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第十話 ~狂乱の体育祭~ ⑪

 第十話 ⑪




 男女混合リレーで一位に輝き、俺は意気揚々と放送席に戻って来た。


『中々かっこよかったじゃないか、悠斗くん!!』

『見せ場を用意してくれた仲間たちのお陰ですよ!!』


 負けたクラスの男子生徒がクラスの中で叩かれていた。


 何負けてんだよ!!

 陸上部だろ!!

 根性が足りねぇよ!!


 なんて声が聞こえてきた。


 あのモブ。陸上部だったのか。

 まぁ、関係ないな。男だし。


『次は怜音先輩の番ですね!!頑張ってください!!』

『空と一緒にかっこいいところを見せてやんよ!!』


 なんて言いながら、怜音先輩はグラウンドに出て行った。


 それを俺が見送っていると、


「随分と楽しんでるじゃないか、悠斗くん?」

「……空さん」


 俺の後ろから空さんの声が聞こえてきた。


 振り向くと、彼女はニコリと笑っていた。


「藤崎さんと黒瀬さんのことをああして公にしたのは、計算通りかい?」

「計算通りではありませんが、ああするしか無かった。とは思ってますね」


 俺はやれやれと手を横に振る。


「まぁ、お陰で男子生徒からは罵詈雑言のオンパレードですね。びっくりしたのが、比較的女子生徒からは批難が聞こえてこないことですね」

「それは、あれを見たら『自分にもワンチャンあるかも知れない』と思ったからじゃないかな?」


「あはは。俺の身体は一つしかありませんので、もうこれ以上は無理ですよ」

「そうだね。君にはもう何も残ってない。出涸らしのような『時間』すら僕に渡してしまったからね」


「それで、空さんはどうしてここに来たんですか?何か言いたいことがあったのでは?」


 俺がそう切り出すと、空さんは少し困ったような表情をした。


「男女混合リレーが終わったら、君の『時間』を少し僕にくれないかな?」

「……なるほど。構いませんが、理由を伺っても?」


「はぁ……これでも僕はモテる人間でね。告白と思われる呼び出しを受けている」

「彼氏のフリでもしろ。って話ですか?それは悪手だと思いますよ。だって、今の俺は藤崎朱里と黒瀬詩織とあんなことをする人間だと周知されてますよ」


 俺がそう言うと、空さんは苦笑いを浮かべる。


「そんな君だからこそ、連れて行きたいと言えるんだよね」

「どういう意図があるんですか?」


「僕を君の女だとしてもらいたい」

「…………本気ですか?」


「あぁもちろん、本気だとも。あの二人だけじゃなくて、君は僕も手篭めにしている。そういうていで話を進めていこうと思ってる」

「空さんがそこまでする。という事は、その告白をする男性は、一回や二回の話では無いんですね?」


 俺がそう言うと、空さんはため息をついた。


「そうなんだ。何回振っても諦めてくれなくてね。ほとほと嫌気が差しているんだ。僕が君の女だとしてくれるなら、その人のヘイトは君に向くだろ?」

「しれっと酷いこと言ってますね」


「あはは。今更男子生徒の一人や二人に嫌われても変わりはないだろう?」

「まぁ、そうですね。……わかりました。空さんの依頼は受けますよ」


 俺がそう言うと、空さんは笑ってグラウンドへと走った。


「ありがとう、悠斗くん!!じゃあ僕はリレーに行くよ!!」

「はい。頑張ってください!!」


 一位を取ってくるからね!!


 そう言って空さんは怜音先輩らが待つ場所へと向かって走った。



 そして、空さんと怜音先輩の宣言通り。

 二人のチームは一位に輝いた。




「じゃあ、悠斗くん。悪いけど着いてきてくれるかな?」

「はい。体育館の裏ですか」


 ベタな場所だな。


 そう思いながら俺はついて行く。


 とりあえず、放送は怜音先輩に任せて来た。


 事情を話すと、


『なるほど。そういうことなら仕方ない!!行ってくるがいいよ!!貸しは無しにしてあげるよ』

『あはは。助かります』


 そう言ってくれた。


 そして、俺は空先輩と共に体育館の裏へと辿り着く。


 そこには前回、怜音先輩に会いに行った時に彼女のクラスで見かけた男子生徒が居た。


 ふむ。クラスメイトか。


 そんなことを思いながら、俺はその男性を上から下まで見る。


 背は俺より低い。筋肉もついてない。姿勢も悪いな。

 髪型だって気にしているような感じもしない。

 眉毛だって整えてない。

 自分を磨く努力が感じられないな。


 え?これで空さんと付き合えると本気で思ってるのか?


 そう思っていると、その名前も知らないモブが空さんに話し掛けてきた。


「蒼井さん!!なんでそんなクソ野郎と一緒に居るんですか!!」


 おー。いきなり罵倒から入るとはなかなか豪胆だな。


 俺は特に気にすることも無く、モブの言葉を聞いていた。


 空さんはその言葉に少しだけ眉をひそめて言葉を返す。


「はぁ……悠斗くんは君より一万倍は良い男だよ。クソ野郎なんて言葉は訂正してもらおうか?」

「いや、空さん。俺がクソ野郎なのは間違いないですよ?」


 俺が笑いながらそう言うと、空さんは呆れたようにため息をついた。


「いやいや。罵倒の言葉をそんなに笑って受け止めるのもどうかと思うけどね」

「でも、考えてみてくださいよ、空さん。藤崎朱里と言う彼女がいるのに黒瀬詩織とも関係を持ってる。そんなのクソ野郎以外の何物でもないですよ。あはは!!」


「お、俺を無視してるんじゃねぇよ!!」


「「あ」」


 そうだ。俺の仕事はこのモブに『蒼井空は俺の女だ』と知らしめないといけないんだった。


「えと……すみません。何さんですか?」


 俺はとりあえず先輩なので敬語で話しかける。


「お、お前に教える名前なんか無い!!」

「そうですか。じゃあ『モブ』さん」


 教えてくれないなら仕方ないな。モブでいいや。


「はああああ!!!!????」

「え?なんで怒ってるんですか?教えてくれないんですから仕方なく無いですか?」


「悠斗くん……楽しそうだね……」


 はい。楽しいです。


「ほら。モブさん。空さんに告白するつもりなんですよね?何回も振られてるのに諦めない姿勢だけは評価しますが、もう少し自分を磨いたらどうですか?」

「う、うるせぇ!!!!!」


「あ、すみません。黙ります!!ではモブさん!!告白をどうぞ!!」


 俺はそう言って手を差し出した。



「こ、こんな雰囲気で言えるかよ!!」

「え?俺なら出来ますよ?」


 俺はそう言うと、空さんの身体を抱き寄せる。


「……ゆ、悠斗くん!?」


 驚く空さんの耳元で囁く。


『お前は俺の女なんだろ?』


「……っ!!??」


 彼女の顔が真っ赤に染る。


「蒼井空。お前は俺の女だ」


 俺はそう言って彼女にキスをした。



「なあああああああああああぁぁああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!????????」


 モブの叫び声が体育館の裏に響いた。



 その声をBGMに俺は空さんの味を楽しんだ。


 そして、たっぷりと堪能した後に、俺は唇を離す。


 目の前には目をトロンとさせた空さんが居る。


『満足して貰えたかな?』


 と耳元で囁いた。


「……はい」


 俺は空さんから視線を切り、目を見開いているモブに言う。


「悪いけど、空はアンタの告白は受けられない。なぜなら俺の女だからな」

「お、お、お前は……」


 モブは震えながら叫ぶ


「何人の女に手を出せば気が済むんだよ!!」


 そう言って拳を振り上げてきた。


 よし、チャンスだ!!


 俺はそのモブの拳を避けることなく、歯を食いしばり、頬で受け止める。


 大して鍛えてない人間の拳なんか痛くない!!

 歯を食い縛れば耐えられる!!


「ゆ、悠斗くん!!」


 思いっきり殴られた俺に、空さんが心配そうに叫ぶ。


 大丈夫です。狙い通りです!!


「……あーあ先輩。俺を殴ってしまいましたね?」

「な、殴られて当然のことをしてるだろ!!」


 ははは。バカだな、この人は。

 人を殴っていいのは、殴られた時だけだよ。


 さて、仕上げに入るかな。


 俺はスマホを取り出して、モブの男子生徒の写真を撮る。


 そして、殴られた自分の写真も撮る。


「な、何してんだよ!!」

「え?先生に言うんですよ。先輩から体育館の裏に呼び出されて、殴られました。ってね」


 俺は冷めた目でモブを見ながらそう言い放った。


「写真を撮ったのは証拠を残すためです」

「お、お前が悪いんだろうが!!」


「……はぁ。それを決めるのは第三者ですよ。俺が悪いのか、貴方が悪いのか。俺はこの証拠を持って先生に言うだけです。貴方は先生に何を言うつもりですか?」


「彼女でもない女性が男と目の前でキスをした。その人は自分の想い人だったから、その男を殴った」


「この状況下で自分が悪くない。と言えるのは凄いですね」


「まぁ好きにしたらどうですか?」


「一つだけ言えるのは、暴力事件を起こした生徒が、希望する進学をできるとは思わないことですね」


 モブが膝を着くのが見えた。ようやくことの大きさが理解出来たか。


 俺はそう言うと、モブに背中を向ける。


「さて、空さん行きましょう。山野先生に相談しようと思います」

「う、うん……」



 俺はそう言って、空さんと一緒にその場を去った。





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