東国騒擾
「申し上げます!東国の旧都・ユーリンにて、サンクロウの残党が決起した模様!」
「なんだと!」とパンチは報告を受けて愕然とする。
「詳しく話せ!」
「ハッ!サンクロウの後胤を名乗るエボニー・ブラックが、反乱を起こしたようです!」
「申し上げます!」
「今度は何だ!」
「エボニーより、使者が届いております。いかがなさいますか?」
パンチは毅然と答えた。「言うまでもなかろう。斬れ!」
しかし、エボニー・ブラックの乱は、東国各地に広まるのに、そう長い時はかからなかった。従来の東国軍は、密林のゲリラの達人で、小型馬で四方八方にネットワークを広げては、各地で同時的に蜂起するのが得意であった。その特性を生かして、ブラック一味は、「中央は南国と北国に乗っ取られた!」と各地に檄を飛ばし、賛同を得る。
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「陸軍内部でも、東国出身者を中心に動揺が広がっています」パンチの側近である武官がこのように告げた。
「俺を疑っているのか」
「……疑っている者もおります」
事実、余りにも周到の良さ、そしてエボニーからの書簡を受け取ったという事実において、中央ではパンチの離反を噂するものが相次いだ。
「(首謀者・エボニーは、東国の後胤らしいな。)」
「(あの陸軍大臣が、今度とばかりは寝返るかもしれんのだろう?)」
「(もうこの国も終わりかもな。)」
そんななか、リュカは晩餐会を自邸で開いた。宰相の主催で開かれる晩餐会とあっては、貴族や皇族は出席せざるを得ない。普段反リュカ派の議員も、しぶしぶと従って行く。
そんななかに、東国のパンチ陸相が暗澹たる面持ちで出席していった。しかし、パンチ陸相は玄関を開けた瞬間に驚いた。
「遅かったのう。ルド。」
「お父様、おかえりなさい!」
なんと、リュカのパーティーにもかかわらず。皇帝のテレサ女帝と実の娘が、その場にいたのだ。ルドルフ・パンチの驚きたるや想像に難くない。
「これは…」
「知らなかったでしょ?」「シェーブルルンの離宮を改築して寄越せとは、わが娘・リゼのわがままにも苦労するのよう?パンチ?」ふふっと笑う。
「いや、陛下?なぜ、ここにおられるのですか?今日は、婿殿の宴と聞いて馳せ参じたのですが…」
「わらわがいると伝えては、お主は、来んと思ったからのう。すまん許せ。」
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実は、数日前のこと。
「パンチ陸相が、東国の残党から誘いを受けているですって?」とリュカは素っ頓狂な声を上げる。「あの、パンチ殿が誘いに乗るわけはないと思いますが。」
「朕とあやつとの関係を何だと思って居る。」テレサ女帝は、不服そうに言う。
「いまさら、東国の残党や王族風情が誘ったところで、あやつは靡かん。」
「では、何を心配なさることがおありで?」
「父上は、ああ見えて繊細なお人だから。」とリゼ皇女が続ける。
「東国からの誘いを受けた自分は、陸軍にいるべきではないと考えるわ。」
「ああ、それはまずいかもしれないですね。」実は、陸軍大臣は代々東国出身者で固めるという不文律があるのだが、東国人の陸軍志願者が年々減りつつあった。そこで、幹部たちは、軒並み他国(ユニマル、南西北国)からの志願者がこれに当たっているのだ。このままでは、東国生まれであるものの陸軍素人の陸軍大臣を誕生させるか、一大臣一地方制を廃止して、他地方の出身者に門戸を開く必要が出てくる。
「ちなみに、今回の反乱にも、東国生まれでない陸軍大臣誕生を危ぶむ声をあげる者たちが賛同しているらしい。」
「ええ…」たしかに、東国には陸軍幹部への門戸が比較的容易に開かれている。しかし、あくまでそれは、志願者がいる場合に限る。志願者がいなければ、陸軍であっても幹部にはなれない。しかし、大臣は東国の出身者に限るという不文律がある。この不文律を侵犯してまで、リュカにパンチを更迭する理由がなかった。いや、テレサ女帝に更迭理由がなかったというべきか。ところが、此度の東国反乱によって、パンチは辞任に追い込まれた。
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「さて、リュカよ。」
「はい。」
「無名でかつ能力も未知数の東国人を選ぶか?既に幹部に昇進している異国人を選ぶか?お主なら、どうする?」
「…一晩だけ、考えさせてください。」
「よかろう。一晩だけだぞ。」
考えた末に、リュカが出した結論は、「無名の東国人」であった。ただし、陸軍で無名なだけで、彼もカトゥル帝国の一外交官としての活躍していた。その名を「マックス・キック」と言った。
「なぜ、私如き、外交官が…」とつぶやくキックに対し、リュカは説得を試みる。
「あなたは、各国の大使との折衝に務め、外交をよく知っておられる。おまけに、若い頃陸軍への入隊経験もある。」
「陸軍への入隊経験は母国・サンクロウのならわしでありますし、外交肌が戦場を率いるのには無理があるかと…」
「しかも、そなた。若い頃は、ルドの指揮のもと、戦場を駆け巡っておったではないか。」
「陛下、そのような昔話、なさいますな。私には向いてなかった故、入隊後すぐに外交場への転出を願い出たのでございます。」
「(そうなのですか?)」とリュカがつぶやく。
「ああ、それは間違いない。そなたには、気力や体力はなかった。しかし、用兵の研究や兵站の準備には、余念がなかった。どうか、朕の懇請である。受けてくれないか?」と陛下は再三懇請する。
キックは、恐縮して誓う。「わかりました!陛下の御為、身命を賭して忠勤に励みます!」
その後、リュカは督師を行った。出師にあたり、キックは信任式は無用で、兵は拙速を貴ぶこと。「君命に受けざる所があること。」をリュカに確認させるなど、キックは柔軟な人であった。
まず、南国の火砲兵が撃ち込み、その後に東国の騎兵が突撃し、最後に歩兵が殲滅戦を行う。キックは、新戦法を考案し、これを進言した。リュカは、これを宰相権限で許した。「戦争はあなた方の得意分野だ。好きに暴れてほしい。」と陸軍を鼓舞する。
一方、リュカはジャングルの民であるホンテ達の手を借りて、東国のジャングルに次のような噂を流した。「東国軍は徐々に士気を下げている。」「パンパの地に、敵将のリュカは宴会三昧を行っている。糧食も豊富らしい。」
「キック殿、合図はいいですか?」とリュカが最終チェックをした。
「ああ、緊張します。人人人…」とキックが、緊張の面持ちだ。
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「ありったけの食料を奪え!」パンパの地に敵軍がおびき出された。
東国のジャングルに、狼煙が上がると、リュカは火砲兵に指示を出した。
「いまだ!」
南国の火砲兵が、ジャングルに向けて火を噴く。のちに人々は、これを「龍火」と呼んだ。南国の火砲兵は、新兵器ではあるが、雨には弱かった。ところが、この日は奇跡的に雨が上がり、絶好の火砲日和となった。火薬の炸裂音が密林に響く。
「南国の火砲兵が撃ち終わると、ジャングルは猛火に包まれるでしょう」とリュカは地図を指した。「幸い、東国の河川は南国と連結しています。南国の舟艇を総動員し、ジャングルの民は火災通報のネットワークを使って事前にすべて川沿いへ自主避難させてください。一人も巻き込んではなりません」
南国の火砲兵が、一通り撃ち終わると、北国の騎馬隊をぶつけた。なるほど、敵はジャングルに逃げ込もうとするが、林縁の敵陣地では騎馬隊が蹄の音を響かせ、敵を次々と討ち取っていく。
最後に、東国の歩兵をぶつけた。敵は、ジャングルに逃げ込んだので、殲滅戦を行うためである。これには、東国兵士が少人数に分散していき、敵の位置を常に把握しながら、待ち伏せ・攪乱・罠設置で敵を追い詰めていった。
夜になると大勢は決し、エボニー・ブラックの乱は一日で鎮圧された。エボニーは、南へと落ち延びたらしい。
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リュカ達は戦後、「馬は通常、音に敏感なのですよ。」という、モンケの発言を受けることになる。リュカ達は驚く。では、どうやって軍馬たちは火薬の轟音響く戦場を駆け抜けたのか。答えは簡単で、そのように何度も訓練を施したからだ。こんな時もあろうかとパンチは、東国の騎馬隊たちに火薬の轟音に耐えられる訓練を施し、火薬との総合運用を研究していた。
「東国も手をこまねいてばかりではなかったのだな…」とコーラル。
「そうだ。我々も日々研究していた。その結果が、此度の戦役での勝利だ。」
パンチは、コーラルに握手を求めた。「お互いにこれからも切磋琢磨しよう。」
コーラルは、にっこりと笑って手を握り返す。「もちろんだ。」
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さて、戦後リュカはパンチに呼ばれて、カナイマへと赴いた。カナイマでリュカを待っていたのは、立派な赤毛の馬を連れたパンチであった。
「此度の戦役はリュカ殿が、南国と我らを、中央と我らを繋ぎとめた功績によるもの。」「そんなことはないですよ。東国の兵士の奮闘なくば、勝てませんでした。それより、これは?」「リュカ殿へのお土産です。北国の希少種の馬を東国で繁殖させたものです。」
「このようなもの受け取れません!」「いやあ、婿殿に何もしてあげられぬ私の精一杯の誠意と思ってほしい。受け取っていただけるかな?」
リュカは好意や押しに弱いタイプだ。こういうことは、現代社会の我々なら、収賄罪にあたるのだが、幸運にも(?)カトゥル帝国にはそのような罪はない。むしろ、便宜を図ってもらった見返りに、何かを贈るのが常套化していた。リュカは断り切れず、受け取ってしまう。
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エボニーはあろうことか、雨が降りしきる首都・リンベルに潜伏していた。
とある邸宅に辿り着くと、ドアノブを4回叩いた。
「…デッシュ殿はおられるか。」ギ―ッと扉が開かれる。
「反乱に失敗したようですな。」
「そうだ、約束通り、身柄の安全を保障してほしい。」
「そのようなこと。私の知ったことではない。」
「そんな!話が違う。反乱が成功したらあんたをかつぐ代わりに、失敗したら匿ってくれる約束だろう!」エボニーはデッシュに憤る。
「そんなことを言っても、結果責任ですからなあ。私も一族を路頭に迷わすわけにはいかない。ささ、帰った帰った。」
「そんなこと言わずに匿ってくれ!」
ふーっと息を吐くデッシュ。
「じゃあ、最終忠告だ。君は一つに二つ。一つは、私を密告して公開処刑になる。もちろん、君の一族もわしの一族も巻き添えだ。もうひとつは、自ら死を選らぶ。これなら、単独犯として処理され、家族は無事となる。」
エボニーは、愕然として帯びていた短剣を見つめる。
「たのむ。まだ、助かる道はあるだろう?」
「残念ながら、恩赦が期待できない以上、このままだと九族皆殺しは免れない。」
「くそ!」と言いながら、エボニーは首を掻っ切った。
デッシュは、エボニーの首を宮廷に持参し、褒章を受けたという。




