第五話 お菓子の勇者と、五つの伝説の聖菓
巨大パフェ・ゴーレムの脅威から一夜明けた商業都市『カラメリア』。
街はすっかり元の活気を取り戻し、あちこちのカフェから香ばしい焼き菓子の匂いが漂っていた。
「ふにゃあ……。もう食べられないモフ……。我をお菓子のベッドに埋めるモフ……」
「まだ午前中よ、起きなさいチョビ髭綿あめ」
街の高級宿屋のテラス席。
シャルロッテは、テーブルの上で完全にのびている精霊マカロンの顔をつつきながら、優雅に紅茶をすすっていた。
その隣では、エルマが嬉しそうにシャロの好物であるスコーンにジャムを塗ってあげている。
「はい、シャロ、あーん」
「もぐもぐ……ん、美味しい! エルマの塗るジャムは世界一ね!」
「もう、大袈裟なんだから」
エルマが照れくさそうに微笑む。
二人の間には、いつもの甘い空気が流れていた。
そこへ、お盆山盛りのシュークリームを抱えたガレットが、ドスドスと足音を立てて戻ってきた。
「シャロ、エルマ。大変だ。街の入り口に、見たこともないような豪華な馬車が停まっている。どうやら高貴な身分の方が、昨日パフェを粉砕した『お菓子魔女』を探しているらしい」
「え? 私を探してる?」
シャルロッテが首を傾げた、そのときだった。
「——見つけましたわ! あなたですわね、お菓子魔法の奇跡の使い手というのは!」
テラス席の階段を駆け上がってきたのは、一人の少女だった。
年の頃はシャロたちと同じ十五歳ほど。
縦ロールに巻かれた輝く金髪、ひらひらとした最高級のシルクドレス。
そして、一目で王族だと分かる、眩いばかりのオーラを放つ超絶美少女だった。
「わあ……お人形さんみたい……」
エルマが思わずため息を漏らす。
「私の名はフィナンシェ! このシュクレリア王国の第三王女にして、世界中のお菓子を愛する『至高の甘党』ですわ!」
フィナンシェ姫はそう高らかに宣言すると、シャロの目の前まで突進し、その両手をがっしりと握りしめた。
距離が近い。
「ひゃっ!?」
「昨日、あなたが放った『超新星フォンダンショコラ』……私、フードを被って見ていましたの! あの美しさ、あの濃厚さ、そして魔王の呪いを一瞬で溶かす聖なる甘み! 感動で涙が止まりませんでしたわ!」
フィナンシェ姫の紫水晶のような色の瞳が、らんらんと輝いている。
「お願いです、シャルロッテ! 我が王国の『筆頭宮廷菓子魔女』になって、毎日私にお菓子を作ってくださいまし! 予算は国家予算の半分を認めますわ!」
「こ、国家予算の半分!?」
ガレットが喉を鳴らし、マカロンがパチリと目を覚ました。
「おほーっ! 大出世モフ! これで毎日高級なお砂糖が使い放題モフ!」
しかし、シャルロッテは握られた手をそっと外すと、困ったように笑った。
「せっかくの素晴らしいお誘いだけど、ごめんなさい。お姫様。私は宮廷には行けないわ」
「ええっ!? なぜですの!? お給料が足りなくて? なら三分の二に……!」
「違うの」
シャルロッテは隣に立つエルマの肩を引き寄せ、胸を張った。
「私はね、世界を救うためでも、お姫様のためでもなく、このエルマを一生笑顔にするためにお菓子を作ってるの。宮廷に閉じこもったら、エルマとのんびり旅ができないじゃない?」
「シャロ……!」
エルマの瞳が潤む。
シャルロッテの言葉はいつでも真っ直ぐで、エルマの心を激しく揺さぶる。
「それにね」
シャルロッテは空を見上げた。
「マカロンの言う通り、世界にはまだ『魔王の残滓』に苦しんで、美味しいお菓子が食べられない人がたくさんいる。私はこの木べら一本で、世界中の暗い顔を激甘に変えてやりたいのよ!」
その凛とした横顔に、フィナンシェ姫は呆然とし、やがて「くっ……」と顔を真っ赤にして身悶えした。
「な、なんて気高くて、おてんばで……そして、なんて尊い百合(関係性)ですの……! 素晴らしいわ! 私、ますます気に入りましたわ!」
「え、お姫様? そっち方面の趣味が?」
エルマが引き気味に尋ねる。
「分かりましたわ! ならば私も、王女の権限であなたたちの旅を全面的にバックアップします! まずはこの国に眠る五つの『伝説の聖菓素材』を集めるのです! それを全て手に入れた時、魔王の呪いは完全に消滅するでしょう!」
フィナンシェ姫はそう言うと、シャロの懐に、王家の紋章が入った「金色の手形」をねじ込んだ。
「これがあれば、どこの街の関所も顔パスですわ! さあ、行くのです、私のお菓子の勇者たちよ!」
「お、おう……なんか話が勝手に壮大になってるモフ」
マカロンが冷や汗を流す。
「ふむ。伝説の素材、か。腕が鳴るな。もちろん私もついていくぞ、シャロ」
ガレットが嬉しそうに拳を鳴らす。
「よし! それじゃあみんな、出発よ!」
シャルロッテは木べらを高く掲げ、ルピナス村の母へ宛てた二通目の手紙(※『お姫様と友達になったから、ちょっと伝説の素材集めてくる』)を宿屋に預けた。
「シャロ、どこまでも一緒だよ」
エルマがシャルロッテの手を、今度は恋人繋ぎでぎゅっと握る。
「うん! エルマの甘党計画、世界編の始まりよ!」
新緑の風が、三人と一毛玉の背中を押すように吹き抜ける。
おてんば魔女シャルロッテの、世界を激甘に染め上げる大冒険は、ここから本番を迎えるのだった。
(漫画原作一巻想定分 完)




