第二十三話 そのとき地下迷宮では……
俺はサンザの送ってくれる地図情報を確認しながら、錫杖で地下迷宮の地面を打ち鳴らした。
彼が位置情報共有アプリに送ってくれるのは、新王塚迷宮の地図とオークやゴブリンなど人型モンスターの位置だけで、スライムや魔犬など、魔王に従う知能がない低級モンスターの位置まで特定できない。
だから、こうして俺が定期的に地面に魔物の気配を流して、周辺の低級モンスターの位置を補完する必要があった。
「モモリン姐さん、そこの岩陰にスライムが待ち伏せしてます」
「はいよ!」
先頭を歩いているモモリンが、打突武器を構えて側転すると、岩陰に隠れているスライムの先手を取って攻撃する。
下着のような布地の少ない踊り子の衣装から覗く生白い生足、トンファーを繰り出したとき、プルンと音を立てて震える豊満なおっぱいに目を奪われた。
「ちょっとタクミくん、なんで私の脚をジロジロ見てるんですか?」
「い、いいえっ、見事な攻撃だなと思いまして……すみません、見惚れてました」
「ふふふ、タクミくんは正直で可愛いね」
俺は声をかけたときに、フードコートの女に額を撃ち抜かれてから女性恐怖症に陥っているのに、どういう理由か、モモリンだけは正面向いて話せる。
トラウマを克服するほど、彼女が魅力的な女性だってのはわかるんだけど、寅吉の女房だと思えば、あまり深入りしたくないね。
「タクミ、スライム如きなら、おいらのトカレフで遠距離からでも一発で殺せるぜ。おいらにも、少しは仕事を回してくれよ」
「あのねサブ、狭い坑道で銃をぶっ放せば、敵に位置を知らせるようなものだろう? ここはモモリン姐さんと、武闘家のババンボさんに任せておけば良いんだよ」
「でもさ、おいらだって手柄を立てなきゃ、寅吉兄貴に顔向けできねえっす。これじゃ、何のために着いてきたのかわかんねえじゃん」
「じゃあさ、引き金は引かずに、その先にいる魔犬を倒してこいよ」
「うっす!」
銃剣付きのトカレフを斜に構えたサブが、暗闇に浮かぶ魔犬の眼光を確認して駆け出すと、化物の喉元を斬り上げたようだ。
以前の喧嘩早い友人なら、考えなしに銃をぶっ放していただろう。
そういう意味で友人は、寅吉の下で無闇に暴力を行使しない忍耐を躾けられたと思う。
狂犬と呼ばれた頃に比べれば、ちゃんと人の言うことに耳を貸す。
「獲ったどー!」
「わっ、バカ、声がでかいよ」
魔犬の首を手に掲げたサブは、自慢げに大声で叫びながら戻ってきた。
慌てる俺を見たモモリンとババンボが、思わず吹き出して笑っているが、ちょっとは真面目に任務を全うしましょうよ。
「ババンボさん、なんで笑うんですか。このパーティーの年長者は、あんたなんだからさ、もっと真面目に取組んでくださいよ」
「いやあ、失敬、失敬。タクミは遊び人と聞いていたが、計らずも一番真面目なので笑ってしまった」
ババンボ曰く、遊び人を自称する冒険者は、安価に依頼を受けてまともに履行しないらしい。
俺ほど仕事熱心な冒険者は、遊び人を名乗らないので、そのギャップが面白いと言った。
「モリリン姐さんも、お願いしますよ。地上では、寅吉さんたちが囮になってくれているんですよ?」
「だってねえ、遊び人なのにさ」
「なんですか?」
「タクミくん、真面目かよ」
モリリンは、俺の胸を手で叩いてツッコんだ。
なんで、この人たちはふざけているのか理解に苦しむよ。
しかしケタケタ笑う彼女にツッコまれて、気持ちいい俺がいる。
「ここから先は、サンザさんの魔法効果範囲の外側になります。地図情報も無ければ、ババンボさんの記憶頼りですからね。気を引き締めて……って、みんな笑わないでくださいよ」
「だってタクミくん、真面目かよ!」
「モリリン姐さん、やり辛いから、何度もツッコまないでくれますか?」
「はあい」
このパーティーの仕切りはババンボなのに、俺に丸投げしてお客さんだよ。
適材適所だし、俺が仕切るのは構わねえんだけど、少しは俺をフォローしてくれよ。
なんで俺に任せきりなんだ。
と、文句を言っても始まらないから、錫杖で地面を叩いて魔物の気配を探った。
「うん?」
「どうしたのタクミくん、何か気になることでもあったのかな」
「あ、いいえ……ちょっと索敵魔法の術式を間違えたみたいです」
なんだろう。
魔物の気配を放った先、新王塚迷宮より先の王塚結界のところが、化物の気配で真っ赤に染まって数がはっきりしない。
王塚結界なんだから、オークやゴブリンの見張りがいてもおかしくないが、個体識別が不可能なほど化物が密集してるなんて、そんな馬鹿なことあるはずがない。
俺は魔導書の術式を正確に思い出して、錫杖を地面に打ち付けた。
「いや……これは何かの間違いだ」
「顔色が悪いが、どうかしたのか?」
「ババンボさん、ここから三百メートルほど先に結界と物理防壁があるんですよね?」
「ああ。もしかして王塚の結界が破られているのか?」
「たぶん破られてないです。でも結界の外側では、化物の気配が密集してて数が把握できないです。それに――」
俺は魔物の気配を追って天井を見上げると、縦に伸びる化物が発する赤い光点が見えた。
奴らは王塚の結界が破れないので、結界の外側に縦坑を掘って地上に出るつもりだ。
化物どもは森に隠れて縦坑を掘り進めて、それはすぐにでも地上に繋がるところまで伸びている。
「なんだってッ、それじゃ族長ビッグピーは俺の予想通り、王塚を拠点に最終決戦の準備を整えていたのか!」
「それと残念なお知らせがあります。化物は、王塚の結界の外側から、素鴨と池梟に向かって横に支線を掘っています」
「支線?」
「地下迷宮の存在を聞かされたとき、嫌な予感はあったんですよ。日本と地名や配置が奇妙に符号する異世界、その法則が地下迷宮にも当てはまるなら、化物が王塚を占領した狙いってやつにね」
俺の言葉にモリリンとババンボが首を捻り、サブは『はっきり言えよ』と睨みつける。
俺との付き合いが長い友人は、神妙な語り口に尋常じゃない気配を感じ取り、縦横に広がる化物の赤い光点に固唾を飲んだ俺の肩を揺する。
「おいッ、何かわかったんなら説明しろや!」
「あ、ああ……サブ、こいつらは王塚の地下迷宮を占領して、丸ノ内線と都営三田線に支線を繋ぐつもりだ。つまり王塚に縦坑を作り本隊を森に呼び寄せて、それと同時に素鴨と池梟の地下迷宮にも部隊を送り込む。最後の砦の三ケ所を同時に襲撃して、一気に人間の生存域を奪うつもりなんだよ」
ババンボは、その事実を聞かされて青ざめている。
狭い地下迷宮に張られた結界や物理防壁は盤石でも、穴掘りの得意なゴブリンが、王塚を拠点に結界の内側に伸びる横穴や縦穴を掘っているとなれば、王都のある中心街まで進軍されるかもしれない。
「ババンボさん、とりあえず地上に戻って対策を考えましょう。事態は、俺らだけでどうにかできる問題じゃありません。サンザさんに相談して、騎士団にも出動要請した方が良いと思います」
「しかし内側の騎士団を頼れば、素鴨の自治権を掌握されかねん……ここは慎重に考えてだな」
「ババンボさんが街を思う気持ちはわかりますが、こいつは人間と化物の戦争ですよ。リアルのね」
「そ、そうだな」
なんてこった。
俺も覚悟を決めて、遊び人から賢者への転職を本気で考えなきゃならんね。




