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宇宙ガム  作者: 森の手
1/5

1、宇宙ガム

 友だちと街を歩いていると自分の頭にだけ鳥のフンが落ちる。

 痴漢に間違われる。

 通りすがりの自転車に頭を叩かれる。

 車から捨てられた灰皿の煙草がどっさり服にかかる。

 とにかくよろしくないことが起こる。


 人より多く。平均以上に。次から次から。


 鳥のフンを警戒して上を向いていれば犬のフンを踏む。何もなくても転ぶ。持っていた携帯を車にひかれる。


 生まれたときからそう。


 幼稚園のときは、それが変なことだというふうには思わなかった。

 小学生になると、自然と周りと自分との見えない境界のようなものがはっきり見えてくる。

 なんで、自分だけ。


 またあいつかよ。


 あいつはああいうやつだから。


 でも中学二年になったとき、ハッと気づいてしまった。


 自分は運が悪いのだ。と。


 何を今さら。

 と思うかもしれない。けどそうではない。

 世の中にはいじめられている人もいれば、重い病にかかる人もいる。お金のない人だっているだろう。


 でも僕には幸か不幸かそういう苦しみはない。ただただひたすら、運が悪いのだ。


 これは、運が良いといえるのではないか。


 それを機に僕は、車にひかれても、色んな物が壊れたりしても、道々で不良や犬や鳥に襲われても、少しだけ平気になった。

 繰り返されているうちに慣れた部分もある。

 来ると分かっているパンチのようなものなのだ。

 それに、15年も不運をこの身に受けていれば、道を歩いているときどんなことに巻き込まれるかなんて見当がつくというものだ。

 想像して対処法を練っておく。


 歩いているときは耳を澄ませる。

 ポケットには犬や鶏のエサ。

 上からのフンにはウェットティシュ。

 携帯や金目の物は持たない。等々


 おかげでとても注意深い性格になった。

 だから今では、自分のこの境遇に感謝しているくらいである。

 嘘だ。言ってみたかっただけ。


 友だちはいる。クラスにもとりあえず溶け込めてもいる。

 でもみんな、陰で僕のことをなんて言っているか。

 あまりに用心深すぎて、決断できない奴だと思われてるということも知っている。

 だが彼らが僕が住む世界に入ったら、きっと重力が10倍くらいに感じられるはずだ。


 そんな僕に、この前とんでもなく良いことが起こった。

 生まれて初めてくじに当たったのだ。宇宙ガムという駄菓子の当たりクジだ。


 なんだ駄菓子かよなんて思わないでほしい。

 ただの駄菓子ではない。とても有名なガムなのだ。世界中誰もが知っている。

 このお菓子の当たりクジ目当てに、何世代にも渡って子供や大人たちが、小銭を握りしめ駄菓子屋へ向かった。

 もちろん僕も、駄菓子屋にいくと必ず買っていた。友だちもみんな買っていた。

 しかしこのガムの運の女神さまだけは、誰に対しても微笑んでくれない。

 そういう意味では心のよりどころみたいな存在だった。


 なぜそんなに当たらないのか? 

 なぜなら、


 宇宙ガムは全世界で10億個作られ、

 その中に当たりはたった一つ。

 そして景品は、


 星が丸々一つ。


 1個10円。



 宇宙ガムを作ったのは、国際駄菓子屋協会(駄協)というところだ。

 今はもうない。

 世界中の駄菓子屋がそこへ加盟し、人種、宗教、国家関係なく情報交換をおこなっていたらしい。

 ただ冷戦中に解体されたそうだ。駄協があまりにも時代に先駆けてグローバルになりすぎたことに原因の一端があったようだ。


 宇宙ガムの特色はとくにはない。

 というか、ない。

 表面をカッチカチの飴でコーティングしてある。着色料とか、科学薬品を極力省いている。

 形も、幼児が丸めた紙粘土みたい。色だって白っぽくてそんな感じ。味もなんだかぼやけている。噛んでも長続きしない。飴がシャリシャリしているうちは楽しい。でもすぐ固くなってしまう。フーセンにもできない。


 ネットによれば、当たりは現在も出てはいないとのことだった。

 ちょっと検索してみるだけでも、宇宙ガム1000個購入動画とか、SNSでは宇宙ガムあるあるでリプ欄が盛り上がっていたり、宇宙ガム当選者情報アカウント(世界各国)なんかもある。


 ガムの製造はすでにストップしている。だが日本の駄菓子屋ではまだ在庫があるらしく普通に売られている。

 噂では、駄協がつぶれるときになって、また新たに一つだけ当たりを作って、どこかに紛れ込ませたという記事もあった。


 これはパッケージに書かれてあることだけど、宇宙ガムは丸型だけど、当たりはドーナツ型ということだ。

 これは本当。

 ちなみにパッケージの上から形は確かめられない。空気がパンパンに詰まっているから。

 もし当たっていれば、その袋の裏地にのみ、ある住所が書かれてある。そこへ当たりの袋と連絡先を送る。


 僕と当たりくじとの出会いはこうだ。


 この前、僕の姉が結婚した。旦那さんはすごいお金持ちで、有名人にも知り合いがいる。

彼にはすでに五歳になる息子がいた。バツ2とかそれくらい。

 で、姉夫婦が旅行に行きたいとなったとき、その息子が僕の家にあずけられた。


 そこでおやつに食べさせてくれと、段ボール一杯に渡されたお菓子の中に宇宙ガムが入っていた。

 外国の高級クッキー缶やゼリーなどの隙間に、梱包材みたいにうまい棒だとかビックカツだとかヨーグルトが詰め込まれている。

 その中に宇宙ガムの輝くブルーの包みを見つけたのだ。


 飴の殻を破って中身に到達したときの歯ごたえとか、食べごたえがあるけど一瞬でなくなってしまう甘さだとか、そんな記憶が口の中によみがえってきた。

 だから僕は、なんとなく一つだけ自分用に食べようと取っておいたのだ。

 一人になったときパッケージを開けてみた。すると出てきたガムはいつもの丸型でなく、見慣れないドーナツの形をしていた。


 一瞬、何が何だか分からなかった。

 でもまあいいやと思ってそれをそのまま口に放り込もうとした。でも、待てよと思いとどまった。

 そういえばそうだ。これは宇宙ガムなのだ。

 冷静になって、指輪みたいにドーナツの穴に人さし指を通す。

 それから包み紙を開ける。裏側にはびっしりと文章が書かれてある。

 まず英語でおめでとうと書かれていた。

 それで星が欲しければ、

 ①この袋を大事に封筒の中へ入れる。

 ②それから当選者の連絡先を書く。

 ③もう一枚便せんを用意する。

 ④そこへ、君が星が欲しい理由を書いて、

 ⑤この宛先まで送ってくれ

 とあった。

 宛先の場所は、大阪高槻市の郵便局の私書箱になっている。


 なんか、たいへんなことになってきたということがじわじわと分かってきた。


 僕はまず、姉にそのことを話した。でも彼女からの反応は皆無だった。駄菓子には興味がないということもある。それ以前に僕が何かを当てたことを嘘だと思っているらしい。

 でも少しして義兄さんがものすごく興奮して電話をくれた。それで袋は僕の好きにしていいよということになった。


「たぶんオークションに出せばものすごい金額になるだろう。でも個人的にはその住所へ袋を送ってもらいたいな」


「そのつもりです」


 僕は力強く言った。

 元からそうするつもりだった。

 だが半分くらいは、すでにこの当たり券は不慮の事故かなんかで自分の手から離れていくものと半ばあきらめていたけど。

 義兄は、必要以上に広まることを警戒していた。


「なんてったって何十年も世界中の子供たちが一時でも夢見た当たりだからね。くれぐれも他の人には秘密にして、手紙も、書留とか、あるはセキュリティの荷物として送った方がいいな。誰が狙っているとも限らないから」


 言われてみれば確かにそうだ。

 10億分の1。

 宝くじってどれくらいだろう?

 とにかくそれ以上に当たらない。


 ネットでちょっと目についたものでも、一億で買いますとか、一千万で売りますとか。ウソかマコトか、そんなのがゴロゴロ出てくる。

 しかも、だ。

 この僕が当てたのだ。確率で言えば100億分の1と言われたって、僕は怒らない。これは世界中のどんな確率より低いってことだってありえる。


「義兄さんは、僕がもらってもいいんですか?」


 そう尋ねてみる。

 だって買ったのは彼だし。どうあったって、僕にくれる義理なんてない。


「まあ、君が換金しようとすれば止めたけど、そうじゃないんだろ」


「もちろんです」


 僕はうなずく。

 宇宙ガムは子供と、元子供たちの夢なのだ。それを売ってしまうなんて僕にはできない。

 それに莫大なお金がからむと、僕の場合なおさら大変なことが起きかねない。それが怖い。


「ならよし。それに、あのまま君がガムを息子に与えていたら、今頃ゴミ箱の中にあったかも知れない」


 まあたしかに。

 僕は義兄にお礼をいった。彼は向こうから連絡が来たらいつでもいいから知らせてくれと言った。


「それから、ガムとパッケージは写真に取っておくんだよ。そうそう。送るときは動画を取るのも忘れずに」


 あ、これ、別な方法で稼ぐつもりだ。


 もったいなくてガムは食べられなかった。少なくとも実物は義兄には見せたい。冷凍しておこう。

 僕はショッピングモールに行って、和服みたいな便せんと封筒を買った。

 家に帰って自分の名前や連絡先を書く。

 星が欲しい理由は、何て書こう。

 まさかそれでだめになるなんてことはないだろう。

 だからといって、適当に書くわけにもいくまい。


 ぼくは生まれて今まで、どんな小さな当たりくじにも当たったことがありません。本当です。とても運が悪いんです。

 だからこの宇宙ガムの当たりくじが当たったときは、二重の意味で信じられませんでした。宇宙ガムの当たりくじが本当にあったことと同じくらい、自分が何かのくじに当たるなんてことが信じられなかったのです。

 だから何かトラブルがあって、この手紙がそちらに届かないかも知れません。もしくはこうしている間に紛失してしまうかも知れない。あるいはぼく自身に何か起こるかも知れない。

 星はもちろん欲しいです。それと同じくらいぼくは、これが本当に現実のものなのかがとてもとても知りたいのです。


 それから宇宙ガムの当たりの袋を入れる。糊で丁寧に封をし、郵便局で書留に速達をつけて大阪に送った。




 でも、待てど暮らせど向こうからの連絡はなかった。


 追跡番号を辿る限りでは、それは確かに指定の場所へ送られていた。受け取りもされているみたいだから、ちゃんと関係者に回収されてはいるようだ。



 でも、来ない。三か月待った。




 ああなるほどと、僕は思った。

 

 こういう結末か。


 まあ、駄協は潰れて何十年も経っている。それに、こういうことを覚悟はしていた。

 だから全然平気だ。夢が見られて得したくらいだ。


 この三か月間だって、殺人事件の犯人にされそうだった。

 それから木に登った猫を助けたんだけど引っかかれた。ばい菌が身体に回って一週間くらい寝込んでいた。

 当たりくじの期限が切れていたなんてどうってことない。


 だがこんなことなら、オークションにでも出しておけばよかった。

 でもその買い手が袋を送っても同じ結果になっただろう。そうなると僕が詐欺師扱いされかねない。だからやはりこうなってよかったのかも知れない。

 僕は冷凍庫からガムを出して、それを食べてしまった。


 このガムの最大の魅力は最初の一口。少しだけ口の中で転がして飴の甘さを味わう。それから思い切りかみ砕くわけである。

 今回はいつもの丸型じゃなくドーナツ型だけど、勝手は同じだ。

 飴が割れ、何とも言えない噛み応えのある食感と、それから口の中に甘みがいっぱいに広がる。それはさながら僕を、獲物をしとめた野獣に変えてしまう。

 けど十秒もすると、すぐに味がなく消しゴムみたいに硬くなってしまう。結局ティッシュにくるんで捨ててしまった。


「そう!」


 と、その瞬間、背後から男の大きな声が聞こえた。

 僕はびくっとして、反射的にそちらを向いた。

 するとそこには、みじかい髪を逆立てた、背の高い大人の男がいた。


 誰?


 彼はキッチン台を背に、腕を組んでいる。マラソンでもするみたいに白色の半袖短パン。ちょっと血走ったような目で僕を見ている。


「そう! それだよ!!」


「誰ですか?」


「君はボクが見えるんだね」


 と、彼は僕の質問に答えず言う。


「け、警察を呼びますよ」


 と、後ずさりしながら僕。

 でも彼はまったく動じた様子を見せない。


「君は、宇宙ガムの当たりくじを送った」


 僕は身構えたまま黙っている。なんで知っているんだろう。


「でもガムは食べなかった」


 一瞬うなづきかける。僕は黙っている。


「でさっき食べた」


 僕は諦めてうなづく。


「だからボクを見ることができた」


「???」


 ガムを食べて、袋を送ることがセットなんだと彼は言う。


「君は袋を送って、それですぐボクが君のところに送られてきたんだ。でも君は今の今までボクの姿を見ることができなかった」


 なんとなく、僕は理解をしたというようにうなづいてみせる。確かに、この男の言うことは今のところあっている。


「だからボクは、今までずっとこの家で生活をしていたんだ」


 うん?


 え?


 男の話は止まらない。

 その証拠に、昨日のご飯だとか、着ていた服だとか、僕がたまにSNSをのぞきに行っているクラスの女の子や先輩なんかの名前をつらつらと上げて行く。


 それで最後に、おめでとうと、彼は爽やかな顔で言った。


「これで条件が揃った。約束通り、君に星を上げよう」


「そのまえに、あなた、誰です?」


「ボクのことはホシイセイとでも呼んでくれないか。キミがオーナーとなる星の水先案内人さ」


 星井星ということらしい。すごく安直な名前のような気がするけど。

 星井星は、ポケットからハンカチを出し、汗が滴る顔を拭く。それは失くした僕のハンカチだ。それで今思えば、彼が着ているものだって父のテニスウェアじゃないのか。


「では今から目を瞑るんだ」


 そう彼は言った。でも僕としては、そのハンカチとウェアのことを聞くのが先だ。


「今から星へ案内してあげるよ」


 なんて言われたので、結局僕は問い詰めることをやめた。


「目を瞑るんですか?」


 僕は聞き返す。


「それだけでいい」


 いまいち要領を得なかったけど、僕は言われた通り目を閉じる。

 声はすぐ聞こえてきた。


「開けていいよ」


 開ける。


 どこ?


 僕は森の中にいる。周囲にはみっしりと木々や蔦が生えている。足元は茂みに覆われ、土が見えないほどだ。

 雲一つない空には背の高い木がゆらめいている。


「直径1200キロ。だいたい地球の10分の1さ」


 と、星井が言う。手には運動靴。僕の靴だ。

 渡されたのでそれをはき、後ろを確認してみる。

木のてっぺんがいくつも見える。ちょっとした崖になっているのだ。


「ここは、どこ?」


 と、僕は尋ねる。


「ここが君の星さ。ようこそ」


 どうやってこの森に来たんだろう。

 さっきまで僕は、家の台所にいた。

 そこでただ一瞬、言われるまま目を閉じただけなのに。

 星井が口を開く。


「地球では君だけがボクの姿を見ることができる。それは君の星にボクが含まれているからだ。だからこの星は、君だけが見ることができる」


 僕は何とかその言葉を理解しようとしたけれど、でもやはり納得することができなかった。


「つまり」


 と、分からない顔をしている僕に向かって、彼は続ける。


「そういうことだよ」


 煙に巻かれた気しかしない。


 彼は僕に背中を向け、草や茂みをかき分けながらどんどん向こうへ行ってしまう。

 遠ざかる彼の後ろ姿を見ながら、自分の腕を思い切りつねる。

 痛い。

 今度は足で地面をドンドンと叩いてみる。地面のずっと奥まで柔らかい土の感じがする。

 とりあえず、一応ここは現実ではあるようだ。




「そもそも」


 追いついた僕に向かって彼はそう言った。


「宇宙ガムの当たりクジというのは、これを作った人物が、自分の孫娘に引かせるためだけに作られたものなんだ。もちろんこの星も」


 星井は目の前の茂みや草を、足で踏み倒しながら続ける。


「ただ、彼女は当たりくじを引いたはいいものの、それを食べなかった。いつもの丸いやつじゃないからと言って」


 そこでいきなり振り返って僕を見る。


「それが原因で新しいくじが作られたんだよ。結局彼女が来ないと分かり、僕らはみんな悲しかったから」


 再び作業に戻る。それっきり彼は喋らない。どうやら前に進むので手一杯のようだ。

 確かに彼は半袖短パンだった。気を付けなければ、足を切ったり草負けするかも知れない。なにせ僕の父のテニスウェアなのだ。


 星井は茂みをかき分けどんどん進んでいく。結構急な勾配になっている。僕は彼のあとを付いて、近くの木の幹に手をやって進む。


 これは、いつまで続くんだろう。


 なんて思っていると、一気に目の前がひらけた。

道だ。

 黒く湿った地面が左右どこまでも伸びている。轍のあともある。


「もう少しだよ」


 その言葉を頭に受けながら、僕は呼吸を整える。


 それにしても、妙だ。


 ここまで、僕の身に悪いことが一つも起こっていない。


 普段なら、蛇に噛まれるなり蜂に襲われるなりはあって当然だ。


 おかしい。

 逆に怖い。


「みんな君を待っているよ」


 星井はそう言って、上り坂を進む。

 やがて門が見える。奈良にあるような巨大な鳥居のようだ。

 そちらに近づいていくほど周りの植物はおとなしいものになっていく。


 門の先に民家の屋根が見える。村といった感じだ。周りはすっかり拓け、原っぱがどこまでも広がっていた。

 全体的に黒っぽい家が多い。地面もどこまでも真っ黒だ。一階建ての木造の家が連なっている。庭には植木や畑もある。


 でも、どこにも人がいない。それに通る家通る家、すべての窓が板で打ち付けられている。


 空き家?

 それとも台風か何かがくるのか。


 星井はまったく気にすることなくどんどん前へと進んでいく。


 村の中央には広場があった。そこには集められた木の枝に火が焚かれ、何人かの老人が手をかざして話もせず暖を取っている。

 そんなに寒くはないのだが、彼らにとってはこたえるのかも知れない。こちらには目もくれない。


 座っている人、立っている人。布を巻いていたり、杖を身体に立てかけしゃがんでいる人もいる。20人くらい。共通点は全員が男というくらいか。

 焚火の前で僕らは止まる。ぱちぱちと音がする。温かい。本物だ。

 依然として老人たちはこちらを見向きもしない。


「君が来て、ここの住人は本当に喜んでいるんだ」


 そうは見えないけど。


「まあちょっと時間が経ちすぎちゃったけれどね。でも僕らは一生懸命家を建てて、畑を耕して、彼女――この星の最初の持ち主となるはずだった孫娘が来るのを待っていたんだよ」


 僕は言う言葉が見つからず、黙ってそれを聞いている。パチパチと薪がはぜる。


「だから、君には意気消沈する彼らを元気づけてもらいたいんだ。この星の主として」


 え


 という顔で僕は星井を見た。実際にそう声に出して言ったかもしれない。

 星井も僕が何を思ったのか知ったらしい。


「確かにここは君の星だ。でも、それ以前にみんなの星でもあるんだ」


「じゃあ、いりません。帰ります」


 こういうのは深く考えてはいけない。

 欲を出してもいけない。

 嫌だと思ったら、感じたまま断らなければトラブルになる。というか経験上、そう感じたときにはもうトラブルに巻き込まれているんだけど。


「何を言っているんだい。君はくじが当たった。そして星が欲しい旨を書いて送っただろ」


「はい。でも気が変わりました。いらないです。帰ります」


 僕はすべての感情を殺してそう言った。


「だめなんだ」


「どういうことでしょう」


「まあ君がこの星の所有権を放棄するというのなら、まあそれはそれでいい。でも、帰ることはできないんだ」


「何故です?」


「だって帰りたいなら、ここの住民もとっくの昔に帰っているだろう」


 僕は沈黙する。何が言いたいんだろう。

 そのとき、遠くの方から地鳴りのような音が聞こえてくる。

 ちょっと前から気にはなってはいた。でもそういうものだと思っていた。星井や周りの人たちなんかも気にしてないようだったし。

 それがだんだんだんだん近づいてきた。ちょっと僕らの会話も支障が出そうなくらいに。

 さらに大勢の歓声も聞こえてきた。叫んでいるのだ。サッカーの試合みたいに。


 いや、これは歓声なんかではない。


 怒号だ。雄叫びも聞こえる。

 それも、なんだかいろんな方向から聞こえてこないか?

 さらに大勢の人間が大地を踏み鳴らしている。


「始まったようだね」


 と、星井。


「なんです?」


「ああ、いま戦争をしているんだ」


「せ、え?」


「まあ君たちの世界から持っていける物も少なかったからね。いまだに馬やら剣やら槍やらが主流さ」


 なんて彼は平気な顔で言う。


「戦争?」


「そりゃあそうだよ」


 と彼は言う。

 そして火の周りの老人たちを眺める。


「彼らはもともとはこの星に最初にやってきた兵士たちの子孫さ。外で争っている彼らもね」


 行き場を失くした軍人や傭兵たちを移民としてこの星で迎え入れたのだという。


「でもそれがいけなかった。だって、この星の持ち主になる予定だった孫娘が放棄しちゃったんだから。僕らが彼女のために作っていた花束やお人形なんかがソードやハルバードや毒塗り弓矢になるのはそんなに時間がかからなかった」


 それを物語るように、耳をすませば鉄がぶつかり合う金属音もちらほらと聞こえてくる。


「今世界は六つの国に分かれて、それぞれ覇権を争っている」


「それで、あなたたちも戦っているということですか?」


「いや、ここは祭壇なんだ」


「祭壇?」


「そう。本当なら正当の持ち主である彼女がやって来て、それを迎えるためのね」


 あ、なんか、状況が分かってきた。


 でも僕は、分からないふりをして聞いた。本当は自分が間違っているものと信じて。


「じゃあ今争っている人たちは何故戦っているのです?」


「もちろん君を得るためにだよ。そして自分たちの国に迎え入れる」


 やっぱり。


「君は確かにこの星の正式な継承者だ。将棋は知ってる?」


 僕はうなづく。


「この状況を将棋に例えるなら、盤の真ん中に王将がいる。それはこの祭壇であり、王将は無論君だ」


 ええと僕は言う。自分の声ではないみたいだ。


「そしてそれを囲むように、六組の将棋の軍がそれぞれの戦略で今まさにここへ歩みを進めているというわけだ。王を取るためにね」





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