第三十話 勇者の休息/医者の只今
王塚奪還作戦を二日後に控えて、ババンボは素鴨、サンザは池梟の酒場に参加者募集の依頼を出した。
俺は馬車の荷台に瞬間移送の魔法陣を描いて、中つ国の大連からワニフォンとマイク付きイヤフォンの在庫を全て送らせる。
こいつを魔法による遠距離通話の使えない参加者に配布して、作戦行動中の連携を円滑にしよって考えなんだが、
「ワニフォンを無料配布とは、俺にしちゃ大盤振る舞いだねえ」
それに酒場に納める依頼料金も俺が立替えているし、これで作戦が失敗に終れば商いの元手が底をついちまう。
逆に成功すれば、冒険者は作戦の成否を問わず日当契約で募集しているので、一万匹からの化物討伐で天井知らずの報奨金が手に入る。
冒険者の日当契約は手抜きも多いので、ちゃんと払った金額分の仕事をするのか賭けではある。
しかしババンボとサンザの酒場からの報告では、勇者とともに戦い街を取り戻せるってんで、名をあげるチャンスだって冒険者の士気は高いらしい。
「寅ちゃんの様子はどうなん?」
ババンボにワニフォンを渡すついでに、パアナ二階の部屋で寝ている寅吉を見舞った俺は、感染症で倒れた恋人を看病しているモリリンに話しかけた。
彼女は荒い息使いで身体を震わしている恋人の横に座り、水で冷やしたタオルを変えながら首を横に振る。
「意識があるときは強がって、シャンとしてるんだけどね」
「まあシマ髭が明日には到着するし、それまでの辛抱だと思うぜ。歌舞伎街にも、瞬間移送の魔法陣が描ける知合いがいれば良かったんだがよ。術者を探すより、直接持ってきた方が手っ取り早いんだわ」
「わかってる」
術者が見つかりませんでしたで、特効薬の到着が手遅れって事態は避けたかった。
こんなことなら地元の商売仲間にも、瞬間移送の魔法陣の描き方を教えてやれば良かったんだが、飯のタネだと独占したのは失敗だったね。
「鰐島……兵隊集めは順調か?」
「寅ちゃん、目覚めたんか。まあ素鴨の方は総動員って感じだがよ、もともと池梟は村長の私兵で防衛してっから、たいした人数が集まらねえみたいだ」
「ああ……池梟の村長には貸しがあるんで、俺から連絡して兵隊を動かすように言っとくわ」
「でも魔物の森を取り戻したら、池梟に移住した王塚の連中が村を出てっちまう。あそこは人口増加で村から街に昇格が決まっているからよ、村長が動かねえかもしれないぜ?」
ベッドに身体を起こした寅吉は『ちょいと脅せば動くだろうよ』と、池梟の村長のヘタレっぷりを知っていると言った。
「それで作戦は……騎士団の隊長ってのが、良い知恵を貸してくれたんだろう?」
「ギルバート隊長ってのは、腰は低いが頭の切れる奴でよ。騎士団の本隊が二日後、最後の砦の南側から神奈川に向けて兵隊を動かすらしい。魔王軍の連中は、王塚に回せる援軍もねえだろうって。作戦の決行日も、隊長さんの発案なのよ」
「へえ……てめえの組織の本隊を囮に使うってことか……そいつは隅に置けない奴だな」
「それで隊長さんが言うには一年以上、音輪から魔物の森を観察した結果、魔王の命令で動いてる化物どもは、単純な命令しか理解できねえんだとよ。命令は二つ、化物どもは王塚の地下迷宮が開通するまで、人間を刺激しないように極力襲わねえ」
人間が池梟から素鴨に森の外周を横断しても、なぜ化物どもが襲ってこないのか。
つまり魔物の森に潜んでいるオークの族長は、王塚の地下結界の手前で縦坑が開通して、戦力が整うまで魔王に待機を命じられている。
「そして化物どもが森から出てくるのは、人間が森を無視して魔王の支配地に踏み込んだときだけ」
「あ……ああ、そうだな」
「で、隊長さんの立てた具体的な作戦は、まず集まった冒険者を二手に分けて、そのうち一方を池梟と素鴨から同時に魔王の支配地に馬を走らせる。俺たちたった二人の囮にも、化物どもは二百匹から食いついたんだ。馬を派手に走らせたら、千単位の化物が釣れるだろうよ」
王塚に攻め入った化物は当時、一万匹の大軍だったらしいが、森と化したドライアドは戦力外、援軍となる化物は地下迷宮から駆けつける術が整っていない。
冒険者が魔物の森から千単位の化物を引き連れて、戦場から離れてくれれば、森に残る戦力は半減する。
「それじゃ……囮になるのは冒険者だけ、騎士団の連中はどうする? 残った冒険者と連中で、森の化物を倒すってか」
「いや、騎士団の連中は、音輪で化物の侵入を拒んだように、王塚の地下結界より内側に魔術防壁を展開する。そうすることで、矢や投石など物理的な攻撃が防げなくても、森から出ていた化物を戻れなくするとよ」
「魔術防壁っていうのは……村や街に化物が近付けないアレか?」
「そう、ソレだ。騎士団は矢や投石からの壁となり、魔物の森に再侵入を試みる化物を食い止める」
「なるほど……俺たちは、森に残った化物を全滅させりゃ良いんだな」
この作戦はギルバートが何度も上層部に掛け合ったが、採用されなかった作戦らしい。
魔物の森に陣取った化物に内地まで侵攻する気配がなかったこと、下手に兵を動かして、王様が住んでいる王都に攻め入られるのを嫌がったからだ。
騎士団のお偉いさんは、責任を取りたくねえってことだ。
「なあ鰐島……その隊長さんは信用できる男なんかね」
「ギルバート隊長さんは公僕にしておくのが、もったいねえ漢だと思うぜ。だから寅ちゃん、ドクターが到着するまで安心して寝てろや」
ニヒルに笑った寅吉に、モリリンが優しく毛布をかける。
恋人に手を握られて目を閉じた奴は、本当に幸せ者だと、おじさんは思うね。
※ ※ ※
その夜のことだ。
感染症に苦しむ寅吉に特効薬を運んでいた俺は、池梟の村に入れず街壁の外で門番と押し問答していた。
「シマ髭先生だっけ? あんたの所持品の小瓶から毒の反応があるんだし、池梟の村への立ち入りは許可できない」
「いや、これは毒ではない。病原体から作った弱毒化された抗原で、感染症の薬となるアンプルだ」
「無学な俺に言われてもねえ。弱毒化したって、結局は毒なんだろう」
「ここまでの検問では、何の問題もなく通過できたぞ。お前さんは俺がシマ髭と知った上で、わざと通さないつもりではないのか?」
異世界エチカにも予防接種の概念があり、他の街ではワクチンのアンプルだと言えば理解してくれた。
通用門に立っている門番ならば、それくらいの知識もあれば、池梟の門番は、寅吉に薬を届ける俺を意図的に締め出している。
「まあ素鴨に行くなら、内地を通れば良いだろう」
「あいにく俺は冒険者の登録証がなくて、細かく仕切られた街の検問を通過しては時間がかかるのだよ。治安を預かるお前さんなら、村長から王塚奪還作戦のことは聞いているだろう」
「村長から聞いちゃいるが、冒険者じゃないあんたも作戦に参加するのかい?」
「そいつに届ける薬だ」
「俺の知ったことではないね」
門番とのやり取りを見ていた初老の男が近寄ると、門番の調べていたアンプルを横から取り上げた。
彼は『これを誰に届けるんだ?』と言って、俺に返してくれる。
ようやく話が通じる相手が現れたものの、そいつこそが俺の行く手を阻んでいた村長だった。
「ほう、こいつが勇者クレイジータイガーに届かないと、奴は病気が治らないのか」
「発症から三日、明日までに薬を投与すれば、寅吉は万全の体制で作戦に参加できる」
「魔物の森を取り返すというとき、頼みの勇者が病に倒れているとは残念ですな。そんな噂が広まれば、依頼の募集に応じる冒険者もいなくなるでしょう」
池梟の村長はアンプルの中身が無害とわかるまで、俺から連絡手段を取り上げて保安検査室に軟禁した。
村長は、寅吉のやつと何か因縁があるのか。




