第二十四話 北東方面に兵はいない、しかし
僕はサンザ、新王塚迷宮の調査から帰ってきたババンボの報告を聞いて、彼とタクミを伴って音輪の街に駐屯している騎士団を訪ねている。
王塚を魔物の森にした魔王軍の幹部ビッグピーは、深い森に隠れてモンスターの大軍を王塚手前の迷宮に待機させており、そこから縦坑を作り、魔物の森に兵を忍ばせるつもりだ。
またモンスターたちは、それと同時に池梟と素鴨の地下迷宮にも横坑を掘り進めている。
最後の砦の村や街の防衛が、それぞれの自治体に委ねられていたとても、周辺の自治体が同時ゲリラ的に地下から襲われれば、対策も間に合わなければ、冒険者に依頼を出すこともままならない。
後手に回れば最悪、池梟、王塚、素鴨の北東エリアが魔王の支配地になるだけではなく、南北に伸びる楕円形の最後の砦、その北側から国が侵食されることになる。
騎士団の助力なくして、この危機を未然に回避できない。
「ギルド『ロメロ』のヤオウには、回復薬や装備の供給など騎士団も世話になっている。しかしサンザくんの報告を疑う気はないが、モンスターが魔物の森を拠点に進軍するというのは、些か信憑性に欠ける情報だな」
「ギルバート隊長、せめて中央の騎士団本部に取次いでもらえませんか。新王塚迷宮に潜入したタクミは、縦横に伸びる新坑道を確認しています」
「サンザくんは、どこの馬の骨とも知れない遊び人の情報を信じろと言うのか?」
音輪駐屯地の責任者ギルバート隊長は、横目で転生者のタクミを見ている。
転生者の彼が冒険者の酒場で登録したステイタス『遊び人』が、どうやら情報の信憑性に影を落としているらしい。
登録されるステイタスは覚えている技術から、適当な職種を選ぶのだが、タクミが登録した時点では低位の回復魔法と攻撃魔法しか覚えていなかったし、それと性向がポジティブだったので遊び人が適当だった。
魔導書を読み漁りエチカの知識も仕入れた今の彼ならば、賢者にも転職できるスキルを身につけているというのに……騎士団のギルバート隊長は、タクミの登録証に書かれた肩書きだけで判断している。
「最後の砦内の地下迷宮からの魔王軍の侵攻は、騎士団でも懸念されていたはずです。だから王塚を放棄したとき、騎士団は真っ先に音輪の地下迷宮に結界を張ったのでしょう」
「もちろんだとも、音輪を死守するのが私に与えられた使命だ。しかし族長ビッグピーは森に立て籠もったまま、周辺の池梟や素鴨では略奪行為を繰り返しているようだが、難攻不落の音輪には手を出してこない」
騎士団は結局、中央にある王都周辺の守護と、最後の砦の外側にある街を取り返して武勲をあげることに固執している。
最後の砦に守られた中央の各街は、冒険者や騎士団も配置が手薄なのは明らかだ。
池梟と素鴨の地下迷宮が結界の内側から侵攻されれば、そこを起点に都心の各街がモンスターの脅威さらされる。
それを理解しているのか。
「我が騎士団は今、品河、王崎、四反田に全勢力を結集して、神奈山領のノコハマ奪還作戦を進行中だ……悪いが北東方面の防衛に回す兵力はない」
「騎士団は、そんなに目の前の手柄がほしいのですか」
僕がギルバートに噛み付くと、ババンボが肩を押さえて『言い過ぎだぞ』と諌めてくる。
組織内では努めて冷静に振舞う僕だが、足元の危機迫る状況を理解せず、見えている手柄を欲しがる騎士団には腹が立つ。
「まあ周辺の冒険者が自衛のために動くのであれば、それぞれの村長なり街長なりに依頼を出させれば良い。国王旗下の騎士団は、この国のために兵を動かす」
ギルバートは、新王塚迷宮の調査結果を聞いても騎士団を動かすつもりがないようだ。
こうなればヤオウに頼んで、武闘派の組織を招集してもらうしかない。
「ちょっと良いですか?」
タクミは手をあげて会話に割って入る。
彼は髪を掻きあげながら、転生者の発言に疎ましい顔のギルバートから視線を逸した。
「隊長さんの言うとおり、魔物の森を取り戻すのは王様の命令じゃありません。でも結果的に、俺たち一介の冒険者が化物を追い払って王塚の土地を取り戻したとき、騎士団の立場ってやつなくないですか?」
「ほう、君は騎士団の助力も得ずに、冒険者だけで族長ビッグピーを撃退できると思うのか」
「俺は、この目でみたんですよ。奴らの縦坑は数日で地上に繋がるし、横坑は既に壁一枚で開通待ちってところでした。その化物の親玉が、ドライアドを使って王塚を森に変えちまった理由は、騎士団の目の届きにくい都心から離れた北側の侵攻を企んでいたんじゃないですか」
タクミは『だとすれば』と声を低くして、固唾を飲むギルバートを睨みつけた。
「王塚に見切りをつけて、防衛ラインを音輪まで下げた騎士団の落ち度ですよ。そして俺らの情報を聞いた上で、王様旗下の騎士団が何も対策を講じなければ、民衆はどう思いますかね?」
「いちいち民衆の評価など気にしては、騎士団は大義が果たせない!」
「あんたらと違いますよ。騎士団じゃなくて王様です。民衆は、王様ってやつをどう思いますか?」
「うっ……貴様は転生者のくせに、我が主の名誉を盾にして騎士団に喧嘩を売るつもりか」
「いいえ。べつに俺は、国家権力を相手に喧嘩する気はないよ。長い物には巻かれろって言うし、面倒くさいことに顔を突っ込むのも御免だ」
タクミは僕とババンボに顎をしゃくると、埒が明かない騎士団との会合を切り上げようと合図した。
「あんたは全てが終わったとき、きっと兵を動かさなかったことを後悔します」
「貴様たちは騎士団が動かなくても、自分たちだけで魔物の森を取り戻すつもりか?」
「俺はともかく、うちの勇者は本気です。弱者の味方、なにせ絵に描いた任侠勇者ですから……あんたは違うようだけどね」
ギルバートを挑発すれば態度を頑なにさせるだけで、音輪の騎士団すら助力に出してもらえない。
転生者のタクミは、この国を守護する騎士団の本質をわかっているのだろうか。
騎士団は、依頼をこなして名声や富を得る冒険者と根本的に違う。
彼らの行動原理は国家の体裁にあり、民衆の支持を得ようと大衆迎合主義に走らない。
個々に一流の冒険者を上回る技術を保持している彼らだが、その忠義は国王にある。
「タクミとやら、貴様の言い分は理解した。横柄な態度、非礼は詫びよう。しかし騎士団の本隊はノコハマ奪還に浮足立っており、北東本面の防衛に兵力を回せないのが現状だ」
ギルバートは、部屋を後にしようとした僕らを呼び止める。
タクミの本音に、彼も本音で応えるようだ。
「兵隊がいないから、勇者の活躍を指を咥えて見てますか?」
「いいや。国家の危機を騎士団が傍観したとあれば、国王に申し開きができない。動かせる兵は音輪に駐屯している百名足らずだが、それで構わないのであれば作戦に参加しよう」
「本気ですか?」
「本気だよ。ただし騎士団本部を通さず兵隊を動かすのだから、作戦の失敗は許されない。貴様の情報に不備があり、作戦が失敗したときは、それ相応の罰があると心したまえ」
ギルバートは音輪に駐屯する騎士団をさの参加を約束すると、勇者クレイジータイガーに会うために、僕たちと一緒に素鴨の街に同行することになった。
騎士団の隊長と勇者の面会……不安ではある。




