第十話 ~狂乱の体育祭~ ⑫
第十話 ⑫
体育館裏を後にした俺と空さんは、山野先生の居る場所へと向かっていた。
「そ、その……悠斗くん?」
「はい、なんですか?」
心配そうな顔で俺を呼ぶ空さん。
あぁ、もしかして殴られた頬のことを気にしてるのかな?
「ほっぺたは腫れてるけど、大丈夫じゃ無いよね?」
「あぁ、こんなのは大したことじゃないですよ。歯を食いしばってたので口の中は切れてないですし」
朱里に噛まれた舌の方が痛いくらいだよ……
俺は笑いながら、空さんに言葉を続ける。
「空さんの味をたっぷりと堪能出来るキスしたと思えば、安いもんだと思いますよ」
「き、君ってやつは……っ!!」
空さんはそう言うと、顔を赤くしてそっぽを向いた。
そんな話をしていると、先生たちが待機しているテントへと辿り着く。
「山野先生は居ますか?」
俺がそう言うと、数学の根岸先生が俺を見て笑っていた。
この先生が笑うのは珍しい。
「山野先生なら今席を外している。話があるなら私が聞こう。痴情のもつれで殴られた。そんな所だろう?」
「あはは。名誉の負傷。と言ってください」
俺がそう言うと、根岸先生が言葉を返す。
「さて、桐崎。誰に殴られた?お前のことだ。殴り返すなんて真似はしてないんだろう」
「もちろんですよ」
俺はそう言うと、スマホに撮ってある写真を先生に見せる。
「蒼井生徒会長のクラスメイトの方です。生徒会長から、彼に何度も告白をされていて迷惑だ。と相談を受けて、体育館裏へと同行しました」
「蒼井。間違いは無いな?」
「はい。間違いありません。彼が話していることは全て事実です」
空さんが首を縦に振ったのを見て、話を続ける。
「同行した先で、彼からは「クソ野郎」と早々に罵倒を受けました。まぁ身に覚えがあるのでなんとも思いませんでしたが」
「クソ野郎なら優しいくらいでは無いか?」
俺の言葉に笑って先生が返してくれた。
「そうですね。まぁそれで彼の目の前で生徒会長とキスをしました」
「ゆ、悠斗くん!?」
驚いた目で俺を見る先生と空さん。
「彼を諦めさせるには、脈は無いと思わせるしかありません。蒼井空は既に俺の女だ。そう思わせることにしました」
「そうしたら、逆上したその生徒に殴られた。という訳だな」
俺は先生の言葉に首を縦に振った。
「おっしゃる通りですね」
俺がそう言うと、先生は笑って言った。
「殴られる前提で話を進めたな?」
「……そんなことは無いですよー」
そっぽを向きながら俺はしらばっくれる。
その様子に先生は、
「お前を殴った生徒には然るべき罰を与える。それは私が約束をしよう」
そう答えてくれた。
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
「そして、お前にも罰を与える」
「……え?」
ま、マジかよ!!一体どんな罰が……
そんな俺に、先生はニヤリと笑って言った。
「藤崎朱里と黒瀬詩織には、桐崎悠斗が蒼井空と体育館裏でキスをしていたようだ。そのように伝えておこう」
「そ、それはかなりの罰ですね……」
俺が震えながらそう言うと、
「女遊びも程々にするんだぞ?桐崎悠斗」
そう言って先生は校長と教頭の所へと歩いて行った。
「……殴られた頬より痛いことが起きそうだ」
「あはは……まぁ僕としては君とキスが出来て、厄介な男に付きまとわれなくて済むようになった。いい事づくめだね」
「あはは……空さんが満足していただけてるのでしたら幸いです……」
そう言って俺は放送席へと戻って行った。
「さて、悠斗くん。空とのキスはどうだったかな?」
「最高でしたね。役得を感じてきました」
放送席へと戻ってきた俺に、怜音先輩がニヤニヤ笑いながら問いかけてきた。
俺はそれに正直に答えておいた。
「あはは。もはや君にとってはキスくらい誰とでも出来る感じなのかな?」
「そんなことは無いですよ?求められない限りはこちらからはしません。俺からするのは朱里と詩織さんだけですよ」
そう答えると、怜音先輩はニタリと笑う。
「じゃあ私が「悠斗くんとキスがしたいなー」なんて言ったらしてるれるのかい?」
「したいんですか?」
俺が彼女の目を見ながらそう言うと、
「興味はあるね。少なくとも私は君に対してそういうことをしても構わない。と思う程度の感情は持ってるからね」
少し思案をした怜音先輩はそう話した。
「したくなったらいつでも声を掛けてくださいよ。貴女との交渉のカードの一枚になりそうですから」
「あはは!!やはり君はいいね。君とそういうことをする時は、きっと交渉の一環としてすることになるだろうね」
そんな話をしていると、大縄跳びの結果が出た。
うちのクラスは星くんのクラスに次いでの二位だった。
うん。悪くない順位だな。次の綱引きで結果を残せば学年優勝が確定する。
「私のクラスも君のクラスも、次の綱引きが勝負になりそうだね。ここで良い成績を残せば学年優勝だ」
「そうですね。お互いに頑張りましょう!!」
俺と怜音先輩はがっちりと握手をした。
そして、怜音先輩がそのまま俺の耳元で小さく囁いた。
『体育祭が終わったら新聞部の部室で君を待ってるよ』
「じゃあね!!悠斗くん!!」
怜音先輩は手を振ってグラウンドへと駆けて行った。
その様子を見ながら俺は、
「本当に。俺は死んだら地獄行きだな……」
そう呟いた。




