第三十一話 村長の悪巧み
「いったい俺は、異世界で何をやっているんだ」
「どうしたタクミ?」
魔物の森を取り戻す王塚奪還作戦の準備が一段落すると、気が緩んだせいもあり我に返る。
俺は今、サブと一緒に森を抜けて池梟に向かっている。
魔物の森のモンスターは、森の外周から大きく外れなければ、人間の往来を見て見ぬふりをしているので、こうして二人だけで移動しても襲われる心配がない。
そうした安堵感もあり、自分の現状について考えてしまう。
回復も攻撃魔法も中途半端な俺に与えられた仕事は、池梟の物見櫓から戦況を確認して、それを森や魔王の支配地で戦う彼らに伝えることだ。
サブは池梟から冒険者や自警団を引き連れて、モンスターを森から遠ざける任務だった。
後方待機は索敵能力と判断力を評価されたと思いたいが、どう考えても半端者に与えられた半端な役回りである。
「よく考えたらサブに再会できたんだし、俺が異世界人のために戦う理由もねえんだよ」
「どうしたんだ?」
「俺たちは、なんで赤の他人のために働いているのかね。サブには、その理由がわかるかい?」
「わかんねえよ」
「即答かよ……まあサブには、こっちの世界にカノジョが出来たんだし、細かいこと考えなくても、やることやってんなら稼ぎは必要だもんな」
でも幼い頃に両親を事故で亡くした俺は、引き取られた親戚の家に妹を残して飛び出すと、せっかく入学した夜学も、児童相談所も卒業を待たずして逃げ出した。
まだ幼かった妹の面倒や大学進学の夢も投げ出して、逃げて、逃げて、行き着いたのが池袋サンシャイン通りで、女の子に声をかけるキャバ嬢のスカウトマンだった。
そんな中途半端に生きていた俺が、なんで異世界のために必死にならなきゃいけないのか、その明確な答えが出せずにいる。
「タクミは、いつだって生きることに必死だから、理由なんて考える必要ないんじゃね」
「いやいや、俺は流されて生きてるよ」
「そうか?」
サブは大きな瓦礫に登ると、後からくる俺に手を貸してくれた。
この瓦礫が王塚の街壁だったとすると、縦坑のある王塚結界は直ぐ隣の森の中なのだろう。
測量したわけじゃないけど、森の地下20メートル付近を起点に魔物の気配を放ってみる。
「おっと、こいつはビンゴだ」
「何が?」
「この目立つ瓦礫の下が、モンスターの掘っている縦坑だぜ。敵の数は……地下で待機してる隊列の最後尾は効果範囲外でわからないけど、少なく見積もっても万単位だね」
「多すぎて笑っちゃうな!」
「縦坑の位置は、ギルバートさんに報告しておくよ。それにしても、こんなのが地上に溢れてきたら、流石の寅吉さんでも相手に出来なかっただろうね」
そう言えば、パアナ二階に引き篭もっている寅吉には、新王塚迷宮の調査から帰ってきて、まだ一度も顔を見ていなかった。
鰐島は『戦争前に女としっぽりやってんだろう』と、下衆の勘繰りで誤魔化していたが、あの人の性格だと、そんな色事にうつつを抜かすはずがない。
酒場で見かけるモリリンも、何処か浮かない表情だったし、俺たちには言えないトラブルを抱えているんじゃないのか。
俺としたことが、こんな違和感を見逃すなんて、戦う理由なんて余計なことを気にしなきゃ良かった。
※ ※ ※
古巣の池梟に戻った俺たちは、前乗りしていたサンザと合流したが、酒場で募集した冒険者のドタキャンが相次いでおり、自警団の派遣を要請している村長の反応も鈍いと言う。
池梟の村長と寅吉は折合いが悪かったものの、弱気な性格の村長が勇者の依頼を無視できると思えなかった。
「サンザさん、村長の野郎はどこにいるっす。寅吉兄貴の頼みが聞けねえってんなら、おいらが殴ってでも言うこと聞かせるっすよ!」
「サブくん、何でも拳で解決しようとするのは良くない。村長が首を縦に振らないのは、勇者クレイジータイガーがモンスターに臆して作戦に参加しない……という噂のせいなんだ」
「はあ? 寅吉兄貴が化物にびびるわけねえっす。兄貴が暴走族の頭だったとき、千台のパトカーと白バイをボコした伝説を知らねえから、そんなくだらねえ噂を信じるんすよ」
その伝説が本当ならば、寅吉は刑務所暮らしだよ。
サブの尾ひれはひれの付いた与太話はともかく、あの人が敵前逃亡なんてするはずがない。
しかし『火のないところに煙は立たない』と言うし、噂の発信源が素鴨ではなく、池梟なのは気になるところだ。
「サンザさん、池梟は半年暮らしていた古巣なので、俺には村長のパイプもあるし、地元の冒険者なら顔が効くんです」
「そうなのかい?」
「この先にアキナって女主人の営む宿屋があるので、そこで俺の報告を待ってて下さい」
「わかった」
サブは寅吉の愛人だったアキナの宿に行くのが気不味そうだったものの、この街で村長と対立する可能性があるのならば、女主人の宿は最適だと思った。
宿に向かう二人を見送った俺は、懇意にしていた村長のドラ息子を訪ねて、彼の父親が自警団の派遣を渋る理由を聞いた。
「タクミちゃんだってさ、あんな寄生虫みたいな勇者と旅したくなかったんだろう。あと数日、黙って見てれば勇者のやつ死んじまうって話だ」
「どういう意味だ?」
池梟に居座る寅吉を追い出すために、遊び人だった俺に三日で魔法を仕込んだドラ息子は、俺が今でも勇者との旅を嫌っていると考えたようだ。
彼は『俺も噂しか知らねえけど』と前置きしたが、その口調に確信めいたものがある。
「勇者クレイジータイガーは病気らしいが、医者が持っている特効薬が、明日の開戦までに間に合わないって噂だ」
「寅吉さんが病気? 特効薬が間に合わない?」
「だからよ、勇者不在の王塚奪還作戦は失敗に終わるわな。そんな戦場に、オヤジは自警団を派遣出来ねえし、村の冒険者たちも参加を見合わせているのさ」
「なるほど……寅吉さんは病気で引き篭もっていたのか」
「タクミちゃんも、これで寄生虫ともお別れできんだぜ?」
俺はドラ息子の胸ぐらを掴むと、ヘラヘラしている顔を殴ってやった。
壁際に吹き飛んだ奴の首に錫杖を押し当てると、覚えた火球の理を掌で発動させる。
「いッ、いてえじゃんか!?」
「おい、バカ息子。俺の質問に正直に答えなければ、お前の顔面を二度と見られねえように焼いてやるぜ」
「わ、わかったよ……何が聞きてえんだ」
「医者が薬を持って素鴨に駆け付けてるなんて、俺でも知らねえ情報が出回っているのは不思議だよね。つまり俺は、村長が特効薬を運んでいる医者を拉致っていると考えているんだ」
「ば、ばかじゃねえの? オヤジが、医者を拉致るわけ――」
「俺が聞いてるのは『YES』か『はい』なんだぜ。わかるか、バカ息子? 俺の質問は、何処に拉致ってやがんだ? なんだよ」
「し、知らねえ……本当に場所までは知らねえんだよ」
俺は詠唱を中断すると、ドラ息子改めバカ息子の顔に熱くなった手を押し当てた。
「あつッ!」
「まあ昔のよしみで、その程度で許してやるわ」
「あ、ありがとよ」
「しかし村長の筋書きは読めたけど、下手に追求して医者や薬を処分されたら厄介だな。あの手のおっさんは追い詰められると、何を仕出かすかわからんものね」
バカ息子を人質に村長と交渉することも考えたが、小狡い村長が特効薬とやらを素直に渡すとも思えない。
証拠隠滅を図られるのは避けたい。
「タ、タクミちゃん……いったいどうするつもりなんだい?」
「お前はとりあえず、俺に計画がバレたと村長に気付かせるな。それから噂の件、冒険者たちに根も葉もない噂だと否定しろ。村長の息子が否定すれば、騎士団まで動いているんだし、冒険者の連中も及び腰にはならないだろう」
「そ、そうだな。音輪の騎士団が明日の作戦に参加するのは、ここらの冒険者も知ってるからよ」
バカ息子を解放してアキナの宿に向かった俺は、サブに頼んで歌舞伎街のシマ髭診療所で世話になっているイオリに、事の真相を確かめる。
その結果、寅吉は新王塚迷宮の陽動作戦で負った傷口から、破傷風に似た感染症にかかっており、その特効薬を届けるために歌舞伎街を出たシマ髭の消息が、今朝からわからなくなっていた。
『サブさん、寅吉お兄さんは病気のことを伏せていました。黙っていてごめんなさい』
「寅吉兄貴に口止めされてたんなら、イオリに文句はねえっす。それで兄貴の病気は、けっこうやばいんすか?」
『シマ髭先生の届けている特効薬には、回復薬と解毒剤も配合したもので、注射さえできれば即効性があるわ。でも先生は……治療をせず放置すれば数日で手遅れになるって』
村長に悟られずシマ髭という医者と、特効薬を取り戻さなければ、寅吉だけじゃなくて王塚奪還作戦に参加する大勢が死ぬ。
サブとサンザは、俺の顔を凝視してシマ髭救出の指示を待っている。
俺みたいな半端者に、こんな大役の指揮が務まるだろうか。




