黒塗りシルエット
どれぐらいその場所に立ち尽くしていただろうか?
気がつけば、あたりはすっかり闇色に沈んでいる。
――富雄はん。あれ。
不意に頭の中に本の精霊の声が。
顔を上げると、真正面にオレのことを睨んでいるシルエットが道端に見えた。
もちろん、シルエットなので、視線を直接確かめることはできないが、だが、この感じ、あきらかにオレに敵意を向けてきている。確かにオレの様子を細大漏らさぬように観察している。睨みつけている。
「だれだ?」
「片桐富雄だな? お前の中にいるんだな?」
抑揚の欠けた声、男か女かも分からない、ただのしわがれた声。まるで、数々の秘密道具を使いこなして難事件を解決している子供探偵のアニメやマンガにでてくる黒塗り犯人のようだ。
「な、なんのことだ?」
「ふふふ、しらばっくれても、もう遅い!」
――あれは、カマかけてるんでっせ。気ぃつけなはれ!
すかさず本の精霊の警告の声が頭の中に響く。
うん、分かってる。もし、本当にオレの中に本の精霊がいることがバレているのなら、わざわざ姿を見せる必要なんてまるでない。姿のない攻撃者として行動し、オレを殺す方が絶対に簡単だ。
にも関わらず、姿を見せたということは、疑ってはいるが確証はまだないということ。
「……なにを言っているんだ?」
できるだけ、不思議そうに聞こえる声を作る。
「ふふふ。隠し立てしてもムダだぞ。すでに証拠は押さえておる」
「証拠? なにを言っているんだ? オレがなにをしたっていうんだ? もしかして、オレと誰かを混同しているのか?」
「ほお。まだ、しらを切ると?」
「しらもなにも、オレ、お前がいっていること、分からねぇんだけど?」
「……」
「悪いけど、今、オレ忙しいんだ。あんたみたいなヘンなヤツに構っているヒマはないんだ。見ての通り、さっき、オレの家に放火した人間がいるのだから。とっ捕まえて、警察に突き出さないとな。それに、これ、すこしは後片付けぐらいしておかないとな。なあ? あんたヒマなのか? なら、後片付け、手伝ってくれないか?」
「……」
おや? このシルエット人間、考え込んでいるように見えるのだけど……?
予想外の反応だったのかな? それより、こいつ、なにもの? なんで、本の精霊のことを詮索してくるのだ? やはり天使の仲間? そして、もしかして、こいつ。さっきの攻撃者なのか?
「お前、この放火について、なにか知っているのか? どこのだれの仕業なんだ?」
「……」
「ほお、ノーコメントか」
思わず、冷たい口調で呟いた言葉、そいつの耳にも届いたようで、かすかに頭を持ち上げたようだ。ただ、外部から確認できた反応はそれだけ。こいつの内面ではどのような思考が渦巻いているのだろうか?
オレは、近くの黒焦げになった柱に乱暴にこぶしを打ち付ける。それから、そいつに告げる。
「これをしたヤツは、絶対に許さねぇ! とっ捕まえて、ギタンギタンにしてやる! お前、犯人を知っているなら、そう伝えとけ! わかったな!」
「……」
一瞬、そいつが影の中で笑ったように感じた。頭の中が瞬時に沸騰する。
「なにが、おかしい!」
「ふっ。貴様ごとき非力な人間の分際で、我になにができるというのか」
「なにっ!」
「我の強大な力の前に惨めにひれ伏すがよかろう、虫けらめ!」
「て、てめぇ、ふざけやがって! ゆ、ゆるさねぇ!」
登場して、すぐに叩きのめされる下っ端モブキャラのようなセリフが口から飛び出る。これって、なにかのフラグか? やられフラグ? 一瞬、そんなことをチラリと思ったが、そんなささいなことに構っていられるわけなくて。頭に血が上る。
だが、一方で、頭の中で必死に呼びかけてくる声が聞こえてもいる。
――カッとなったらいけまへん。そいつは、わざと挑発して、富雄はんがボロ出すのをまっているんでっせ。そいつに乗せられたらいけまへん!
分かってる! そう叫びたかった。けれど、オレの体は、意思に反して勝手に動き出す。
学校でのこと、我が家の放火事件、若草さんの相手がだれなのか。すべてがオレにのしかかり、強烈なストレスを与えている。もう我慢できなかった。
オレは、そいつに向かって、残骸を踏み越え突進していった。




