74話:評議会の書記
評議場は、街の中心の大樹の根元にあった。
樹齢は千年を超えると言われていた。根が広がって、地下に大きな空間を作っている。そこに評議場が築かれていた。光は天井から差し込む。樹の根の隙間を通って、緑がかった光になる。光の色が、エルフの肌の色と、同じ色味に見える瞬間があった。
円卓があった。古い樫の木材で作られていた。八つの席がある。長老たちが一人ずつ座っていた。皆、白髪混じりだった。エルフの白髪は、年齢の指標ではなく、別の何か——経験の深さの指標——のように見えた。
奥に、議長席があった。ヴーク・アルヴァリスが座っていた。
ティセラは、入った瞬間にそれを認識した。誰かに教えられたわけではなかった。座っている位置と、姿勢と、視線の置き方が、その人物が議長であることを、語っていた。
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ヴークは、ティセラが想像していた通りだった。
銀白の長髪を束ねている。蒼い瞳。痩身で、長身。黒い外套。かつてメシャラで送られてきた演説原稿を書き写したとき、ティセラは原稿の筆跡から人物を想像した。文字の角度、墨の量、行の間隔——それらが、書き手の体格や年齢を、暗示する。その想像と、目の前の人物は、ほぼ一致した。
ヴークは何も言わずに、ティセラを見ていた。観察、というよりは、確認だった。すでに、ヴークの中には、ティセラについての情報があり、その情報と、目の前の姿を、照合していた。
アーリアが進み出て、ティセラを紹介した。
「この娘がメシャラの記録を続けてきた者です。私の弟子です。名はティセラ・アリアン」
長老たちが、順にティセラを見た。八つの視線が、円卓の上で集まった。視線の重さは、それぞれ違った。深いもの、浅いもの、温かいもの、冷たいもの、判断を保留しているもの——順に、感じた。
ティセラは、静かに頭を下げた。
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最初の試験は、長老の一人が朗誦する詩を書き取ることだった。
白髪の長老が立って、古いエルフ語の詩を朗誦し始めた。三十秒ほどの長さだった。リズムが複雑で、息継ぎの位置が一定でなかった。普通のエルフでは、二度聞かないと書き取れない種類の詩だった。
ティセラは羽根筆を持って、紙に向かった。
書き始めるのは、朗誦が終わってからだった。聞いている間は、書かない。ただ聞く。完全記憶に、音として留める。それから、書く。それが、アーリアから習った書記の作法だった。書きながら聞くと、書いた部分の音と、聞いている部分の音が、互いに干渉する。それを避けるための作法だった。
長老が朗誦を終えた。
ティセラは紙に向かった。
一言一句、書いた。息継ぎの位置も、再現した。長老が一度言い直した箇所も、言い直したことがわかるように、二度書いた。最初の言葉と、言い直した後の言葉の、両方を残した。
書き終えて、紙を提出した。
長老が読んだ。
長老が、別の長老に紙を渡した。その長老も読んだ。
誰も何も言わなかった。それが、合格の合図だった。
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次の試験は、ドワーフ語の古い書状を翻訳することだった。
ドワーフ語の書状が、ティセラの前に置かれた。
文字は古い形式だった。現在のドワーフ語とは少し違う。商業書状の様式だった。本来、エルフ評議会の書庫に入る種類の文書ではなかった。だが、何かの経緯で、ここにある。書状の角が、わずかに焦げていた。火災現場から救い出されたものかもしれなかった。
ティセラは読んだ。
「西部山岳領、第三炉址、開設の通達。日付は約二百年前。山岳鉱床の権利を、ドワーフ評議会の名で確定するという内容です。エルフ評議会への通知書類の写し、と推測されます」
「どこで習った」と長老の一人が聞いた。
「中央盆地の村で。鍛冶屋の家族と一緒に育ちました。ドワーフ語は、その家族から」
長老が頷いた。
ヴークが少しだけ、目を動かした。「鍛冶屋の家族」という一言が、ヴークの中で、どこかに刻まれた、というふうに見えた。
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任命の宣告は、簡潔だった。
「ティセラ・アリアン、評議会の書記として任じる」と議長席のヴークが言った。「書記は議論に加わらない。書記はすべてを記録する。質問はあるか」
「ありません」
「では任を受けるな」
「受けます」
それだけだった。式典の儀礼はなかった。ヴークは、儀礼を好まないようだった。あるいは、儀礼の代わりに、別の形で、権威を保つことを選んでいた。
ティセラは下がって、書記台に着いた。書記台は議場の隅にある。長老たちの席より一段低い場所だ。台の上に、新しい紙の束と、新しい羽根筆が用意されていた。羽根筆の羽は、深い緑だった。エルフの公的書類で使われる、特別な羽だった。
ティセラはそれを見た。
(ここから、私の仕事が始まる)
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評議が始まった。
最初の議題は南部の補給の手配についてだった。長老たちが順に発言した。ティセラは書いた。書きながら、聞いた。聞きながら、書いた。
書く手が止まらなかった。完全記憶が、書く速度を支えていた。聞いたものが、流れるように紙の上に固定されていく。
書いている間、ティセラは時々、ヴークを見た。
ヴークは、ほとんど発言しなかった。長老たちが議論し、議論の方向が決まりかけたとき、最後に短く意見を述べる。その意見が、決定になる。決定された後、長老たちが議論を再開することは、なかった。
(議長は、議論を主導しない。議論の終着点を選ぶ)
ティセラはそれを書きながら、観察した。観察の中身を、紙には書かなかった。書記は、観察を記録しない。発言だけを記録する。観察は、書記自身の中で、ただ蓄積されていく。
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評議が終わった後、退出した。
書庫の入口の前で、アーリアが待っていた。
二人で歩きながら、アーリアが小さく言った。
「お前の記録は、誰のためのものだ」
「……長老方の」
「それは表向きの答えだ」
ティセラは少し考えた。
今日、書記台で書いた紙は、夕方には書庫に運ばれて保管される。十年後、五十年後、百年後——誰かが読むかもしれない。読まないかもしれない。
「歴史のため、と言うべきですか」
「それもひとつの答えだ」とアーリアは言った。「歴史というのは、いずれ誰かが読むものだ。今でなくともよい」
「アーリア様は、誰のために書きましたか」
アーリアは少しの間、答えなかった。歩く速度が、わずかに、落ちた。
「私のためにも、書いた」と最後に言った。「私が忘れないために。私が、自分の見たことから逃げないために」
ティセラは頷いた。アーリアの「私のためにも」という言い回しに、「も」があった。「のためにだけ」ではなく、「のためにも」。ティセラはその一文字を、聞き逃さなかった。
***
その夜、評議会の幹事から書面が届いた。
来週、ヴーク主導の重要会議があるという通達だった。エルフ軍の南部展開について議題が組まれる。書記として、ティセラの立ち会いが要請されていた。
ティセラは書面を読んだ。
それから、机の端に置いた。
窓の外で、樫の葉が擦れる音がした。風が、わずかに、強くなっていた。




