第2章 第7話 北の森、再び
王都を出た六人は北の森へと向かう。
王都の北門を出てから街道を外れて北上し、片道二時間ほどで森の外縁に到着する。
王都近辺でかつ探索者御用達の経路ということもあり、この区間には野盗の類が殆ど出ない。噂になればすぐに王都から討伐隊がやってくるし、そうでなくとも通り掛かりの探索者に狩られるケースが多いからだ。
初心者研修の頃から通い詰めている慣れた道程ではあるが、周囲の警戒は怠らない。
もうすぐ森に着くというところで、祥悟が異変を察知した。
「魔物の気配?気配的には多分豚頭族かな。森に入ったらすぐに囲めるように展開してる」
祥悟の感知後、悠里とネロ、続いて湊もその気配に気が付いた。
「気付かないフリして森に入って返り討ちかな。皆すぐに迎撃できるように警戒を」
悠里の指示に一行は気を引き締めて森に入り……。予定通りに囲まれた。
「ブヒヒッ」
楯と斧で武装した上級豚頭族が堂々とした振る舞いで正面を塞ぎ、口を裂いて勝ち誇るように嗤う。
それに追随するように周辺から上級豚頭族と豚頭族が周囲の木陰や繁みから顔を出してわらわらと現れて近寄ってくる。数にして一八体の気配を数えた。
「上級豚頭族?若干違う気がするけど」
悠里が首を捻り、ネロが何か思い出したように口を開いた。
「上級豚頭族の騎士クラスってやつじゃないですかね?」
「ふ~ん。将軍未満にも種類があるんだ?」
ネロからの情報でなんとなく納得した風に頷く悠里。
「あるらしいですよ?格闘家とか。区別なんて殆ど学者の範囲みたいですけど」
「ふーん。あれ?近接武器の豚頭族しかいないね?」
周囲を囲う豚頭族達を見渡して、湊が残念な生き物に溜め息を吐いた。
正面にいた楯と斧で武装した上級豚頭族の騎士(仮)が斧を振り上げ、雄叫びをあげた。
「ブギャアアアッ!!」
せっかく包囲しているのに魔法や弓矢による攻撃もなく、一斉に襲ってくる豚頭族達。
「丁度良い、剣の練習をさせてもらおうかな」
悠里が大身槍を【異空間収納】に収めて、腰に佩いた長剣を抜いた。
「良いね。俺もそうしよ」
祥悟も腰に佩いた長剣を抜く。湊の剣の指導を受けるようになってから、小剣の二刀流スタイルをやめて長剣を使うようにしていた。
前に悠里、左に祥悟、右に湊、中央にエンリフェとシエラ、後方にネロが迎撃態勢をとった。
「エンリフェとシエラはネロのフォローを中心に頼む」
「「了解」」
そこからは包囲殲滅を狙って一斉に襲ってくる豚頭族の集団に、内側から食い破るが如く剣を振り回す戦いがはじまった。豚頭族達は数を笠に着て何の工夫もない突撃である。そして少数の敵に近接武器の多数で迫る以上、豚頭族達が詰まって順番待ちのようになっている。
「ふっ!!はっ!!」
一撃で人間を殺そうという意識がそうさせるのか、剣や斧、棍棒を持った豚頭族はほぼ必ず上段に振りかぶって唐竹割に斬り下ろしてくる。“振り上げて、振り下ろす”という二アクションで近付いてくるため、相手が振り下ろしてくる前にがら空きの胴にや首に剣を突き刺しては前蹴りで突き放し、自由になった刃で再び刺突で迎え撃つ。
「ブルァァ!!」
自分の手下がどんどん殺されていくのに苛立った楯と斧の豚頭族が、斧を振り上げて悠里に迫る。
悠里は斬り伏せた手近な豚頭族達を【異空間収納】に収めて場を作り、上級豚頭族の騎士(仮)を迎え撃つ。
何の工夫もない膂力任せの斧の振り下ろしを、体捌きで回避する。
両手持ちの中段に構えた長剣の突きを、肩ごとぶつかる勢いで豚頭族騎士(仮)に突き込んだ。
長剣は深く突き刺さり、悠里が豚頭族騎士(仮)に前蹴りを食らわせて後ろへ下がらせると同時に、刺さった刃を捻りながら引き抜いた。左肺に深手を負って蹴り飛ばされた豚頭族騎士(仮)がふらふらと後ろに下がり、ぽかんとした理解が追いついていない表情をみせる。
それに構うことなく、悠里は上段の右薙ぎで豚頭族騎士(仮)の首を刎ね飛ばした。
悠里が前方の敵を殲滅し終わった頃、周囲を見渡すと他のメンバー達も戦いをほぼ終えて片付けに入っていた。
ネロの担当していた後方に残っていた豚頭族は、先に担当範囲を終わらせた湊がフォローに入って殺し尽くした様子だった。
「森に入った瞬間から豚頭族の待ち伏せとか、豚頭族の勢いがマシマシですね?」
シエラの感想に皆が頷いた。
「それね。討伐隊が動く前に森から溢れるかも?」
エンリフェも豚頭族の活動範囲の異常を感じていた。
「とりあえず予定通り進んでみよう。状況があまりに悪いようならそれはそれでギルドに報告に戻らないとだし、確認は必要だ」
悠里が現場の掃除を終わらせて言うと、皆で陣形を再形成して北側へと向かって移動を開始した。
その後も豚頭族との遭遇率が高く、ついこの間と比べても明らかに異常な数が森に出てきている。というか、小鬼族や犬頭族がいるはずのエリアが既に豚頭族に乗っ取られている。
「ギルドの調査隊の報告だと集落の規模は総数三〇〇体という推測だったよね?今日だけでもう
六〇体くらいは斬った筈なんだけど……」
湊が眉根を寄せながら不安げな顔で溢す。
「集落の戦力を大幅に削った……っていうなら良いですけど、どうやってか更に増えてるのなら不味い気がしますね」
ネロが鳥肌でも立ったのか、二の腕を擦りながら顔を顰めた。
巨大陥没穴の入口の大岩の辺りが見えるところまで進むと、今までと違い出入口に見張りの豚頭族が立っていた。
「見張りまでいるな」
祥悟が遠目に見える見張りの豚頭族をみて渋い顔をしている。
「どうする?討伐隊任せってことにするなら、あの見張りはスルーして森の奥に向かうか?」
「……そうだな。あれはもう討伐隊の範囲ってことで良いと思う。このまま東側に進んで巨大陥没穴を回り込んで、その後に北に進もう」
悠里の指示に祥悟が頷き、東へと回り込むルートで祥悟が先行しはじめた。
東側へ回り込むルートで進行中も豚頭族の集団とよく遭遇し、戦闘になった。森の入り口にいた一八匹もいるような大集団はいないが、四匹から五匹くらいの小集団で狩に出ているようなのを二つ三つと潰して回った。
北上して食人鬼族出没地帯にまで抜けると、豚頭族の出現がぴたりと止まり、食人鬼族を見つけた時には思わずほっとした。
「食人鬼族地帯は豚頭族に汚染されていないな。ちょっと安心した」
悠里の言葉に、皆が心の中で同意する。
最初に見つけた食人鬼族も、今回は大身槍を封印して長剣で戦ってみた。何時もより間合いを詰めないと攻撃が届かないため、間合いの管理には苦戦した。
しかし実戦で使ってみて分かったのが、大身槍より長剣の方が氣を纏わせやすいということだった。
身体の延長として手に握った武器に氣を流す際、物体の大きさ(長さ)が原因で、身体から離れれば離れる程に氣は弱くなり、纏わせ難くなる。
他者に氣を体感させるのも相手に触れている必要があるのだから、気付けば当然の結果だった。
「間合いのせいで槍の方が戦いやすいけど、切断力は剣の方が出しやすいな」
祥悟の感想に湊と悠里も頷いた。
とはいえ、剣と同等くらいに大身槍に氣を纏わせられるように習熟すれば、また優位はひっくり返りそうだとも思うのだが。
それと、刃が通らない程に硬い相手に使う鈍器も、ゆくゆくは揃えていきたいと思う。
その後、北側(森の奥側)に向かう道中で見つけた食人鬼族で試し斬りをしていった。大身槍では一撃で首を刎ねられなかった祥悟と湊も、長剣でなら首を刎ねることに成功していた。
「大身槍よりすぐれた携帯性に取り回しのし易さ、氣によって引き上がる切断力の差。街中やギルドで剣を装備してる人が多いのもこれが原因かね?」
祥悟の推測に湊と悠里はありそうな話しだと思った。
凸凹の多い地帯を抜けて比較的地面が平らな場所に出たところで、少し遅い昼食休憩にした。
祥悟がテーブルに椅子、コップと取り出して用意を進めていると、湊からリクエストがでた。
「昼食は≪蜂蜜果実亭≫で作ってもらったシチューにしない?」
「いいね。そうしようか」
悠里が湊に同意してスープ皿を用意すると、大鍋を取り出してシチューをよそっていく。
全員分の配膳が終わると大鍋はすぐに【異空間収納】に収めておく。【異空間収納】に収めておけば時間の経過が止まるので、温かいまま保存しておくための生活の知恵である。
「やっぱり温かいご飯は美味しいです!」
ネロが機嫌よく尻尾を揺らしながら食事に舌鼓を打っていた。
「狩場でこういう食事が出来るのは本当にありがたいですね」
シエラとエンリフェも同じ意見のようで、ネロに頷きながら美味しそうに食事をしていた。
「うん。作ってくれた女将さんに感謝だね」
湊も満足そうにシチューを食べている。買ってきたパンをシチューに浸して食べたりと楽しんでいるようだった。
食事が終わると食器は【清浄】で汚れを落とし、食器類とテーブルや椅子も【異空間収納】にしまっていく。
あっという間に食事をしていた痕跡を消すと、最後に【消臭】をかけてその場を離れた。
昼食後は北に進みながら食人鬼族を狩っていく。今日は直剣の実戦経験を積むつもりなので、引き続き一振りの剣で戦っている。
食人鬼族は基本的に単体行動が多く、前衛三人で一匹を囲む形になる。こうなると敵に狙われている者が自衛に集中しつつ、他二人は死角から攻撃が出来てしまう。
以前は死角から攻撃しようが硬くて刃が通らず浅い傷しか与えられていなかったのだが、氣の練度が上がってきたことで攻撃が通るようになり、劇的に討伐効率が向上していた。
脚の腱も一振りで斬れるし、腱を断ってしまえば体勢を崩して頭が降りてくる。斬りやすくなった首を刎ねるのも容易になった。
防御に回る者も、食人鬼族の攻撃を仕掛けてきた腕の手首を落としたりと、間合いを犠牲に氣の出力が強化された刃を振れるため、はじめての実戦にしては戦闘効率は悪くなかった。
食人鬼族地帯を更に奥に進んでいくと、リネット教官の言うところの≪脚の長い大きな鳥≫を見付けた。猛禽類の頭と爪を持ったダチョウ、というイメージ通りのフォルムをしている。因みに正式名称は聞いていない。
胴体の位置は馬の背くらいに高く、長い首を伸ばして樹上に生っている実や小動物、虫などを啄んでいる。雑食らしいのだがその嘴や顔つきは猛禽類のそれであり、一度敵対すれば上からは凶器のような嘴による啄み攻撃、下からは頑丈な脚での蹴りや鋭利な爪での引っ掻き、鷲掴み攻撃と、上下をどちらも警戒する必要があるだろう。
「お肉が美味しいらしい鳥ですね?楽しみです」
ネロの眼光に食欲の光が灯る。
斥候で先行していた祥悟のところまで皆で移動すると、不意に≪脚の長い大きな鳥≫が悠里達に振り向いた。その眼は確実に悠里達を見ていた。見つかったと、一瞬で悟る。
≪脚の長い大きな鳥≫は翼を広げ、バサバサと広げて威嚇のような仕草を見せると、次の瞬間には悠里達目指して駆け出していた。
「はっや!?」
ここまで祥悟の斥候で見つけた後は悠里達のタイミングで戦闘を仕掛けてきたのだが、完全に初手を取られる開戦となった。
先頭にいた祥悟に啄み攻撃が振り下ろされる。祥悟は咄嗟に剣で受けるが、金属同士を打ち合わせたかのように火花が散り、勢いも殺せず圧し切られそうになる。
横から悠里と湊が≪脚の長い大きな鳥≫の長い首筋を狙って斬り下ろしを振るうが、≪脚の長い大きな鳥≫は背後に跳ねてそれを躱してしまう。
「なんか、思ってた以上に強い……?」
祥悟が冷や汗を掻きながらそう言うと、湊も緊張感を滲ませて同意した。
「そうね……。今のは危なかったわね」
「リネット教官……。そういえばギリギリ斃せる食人鬼族と戦わせるようなスパルタ教官だったわ」
悠里が≪脚の長い大きな鳥≫の次の挙動を注視しながらそう言うと、祥悟が乾いた笑いを浮かべて首を横に振った。
「ハハハ、そうだったな、忘れてたよ」




