事だったようだ。よかった。
しばらくして、ようやく消防車が到着し、消火活動を始めるが、すでにほとんど手遅れで、なんとか隣近所に延焼させないので精一杯だった。
おかげで、どうにかこうにか被害はオレたちの家一軒だけですんだ。不幸中の幸いって言っていいだろうか。
けど、そんなことより、あの家が燃え上がる寸前、玄関が吹っ飛ぶ直前、オレは黒い光の球がオレの頭上を越えて飛び込んでいくのをみた。
黒い光の球。
色は違うが、あの若草さんが放った光球とまったく同じ形に見えた。どういうことだ? まさか、若草さんが近くにいて、あんなことを?
――おかしいでんな? あの黒い光球なんでしたんやろ?
「お前にも分からないのか?」
――へぇ。あないなもん、初めて見まっせ。
「若草さんの光球に似ていたように思えたんだが?」
――ワテも一瞬、そうかと思ったんやけど、でも、色が全然違うわけやし……
どうやら、本の精霊にもさっぱり分からないようだ。
でも、何者かがオレの家を吹き飛ばしたのは確実。オレに恨みがあるのか? それとも、やはり……
けど、今のオレ、さっきからかなり無防備な状況にあると思う。
倒れた母さんに付き添って、妹が救急車に乗り込み、病院に向かった後からずっと、燃えた家の残骸を見つめ、この道端に立ち尽くしているのだから。
もし、オレのことを狙ってこんなことをしたのなら、今のオレを狙えば、簡単に確実に息の根を止めることができるだろう。なのに、どこからも攻撃してこない。
とすると、狙いはオレではないのか? じゃ、なんで、オレの家なんかを?
オレは、黒焦げになった残骸の中に足を踏み入れる。
ここは玄関があった場所で、こっちに向かって廊下が続いており、すぐ右手にトイレと風呂場、左手に居間があり、奥に階段とその脇に台所。
燃えてしまった。それらすべてが燃えてしまい、黒焦げの残骸に姿を変えてしまった。
ああ……
オレは、ゆっくりと家の残骸の中を歩き回る。燃える前の姿を思い出して、涙に暮れる。
もう陽は傾き、辺りを赤みがかった温かい光が包み込んでいる。
この家に子供のときに引っ越してきて、近所の子たちと仲良くなり、一緒に成長してきた。
たくさんの思い出がつまったこの家が。この家が……




