2、六つの国の戦争
この地鳴りは、僕を狙う六つの国の軍隊たちによって起こされている???
星井は続ける。
「君を取った国が、文字通り世界を我が物にできるということだ」
「あの、やっぱり帰れませんか」
もう一千万とかいらない。なんなら一生かかってもこちらから払いたいくらいだ。
「それは無理だ。君がこの地へ降り立った時点で、鯉の池にエサは投じられたんだ」
いや、たとえ。
「ではあなたは何なんです」
「ボクはただの案内人さ。君をここへ連れてくる。そして正式に星主として君臨させるのが仕事さ」
反対側でも地鳴りと咆哮が起こる。
そこでも戦いが始まったらしい。
「あの、あなたはどうやって僕の世界に来たのですか?」
「一方通行の片道切符さ。ボクも二度とあすこへはいけない」
もう怒号や足音が大きすぎて、星井の言葉がよく聞き取れない。それほど戦場が迫っているということである。
僕は再び声を上げる。
だが出ない。
喉が熱い。涙がこみ上げる。
「……じゃあ」
それでも絞り出そうとする。
「……」
でもうまく言葉にできない。
今まで、たいていの不幸は我慢してきた。
だけど、
これはない。
高校受験だって控えている。
それから義兄が宇宙ガムの当選動画を作るのだ。その収益の分け前をもらうことになっている。
この星だってそうだ。何に使おうかなんて夢を膨らませていたのだ。
そうしたら、なんっなんだ、これは。
星にはわけの分からない先住民がいた。そいつらは今僕を狙って戦争の真っただ中だと言う。
ぽつり
冷たい一滴の雨が頭に落ちる。
でも、あ、雨だと思ったときには滝のようなものすごい豪雨が降っていた。
瞬く間にたき火が消えた。
顔が痛い。息ができない。
頭を手で守る。
ゴロゴロと空が鳴りだした。
一瞬の光。
ズドン
大木がメリメリと裂けるかのような音。
ものすごい雷だ。
僕は耳を塞いでしゃがむ。
もうなんとでもなれ!
後頭部にたくさんの雨のつぶてを受けながら、僕はそう願う。
雷よ! できればこの雨のように降り注いで、周りで争っている奴ら全員を丸こげにしてくれないか。
その瞬間だった。
空がはじけ、無数の光とともに轟音に次ぐ轟音。
落雷が無数に落ち続けた。
わけが分からない。僕は気づいたときには地面にへたり込んでいる。腰が抜けた。
それでも空は、狂ったように落雷を落とし続けている。
「そう!」
星井はしゃがみ、僕の両肩に手を置く。そして重なる爆音に負けずに叫んでいる。
「これが、君の力だ!」
僕は耳を塞ぎながら彼を見る。
「君はこの星に選ばれたから、ここにいるんだ!」
鼻をすする。
彼が何か大事なことを言おうとしているのはわかった。
「運が君の味方をする!」
なんだそれは。
死刑宣告じゃないか。
運が味方になんてなりっこない。
何か起これば、僕や僕の物に被害が降りかかる。クラスの誰かが喧嘩をすれば、必ずとばっちりを受ける。犬は必ず僕を狙って噛みつくし、鳥は必ず僕にフンを落とす。
おこずかいを貯めて買ったものは不良品か、すぐに壊れてしまう。ぷっちんプリンのぷっちんがいつもきれいに折れない。
枚挙に暇がない。
「もちろん君の運の悪さは知っているよ。壊すなと言われたものは必ず壊すし、大事に取っておいた好物はかならず君の口に入らない」
ああそうだとも。
「一方で君の周りの人はすごく運のいい人ばかりだとは思ったことはなかったかい?」
ある。
ありまくる。
姉は金持ちの旦那さんをもらった。父や母だって、懸賞や宝くじが当たったり、困ったときには救いの手がある。大事なものが壊れたことなんて見たことがない。
だけど、それが何だっていうんだ。
「それは君が彼らの不運を吸い取っていたからなんだ」
「え?」
「そしてその不運こそが、この星のエネルギー源なんだ。君の身体を通ってこの世界の土や木々、それらが生み出す空気によってこの星中に蔓延している」
なんだその吹き溜まりみたいな話は。
「君は確かに力がない。それにはっきり言って頭も悪ければ要領も悪い。せいぜいゲンゴロウかフンコロガシみたいに我慢強いくらいだ」
余計なお世話だ。
「そんなのでこの世界ではやって行けっこなんてない。でも君は、その不運を自分の力として自由自在に使えるんだ」
よくは分からない。よくは分からなかったけど、あれほど荒れ狂っていた雷雨がぴたりと止んでいる。
「つまり、君はここではとても運がいいのだ」
星井が説明を続ける。
「天運、地運、人運、時運、君はそれらを意のままに操作できるといっても過言ではない」
まさにこの星の王! と、彼は言った。
「あの、具体的にどうすればいいんでしょうか」
「願うのさ!」
腕を広げ、彼は言った。
「良いことを願えば、それはその通りになる!」
それはちょっと僕にはハードルが高すぎる。
「僕は今まで、これからも良くないことが起こると思って生きてきたのですが」
良いことを思えだなんて、そんなの急にできっこない。
だからそれはつまり、結局悪いことしか起こらないってことじゃないのか!
「まあそれでもいいんだ」
と、なんでもないというように彼は言う。
「君が悪いことを思ったとしても、それを被るのはこの世界にいる人たちだから」
つまりこの星に住む彼らは、今後僕の機嫌に左右されて生きていくことになるのだそうだ。
それのどこがいいっていうんだろう。
つまり彼らの生き死にが僕の手にゆだねられているということではないか。
なんてことを考えると、すぐに空に真っ黒い雲が集まってきた。軽く地面も揺れている。
「ねえ」
僕は星井に尋ねる。
「なにかな」
「じゃあ僕が死んだらどうなるの?」
だってもしそうなら、僕は命を真っ先に狙われるだろう。諸悪の権化そのものなんだから。
「君の死はこの世界の消滅そのものだ」
彼は答える。
「星は回転をやめ、水の流れが止まり、大地が腐り、すべての動物たちが明日の糧を巡って争い合うだろう」
ぐわんと大地が揺れる。船に乗っているようだ。僕の不安に呼応したようだ。
「やがてすべての生き物が死に絶え、微生物が世界を覆い、最後には大地が枯れ果て、この星は塵になってゆく」
星井星の声が預言者のように響く。いつの間にか、あれほどすさまじかった周囲の戦争の音がすっかり消えている。
何頭かの蹄の音が近づいてくる。
現れたのは馬に乗った四人の男。
それぞれ派手な甲冑を付けている。彼らの後ろからもさらに二人。
ある程度近づくと馬から降り、そうして鎧をガチャガチャ言わせながら、僕の目の前までやって来る。
大きい。アメリカのバスケ選手みたいだ。
触れられただけで骨が折れそう。
最初にやってきた四人が僕の手前までくると、横並びに跪く。あとの二人もそれに倣った。
こういうの、映画で見たことがある。
「今争っていた各国の将軍たちだよね」
雨に濡れたテニスウェアを絞りながら、星井が彼らに問う。
「いかにも」
真ん中の男が頭を下げたまま言う。
僕の父親くらいの男だ。40歳くらい。他にはもう少し若そうな人から、おじいさんくらいの人もいる。
星井は満足げにうなづく。絞ったウェアをバシンと肩にかける。
それから周りの老人たちにたき火を起こすように指図する。彼らは仕方なさそうに、動き始める。
「争いは終わったのかい?」
星井が相変わらず気楽な感じで尋ねる。
「いえ、先ほどの星主様の落雷により、ほとんどの隊が戦意喪失、さらに本陣や拠点が燃えてしまいました。その対処に追われ、軍は事実上機能を停止しました」
声は震えている。よく見ると全員の鎧がカタカタと小刻みに鳴っている。雨に打たれたからというわけでもなさそうだ。
「誰か死んだ人はいますか?」
とっさに僕は聞いた。怖かったけど。だってこれが本当に僕が落っことした雷なら、大勢の人を殺したことになる。
「いいえ、おりません」
と、代表者の将軍が告げる。
「君の意志が働いているから、本気の本気でそう願わない限りは殺すことはないよ」
星井が言う。続けて将軍に問う。
「それでなんでこうして集まっているんだい?」
「星主様を我らの主と認めたからです」
僕は泣いていただけなんだけど。
跪く将軍たちの服従宣言を受け、星井は満足げにうなづいている。
それから僕を見る。
何か言えと言っているのか?
ええと。
「僕を捕まえてどうするつもりだったの?」
そう聞いてみた。
すると跪く彼らはさらにかしこまって、亀みたいに首が縮こまる。彼らの僕に対する脅えは本物のようだ。
ちょっと気持ちいいかも知れない。
「あなた様に誓って嘘偽りなく申し上げます。
六カ国の取り決めでは、この戦いに勝利した国があなた様を王の上に立つ星主様として迎え入れ、残りの五カ国がそれに従うことになっておりました」
星主が何をするのかちょっと聞いてみたかったけど、とりあえず僕は黙っている。
すると男が続けて喋り始める。
「はじめの星主様がこないと分かって以後50年。主を失くしたこの世界は三つの勢力が台頭しました。しかしそれもやがて七つに分かれ争いは複雑化していきます」
「うん、そうだね」
と、星井。
「その最中、星が新たな主を見つけ、動き出したのです」
僕のことなのだろう。
生まれて初めて駄菓子の当たりクジを引いただけなんだけど。
「しかしそこからが我々の不運の始まりです」
うんうんと他の五人もうなづいている。
どういうことだろう。
「星はあなた様の運を食らいます。そうしてあなた様を星主として受け入れられる環境に、自らを作り替えるのです」
つまり、僕の運はこの星に食われていた? でもさっき星井の話とちょっと違うように思えるけど。
「しかし星は、あなた様の運ではなく、不運の方に目を付けたのです」
そう。そういう話だ。
だけどなんで不運の方なんだろう。
そう思ったのが顔に出ていたらしい。
星井が口を開く。
「君が持っている運なんて、夏のアスファルトの水たまりみたいにあっという間に枯渇しちゃったんだ。
だから星は、悪い運の中にあるすさまじい負のエネルギーに目を付けた。マイナス同士をかけ合わせればプラスになるだろ?」
めちゃくちゃな言われようだ。だけど僕の運が吸われてないなら、こんなに運が悪いことの説明がつかなくないか。
再び将軍が口を開く。
「星はあなた様の無尽蔵ともいえる不運を食らいすぎました。今や綺麗な良運を食らうと不具合が出てしまうようになるのです」
え?
「さながらどぶの水で育った植物に水をやると、枯れてしまうのと同じだ」
と星井は言った。だから言い方。
「あの」
と、僕は尋ねる。話の腰を折って悪いけど、一つやり過ごせない疑問があった。
「なんだい」
星井が尋ねる。
「聞き間違いかも知れないけど、僕の不運が無尽蔵だとかなんとか」
まあ言葉のあやだろうけど。一応。
でも誰もそれについて答えてくれない。
六将軍はうつむいたまま。
星井も目を合わせてはくれない。
「これは、初代の孫娘があんまりにも運のいい女性だったからなんだ」
少しして、ぽつりと星井がそう切り出す。
「彼女は運が良すぎるあまり、この星へ行くことを回避できた。だからもしかしたら星は、あんまし良運ではない人を次に選んだのかも知れないね」
ええと、ってことは、
「じゃ、じゃあ僕が運が悪いのは、」
「君の運の悪さは天性のモノさ。だって星に吸われていても、悪いことがたくさん起こっていただろ。言葉通りの無尽蔵なんだ。星も吸い切れないんだ」
身体中に寒気が一気に駆け抜けた。びしょ濡れだからという理由だけではない。
震えてきた。
再び将軍が口を開く。
「中でも星主様が小学校六年の頃、プールの授業が終わった休み時間は大変でした。ある女子生徒の下着を盗んだと疑いをかけられたときです」
え、彼は何を言っているんだろう。
「あのとき星に入ってきた負のエネルギーは相当なものでした。ある国が巨大竜巻で吹き飛んで滅んだほどです」
ただそのおかげで周辺の国が協力して、結束が深まったのだという。なんだそれは。
「その後約一か月続いた干害や暴風は世界すべての国々の歴史に残っております」
「いや、あれは僕じゃない」
ただ下着がカバンの中に入っていたのは事実だ。そのせいで一か月女子は僕と口をきいてくれなかった。
「分かります。本来犯人が被るべきものをあなた様が被ってしまったのです」
みんな我がことのようにウンウン小さくうなづいている。
「あの」
「なんでしょう」
男がすかさず答える。
「僕のことって、けっこうみなさん知ってます?」
「……」
誰も何も言わない。
「知ってるよ。生まれてからずっと。だって生まれたときから運が悪かっただろ?」
星井が口を開く。
「星が君を見つけ、宇宙ガムが君に近づくまで、ずっと不運を吸い続けていたわけだ。それをこの星の住人全員が夢で見ていたんだ。悪夢みたいだった」
そして僕の15年分の失敗が、今までずっと書き続けられていたらしい。本になっているとのことだ。
子供たちはもちろん、ここにいる大人たちも僕の話を読み聞かせられて育った。
「まあいうなれば聖書だね」
やめてほしい。
「それで、君はこれからどうするんだい」
と星井が尋ねる。
そう言われても。
「六カ国間の戦争を一瞬で鎮めたのは君だ。しかも誰も殺すことなく。もう逆らおうなんて者はいない」
だったら早く家に帰って中間テストの勉強がしたい。今ならさぞ身が入るだろう。
「家に帰る」
意地でも帰る。ロケットでも作らせようか。
でも星井は首を横に振りかける。
その前に僕は喋っている。
「っていうか、どうやってこっちに来たんだよ」
だって目を瞑ってしかいないのだ。
空が曇り始める。腹をすかせた虎みたいにゴロゴロと剣呑な音を立てる。
鎧の中で、将軍たちの身体が固く強張っているのが分かる。
僕は今、機嫌が悪い。
星井も自分の窮地に気づいているようだ。というか、よく今まで余裕をかましていてくれたよな。
「君の疑問を口にしてみなよ」
なんて相変わらずの口調で答える。
「なんで戻れないのか、まず説明してくれないか。僕に分かるように」
「それはここがあの世だからだよ」
ああ、なるほど。
「まあ正確にはあの世じゃない。けど、向こうの君は死んだ」
ここからさらに死ねば、ちゃんと死ねるとのことだ。
つまり僕に残された選択肢は、
①ここで暮らすか、
②本当のあの世に行くかしかない
ということだ。
「さあ分かったろ。だから君はここで神としてやっていくんだ。なあに、三日もすれば、元いた世界のことなんて戻りたいとさえ思わなくなっているよ」
「一つだけ、質問がある」
何か言おうとしたけど、僕の目を見て星井は黙っている。
「向こうで僕が死んだのはいつ?」
もちろん、そんなの聞かなくたって分かっている。
でもはっきり向こうの口から言わせたかったのだ。
だって、これはもう一つしかない。
「ガムを食べたのは、君だよ」
星井がやんわりとそう告げる。




