第2章 第9話 豚頭族討伐隊、出撃
翌朝。悠里達一行は早朝訓練を軽く済ませて北門広場へと移動した。北門広場に着くと、討伐隊に参加する探索者が集まっていた。
「お!相原達も豚頭族討伐隊に参加するのか!」
不意に声を掛けられ振り向くと、同じ神隠しに遭ってこの異世界へとやってきた町田一誠のグループが手を振っていた。
「一誠達か。元気にやってる……ぽいな?なんか生き生きしてんぞ?」
町田一誠、相模原太、矢部裕斗、成瀬美玖、淵野辺琴子、古淵リオン。
メンバー六人が全員揃っていて、装備も中古の貸し出し品から多少入れ替えたのか、悠里達より新しさを感じる武器を携えていた。
「あぁ、毎日楽しく魔物狩りしてるぜ!」
一誠が晴れやかに笑う。
「序盤は何をとっても素材に使えてワクワクするよな!」
原太も二カッと笑って追随するが、悠里はそれは狩ゲーの話だろうと思った。
「(あ、いや、そういえばこいつら、狩ゲー感覚で命を賭けて遊んでるグループだったわ)」
「卵の運搬クエとか嫌だけど、狩りは楽しんだ者勝ちだろう?」
裕斗が学校では滅多に見せなかった屈託のない笑みを浮かべていた。異世界を満喫しまくっているようで何よりである。
「でも卵なら【異空間収納】入るだろ?」
悠里が首を傾げて聞くと、裕斗はハッとした顔をすると同時にガッツポーズを取った。
「そうだった……!【異空間収納】さいこー!」
「ほんとそれな。換金率の良い部位だけを集めて帰るなんてせず、丸ごと持ち帰れるから効率が段違いだよな。解体場の親方には悪いけど」
祥悟も一誠達と狩り話で旧交を温めている。
そんな男子連中とは少し離れたところで、女子組がキャイキャイと姦しくおしゃべりに興じている。初対面の筈のネロ、エンリフェ、シエラも笑顔を見せている辺り、早速馴染んだらしい。
「そういえば、桜木グループのとこの二つのチームは居ないんだな?」
悠里が周囲を見渡し、他に知った顔が居ないのが気になって呟くと、一誠が答えた。
「あぁ、桜木んとこの二チームは早々に王都を出て拠点を変えたそうだよ」
「拠点を?王都にも慣れてないのに随分思い切ったな?」
悠里が驚いて一誠に振り向くと、一誠は悠里に頷き返した。
「ショーナンっていう大きな港町を拠点にするって聞いたぞ」
「えぇ……湘南なの?海ありそうな名前ですね」
「そりゃ港町だからな。海あるだろ」
一誠が悠里に「何いってんだこいつ?」という顔を向ける。
「港町ってことは海鮮料理が美味そうだな?それはちょっと羨ましいかも」
「でも毎日海鮮料理より、毎日肉料理の方が良いんでしょう?」
「それはそう。Tボーンとかトマホークとか肉塊でテンション上がる」
肉食好みの二人は頷き合って、拳合わせを交わし合っていた。
久しぶりの面子と会話を楽しんでいるとギルド職員達の声掛けで場は静まり傾聴の雰囲気が出来上がる。
「はい、皆さんおはようございます。今回の豚頭族討伐隊は、ギルド職員の同行はユーノス教官とリネット教官が担当します」
初心者研修でお世話になった教官二人が、一歩前に出て挨拶する。
「現場の記録係兼監督役を務める。場合によっては撤退の指示もあり得ることを心しておいて欲しい」
ユーノス教官がキリッとした顔で宣言した。
「続いて討伐隊の主力となる≪上級≫ランクのチームの皆さんのからのお言葉です」
ギルド職員が横に寄って場所を空けると、最前列あたりに居たグループから代表で一人が前に出て討伐隊メンバー達に向き直った。
悠里より頭一つ分くらい背が高い。藤沢とどっちが高いかな?という高身長に、戦士らしい鍛えこまれた筋肉がその身体を覆っている。赤みがかった金色の短髪で、焦げ茶色の瞳で討伐隊一同を見回していた。
「≪上級≫チーム、≪槍の穂先≫のリーダーのテセウスだ!今回は≪上級≫チーム≪送らせ狼≫のカーミラ達も参加する!今回の豚頭族の集落は将軍級か王級がいると想定されている。大物は俺達に任せろ!皆は雑魚を食い散らし、道を切り拓いてくれ!一人も欠けることなく討伐報酬で酒を呑もう!」
「おおおおッ!!」
テセウスが右手を天に突き上げて宣言すると、参加する探索者達の歓声が沸き立った。
「≪上級≫チーム、結局二チームになったのか。それは心強いね」
予定以上に手厚い陣営の様子に悠里が頬を緩めていると、一誠が悠里の脇腹を肘で突いた。
「おい、相原。≪上級≫チームの≪送らせ狼≫には気をつけろよ」
「?なんかヤバいのか?」
「酔ったフリして宿まで送らせて、性的な意味で捕食する“送らせ狼”だそうだ。被害者友の会に加入させられるらしいぞ。橋本にも注意喚起しとけ」
「え、なにそれ恥ずか死ぬ……」
◆◆◆◆
王都の北門から北の森までは、探索者ギルドの用意した馬車での移動だった。魔馬四頭曳きの大型馬車が八台の編成で、探索者は馬車一台につき二チーム一二名前後が詰め込まれている。全体で参加者が丁度六〇名と教官二名のため空きの馬車もあるのだが、そちらは帰りに増えているであろう戦果を持ち帰るための荷車である。
討伐隊のうち、二チーム一二名は魔馬車の護衛で森の入り口に残る。こちらは≪初心者≫チームと≪下級≫チームが割り当てられている。
次に≪下級≫チーム二つと≪中級≫チーム一つの計一八名が、陥没穴周辺で豚頭族を見つけ次第駆除し、陥没穴から逃げてきた豚頭族も対処する制圧部隊として配置される。
残る五チーム三〇名と教官二名が豚頭族の本拠地となっている巨大陥没穴の中を制圧する部隊である。
巨大陥没穴の拠点制圧部隊は≪上級≫チームが二つと≪中級≫チームが一つ、斃した豚頭族の素早い回収と雑魚豚頭族の対処を主目的とした【異空間収納】持ちの≪迷い人≫チーム二つである。
「陥没穴制圧部隊の≪迷い人≫二チームは、登録上≪初心者≫チームと≪下級≫チームだが、実力は≪中級≫並みに戦えると聞いている。雑魚の豚頭族相手なら心配要らないだろう。雑魚との連携がない単体の将軍級だって斃せるだろうとは思うが、くれぐれも無理はするな。戦場の片付けだけしっかりやってくれれば文句はないからな。リネット教官とユーノス教官は両チームの方についてやってくれ」
≪槍の穂先≫のテセウスの指示に、教官達も同意して配置が決められた。
「討伐隊の最前線か……。初参加なのに思い切った配置をしてくれたな?」
祥悟が悠里に言うと、悠里は苦笑いでそれに答えた。
「リネット教官とユーノス教官が吹き込んだんだろうな。やってやったぜってドヤ顔でこっち見てたぞ」
「でも普通の豚頭族や上級豚頭族じゃ手応えないし、チャンスがあれば将軍だって狩りにいくつもりでしょ?」
湊が悠里と祥悟に訊くと、二人揃って口角を上げて首肯した。そんな三人の様子をみてネロとエンリフェ、シエラは尻込みをしている。
「うぅ……。自分たちにはちょっと荷が重い気が……。死なないように頑張ります」
耳と尻尾の垂れたネロとエンリフェ、シエラは涙目であった。
◆◆◆◆
森の入り口に馬車の護衛チームを残し、森へと入って行く。
森に入ったところで、陥没穴の外の制圧班のうち、≪下級≫の二チームはそれぞれ西側と東側に別れて進み、≪中級≫のチームは陥没穴の入口に向かって先行する。その後ろを陥没穴制圧の本隊が続いていく。
道中に遭遇する魔物は豚頭族ばかりで、猛獣系や小鬼族、犬頭族すらも見当たらなかった。繁殖した豚頭族達が、森の生き物を根こそぎ食料にしているかのようである。
「豚頭族以外の魔物が居なさすぎるな?これは餌を求めて大移動する一歩手前か?」
テセウスがそう呟き、それを拾った悠里がテセウスに問う。
「この世界のスタンピードって、餌を求めての大移動なんですか?」
「いや、そうとは限らない。強力な魔物が縄張りに入ってきたせいで、棲み処から逃げ出した魔物が大移動するパターンもある」
「なるほど、今回は状況が蝗害タイプのスタンピードが起こりかけってことですね」
「あぁ、そうだな。その認識で正しい。しかし蝗害なんてよく知ってたな?“≪迷い人≫は学がある”ってのは本当なんだな」
テセウスが感心したように悠里に答える。
「知識として知ってるだけですよ。実体験はありません。それより、こっちの世界でも蝗害ってあるんですね?」
「シエロギスタン王国には殆どないよ。北の龍骨山脈を越えた向こう側、大草原連邦なんかじゃ何度も蝗害の被害に遭ってると聞くな」
「大草原連邦ですか?遊牧民と精強な騎兵が居そうですね」
「当たりだ。幼い頃から魔馬に乗り、精強な騎兵達は魔馬を操りながら騎乗で弓を射る」
テセウスの話を聞いて悠里はモンゴル帝国を想像した。
悠里や祥悟、湊とネロは雑談しながらも周囲の警戒を怠らなかったが、先行する≪中級≫チームが漏れなく片付けてしまう。結局、陥没穴の入り口まで戦闘に参加することもなく到着してしまうのだった。




