第5話 この絵、わらわは好きじゃ
第5話 この絵、わらわは好きじゃ
ガチャポンの小さな人形と、捨てるはずだった空のカプセルをようやく片づけても、下界から届いた荷物はまだ半分以上残っていた。
「次はこちらでしょうか」
天女が取り上げた箱の中には、何十枚もの薄い札が収められていた。一枚一枚に鮮やかな絵が描かれ、人物だけでなく怪物や武器、派手な背景まで細かく描き込まれている。
朱雀が一枚を抜き取って眺めた。
「今度は絵札か。……ほう、これはなかなか綺麗じゃな」
「こいつ、さっきの人形に似てねえか?」
白虎も別の札を手に取る。絵札そのものなら、上界にも似たものはある。それだけなら珍しくはない。
しかし青龍は、札ではなく箱に入っていた説明書を先に広げていた。
「待て。これは絵を眺めるだけの札ではないようだ」
「何じゃ?」
「一枚ごとに数字や印が付いている。何枚かを組み合わせ、決められた規則で相手と勝負するらしい」
「勝負?」
白虎がすぐに反応した。
「なら、やろうぜ」
「まだ規則を読み終えておらぬ」
「だいたい分かればいいだろ」
「先ほど、人形の腕を逆につけた者の言葉とは思えぬな」
「それは関係ねえ!」
白虎が青龍を急かしている横で、朱雀はそんな話をほとんど聞いていなかった。何枚かのカードを床へ並べ、絵柄をじっくり見比べている。
「天女、これを見よ。この者の衣、よいと思わぬか?」
「まあ。確かに変わった形ですね」
「こちらの色もよい。それに、この髪飾りも面白いのう」
天女が少し困ったように笑った。
「ですが朱雀様、その札は青龍様が先ほど、あまり強くないと――」
「強い弱いはどうでもよい。わらわはこの絵が好きじゃ」
青龍が説明書から目を上げる。
「勝負に使うなら、強さも考えた方がよいと思うが」
「わらわは勝負にしか使ってはならぬとは聞いておらぬぞ」
「では何に使う?」
「持っておく」
あまりにも当然のように答えられ、青龍が一瞬黙った。
けれど、朱雀だけが特別だったわけではない。札を見ていた妖怪たちの中からも、「この怪物の絵はよい」「同じ人物なのに衣が違う札がある」「こちらの姿だけ集めてみたい」といった声が出始めた。
勝負のために数字を見る者もいれば、絵そのものを眺める者もいる。好きな人物の札だけ欲しがる者、同じ種類を揃えたがる者まで現れた。
「俺は怪物の絵だけでいい」
「わしはこの戦士だな」
「全部揃えたら並べてみたいのう」
白虎は少し呆れた顔をした。
「お前ら、勝負しねえのか?」
「別に」
「絵を見る方が面白い」
「何だよ、それ」
玄武がそのやり取りを眺めながら笑う。
「遊び方は一つでなくてもよかろう。下界でも、勝負をする者ばかりではないのではないか?」
青龍は箱に書かれた説明をもう一度確認し、頷いた。
「そうらしい。集めること自体を楽しむ者もいるようだな」
「ほれ見よ!」
朱雀が得意げに胸を張る。
「わらわの楽しみ方も正しいではないか」
「正しい間違いの話ではない」
「では、この札はわらわがもらう」
「それはまた別の話だ」
「なぜじゃ!」
カードは遊び道具であり、絵でもあり、集めるものでもある。たった数十枚の札なのに、それぞれ別の楽しみ方を見つけ始めていた。
◇
とはいえ、白虎は当然、集めるだけでは満足しなかった。
「で、勝負はまだか?」
何度目かの催促に、青龍もついに説明書を閉じた。
「すべてを理解したわけではないが、簡単なところだけなら試せる」
「最初からそうしろよ」
「お前が黙っていれば、もっと早く読めた」
白虎が真っ先に手を上げ、朱雀もカードを抱えたまま参加を宣言した。
「わらわもやるぞ」
「お前、強さはどうでもいいって言ってただろ」
「絵が好きなのと勝負をするのは別じゃ」
二人が使う札を選び始める。白虎は数字や効果を見て、なるべく強そうなものを取っていく。一方、朱雀が選ぶ基準は徹底していた。
「わらわはこれじゃ」
青龍が札を見る。
「それは先ほどから気に入っていた絵ではないか。こちらの方が有利だぞ」
「嫌じゃ。そちらは絵が好みではない」
「今から勝負をするのだが」
「だから何じゃ?」
白虎が吹き出した。
「だから勝負なんだよ!」
「格好よい方が勝つかもしれぬではないか」
「そんな決まりねえよ!」
「おぬし、先ほどまで規則を知らなかったではないか!」
始まる前から騒がしい。
そして実際に始めれば、もっと騒がしくなった。
「白虎様、そちらを先に出した方がよいのでは!」
「朱雀様、その札は取っておいた方が!」
「嫌じゃ! 今これを出したい!」
「だから数字を見ろって!」
対戦している二人より、周りの配下たちの方が真剣に口を出しているほどだった。
一度の勝負を終える頃には、完全に遊び方を理解したわけでもないのに、すでに次をやりたがる者が何人もいた。
白虎は「もう一回だ」と札を集め、朱雀は負けた札を眺めている。
「やはり、この絵はよいのう」
「負けたんだぞ?」
「それとこれは別じゃ」
下界では同じカードを、勝負に使う者もいれば、ただ眺める者もいる。気に入った絵柄だけを集める者もいる。
上界でも、それは変わらないらしかった。
◇
カードの次に開かれたのは、悟が選んだ漫画だった。
「絵の本か?」
最初は誰も、それほど不思議には思わなかった。上界にも、絵と文字を使って物語を伝えるものはある。
けれどページを開いた途端、朱雀が首を傾げた。
「……なぜ同じ者が、一枚の頁に何人もおるのじゃ?」
一つの頁がいくつもの枠に分かれ、その中に同じ人物が繰り返し描かれている。全身が描かれた枠もあれば、顔だけのものもある。言葉は白い形の中に入り、時には大きな文字が絵の上へ飛び出していた。
白虎も横から覗く。
「別人じゃねえのか?」
「いや、同じ人物だ」
青龍はしばらく頁を追ったあと、最初の枠から順番に指を動かした。
「ここから、次にこちら。その次へと時間が進んでいるようだ。一枚の頁へ、別々の瞬間を並べているのだろう」
朱雀が改めて読み直す。
人物が振り向き、次の枠では走り、その次では誰かと話している。
「ああ……なるほど!」
「絵巻とはまた違いますね」
天女も面白そうに覗き込んだ。
一度仕組みが分かると、今度は漫画独特の表現が目につき始めた。
人物の背後に何本も伸びる線。
大きく書かれた音。
驚いた顔の周りに飛ぶ記号。
吹き出しの形まで場面によって違う。
「この線だけで、速く動いているように見えるぞ」
「この大きな字は音か」
「絵の中へ音まで描くのか。面白いな」
最初は奇妙に見えた頁が、読み方を覚えるにつれて、きちんと動きのある物語として見えてくる。
そして理解してしまえば、今度は先が気になる。
「次は?」
「待て。今わしが読んでおる」
「さっきから長いぞ」
「今いいところなんだ!」
いつの間にか一冊の漫画に順番待ちができていた。
白虎は戦いの場面へ食いつき、青龍は物語の組み立てそのものを読む。朱雀は相変わらず登場人物の服や髪型へ目を奪われていた。
「天女、この髪型を見よ」
「かわいらしいですね」
「こちらの衣もよい」
「朱雀様、物語は読んでいらっしゃいますか?」
「読んでおる。服も見ておるだけじゃ」
同じ本でも、やはり楽しみ方は違っていた。
やがて白虎が最後の頁をめくり、眉を寄せる。
「……終わりか?」
「そのようだな」
「続きは?」
天女が少し困った顔をした。
「今回は、その一冊だけのようです」
「途中だぞ?」
「続きの巻があるのでしょうね」
白虎が本をひっくり返した。
「何で続きまで送ってこなかったんだ!」
「続きがあるのか?」
朱雀まで反応する。
「あるらしい」
「なら読みたいではないか!」
美緒と咲子には届かない苦情が、一斉に下界へ向けられた。
◇
漫画の次に広げられた絵本は、まったく別の意味で人気になった。
大きな絵に、短い文章。描かれているのは、下界の町や家、学校、公園、店、食卓、道路を走る車、そこで暮らす人間たちの日常だった。
漫画のように読み方を覚える必要はない。絵を見ただけで、ある程度のことが分かる。
「この大きな建物は何だ?」
青龍が文字を確認する。
「学校、とあるな」
「何をするところじゃ?」
「子どもが集まって学ぶ場所らしい」
「皆が通うのか?」
別の妖怪は道路の絵を指した。
「馬がおらぬのに、なぜこんなに道が広い?」
「この箱のようなものが車ではないか?」
「これほどたくさん走っておるのか」
今度は朱雀が、人間の子どもたちの服へ顔を近づける。
「この帽子、皆同じではないか?」
「学校へ行く際に使うものかもしれませんね」
天女にも分からないことは多い。それでも、答えが分からなければ皆で想像すればよかった。
「この食べ物は何だ」
「この店は何を売っておる?」
「この家にはなぜ椅子がこんなにある?」
気づけば絵本は、物語を読むだけの本ではなく、下界の暮らしを覗く窓になっていた。
悟が「絵なら見れば分かる」と考えて選んだものは、予想以上に当たっていた。
◇
しばらくすると、下界から届いた本の周りには常に誰かがいるようになった。
「その漫画、次に貸してくれ」
「絵本もあとで見たい」
「カードの説明書は?」
「小説は誰が持っておる?」
いつの間にか青龍が本をまとめ始めていた。
「読み終えたものはここへ戻せ。頁を折るな。汚すな。それと、食べながら読むな」
クッキーを持った白虎が足を止める。
「俺のことか?」
「お前以外に誰がいる」
「落とさねえよ」
「落としてからでは遅い」
玄武は少し離れた場所から、その賑わいを眺めて笑った。
「ずいぶん人気になったものだな」
「まだ、ほとんど読めていないというのにな」
青龍はそう答えながらも、どこか楽しそうだった。
下界から届いた本は、誰か一人が所有するものではなく、自然と次の者、その次の者へ回り始めていた。
その頃、朱雀はまだ開かれていない本の山を探っていた。
「漫画は順番待ちじゃ。ほかに何か――」
一冊を引き抜く。
表紙を見た瞬間、動きが止まった。
「……天女」
「はい?」
「こちらへ来い」
朱雀が開いたのは、下界の衣服を紹介する本だった。
色とりどりの服。
靴。
鞄。
髪飾り。
首や腕につける小さな飾り。
天女も隣から覗き込み、しばらく何も言わなかった。
朱雀が一枚の写真を指す。
「これ……美緒が着ておったものに少し似ておらぬか?」
「確かに」
次の頁をめくる。
また次。
今までとは違う意味で、二人の目つきが変わっていく。
「この飾りは……」
「天女、この衣も見よ」
少し離れたところから白虎が気づいた。
「今度は何を見つけたんだ?」
朱雀は、ぱたんと本を閉じて胸へ抱える。
「これは、わらわが先に見る!」
「何だよ。見せろよ」
「嫌じゃ!」
カードや漫画を取り合っていた騒ぎが、ようやく少し収まったと思ったばかりなのに。
下界から届いた荷物は、まだまだ上界を静かにしてくれそうになかった。
――つづく。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




