第八話 ④ ~朝練を終えた朱里と……~
第八話 ④
「悠斗!!いつものくれ!!」
「あいよー」
俺の詩織さんへの『独占欲』を見たクラスメイトたち。
教室にはその異様さが空気となってたちこめていた。
それをかき消すように、健のいつもの声が響いた。
「いーんちょー私にもちょーだーい」
「おっけー」
そんなことを言いながら、俺はカバンの中からいつもの水筒と紙コップを取り出す。
「朱里も飲むよね?」
俺はそう言って、彼女に問いかけると
「んー私はこっちを貰おうかな?」
「……え?」
ニンマリと笑いながら朱里は俺の前にやってくる。
「悠斗を貰おうと思うんだー」
「……はい?……んぅ」
紙コップと水筒を持ったまま、両手がふさがった間抜けな表情の俺に、朱里が唇を押し当てる。
クラスメイトたちの黄色い声が聞こえる。
あはは。こういうのって苦手じゃなかったけ?
俺はものを持ったまま朱里の身体を抱き寄せると、より強く唇を押し当てる。舌は入れない。流石にそれは自重した。後ろから、殺意が込められた視線を感じるが、まぁ当然だろうな……
そして、唇を離した朱里は満足そうは顔で俺に言う。
「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
ニヤリと嗤う朱里の視線が、詩織さんへと向けられている。
『あなたにはこんなこと出来ないでしょ?』
とでも言いたげだ。
「朝からラブラブで羨ましいですね?」
と、詩織さんは笑顔でその視線を返した。
「そうだね。私は悠斗の『彼女』だからね?」
ギリッ……
そんな音が聞こえてきそうな背後の雰囲気に、教室が静まりかえる。
パン!!
「「!!??」」
俺は手を叩いて教室の空気をリセットする。
その音に、朱里と詩織さんも驚いたように俺を見た。
「ここは教室だよ?」
『お前が言うなよ!!!!』
と言うクラスメイトの声が聞こえてきそうだ。
「ごめんね、悠斗。ちょっと熱くなってたみたい」
「すみません、悠斗くん。私も少し冷静では無かったようです」
二人はそう言うと、反省を言葉にした。
「じゃあちょっといつものやつでも飲んで心を落ち着けようか」
俺はそう言うと、スポーツドリンクを紙コップに注いでいく。
人数分を配り終えると、最後に残ったものは俺が飲み干す。
冷たいドリンクが喉を通ると、興奮していた身体の熱が引いて行った。
「うーし、お前ら席に付けー」
そうしていると、山野先生が教室へと入って来た。
チャイムが鳴り、朝のSHRが始まる。
「そろそろ体育祭が近づいてきたからな、練習は進んでいるか、桐崎?」
「はい。大縄跳びは縄を回さない練習方法を試していて、成果が出てるように思えます。リレーに関しては、藤崎さんの捻挫が治ったので、これから練習を始めるところです」
俺がそう答えると、山野先生はニヤリと笑う。
「縄を回さない練習方法というのは面白いな。ちなみに今日の六時間目のLHRの時間は体育祭はの練習に当てて良い。となっている。縄の争奪戦になることが予想されてるが、そういうことなら練習が出来ない。ということも無いだろう」
ちなみに縄を回さない練習方法とは、縄が回される合図に皆でタイミングを揃えてジャンプする。という練習だ。
これなら、縄につっかえて練習が止まったり、誰かが罪悪感を抱えることも無くなる。
タイミングを揃えて飛べるようになれば、縄を回した時に飛びやすくなる。
それに、飛ぶ体力も同時に鍛えられる。
石崎にはこの間、この練習方法を教えていた。
どうやら真面目に練習は続けてるらしく、連続で100回程はタイミングを揃えて飛べるようになってるらしい。
「それでは朝のSHRはこれで終わりにする。LHRの内容については、桐崎のほうで考えておけ。あと、桐崎。お前は昼休みに進路指導室だ」
「……え?何も問題は起こしてませんが?」
俺のその言葉に、山野先生が笑う。
「生徒会の予算の件で話がある。金の話になるからな、詳しくはここでは話せない」
なるほど。そういう事か。
「わかりました。昼休みに向かいます」
俺れはそう言って了承を伝えた。
「よし、では桐崎。号令だ」
「はーい」
そう言って俺はいつものように号令をかけた。
体育祭。なんの問題も起きないで、終わるとは思えないんだよなぁ……
なんてことを思いながら、LHRでの練習内容を考えることにした。