第二十二話 勇者の長ドス、商人の秘密兵器
ババンボはタクミ、サブ、モリリンの三人を連れて、音輪の街から地下に潜って新王塚迷宮の調査をすることになった。
化物に乗っ取られた王塚を取り戻すには、オークの族長ビッグピーが率いる戦力規模を見極める必要があるらしい。
調査に向かう四人をサポートするために、サンザも音輪の結界まで同行するらしいが、そこで陣取って先へは行かないとのことだ。
「寅ちゃんさあ、モリリンちゃんが心配なら一緒に行けば良かったじゃねえか。檻の中の熊じゃねえんだから、そこら中をウロウロすんの止めてくんない?」
素鴨に居残っている鰐島は、魔物の森を見下ろす街の外壁で落ち着きのねえ俺が目障りみてえだ。
双眼鏡で森の様子を見ている前を何度も横切ったのは、確かに申しわけねえと思うが、俺が女の安否を気にして焦れてるなんて言いがかりは、それこそ止めてもらいたいね。
「鰐島、そんなんじゃねえんだよ」
「じゃなんなのよ?」
「早くひと暴れしたくて、さっきから落ち着かねえのさ」
「ああ。斥候の連中が動いたら、俺らも地上で陽動するから暴れられるさね。それまでは、煙草でも吸ってなさいな」
俺は鰐島が差し出した煙草を受け取ると、奴に並んで森の方を向いた。
奴が『ほらよ』と、顔も向けずに片手でマッチを擦る。
紫煙を燻らせれば不思議なことに、懐かしい紙巻き煙草の味と香りに首を捻った。
「こいつは、俺の馴染みだった銘柄じゃねえか?」
「正真正銘あっちの煙草で、こっちで作った偽物じゃねえんだな。そいつは、中つ国から魔法道具と一緒に瞬間移送してもらった」
「瞬時移送? なんか便利そうな魔法だな」
「人間や生き物の移送はできねえぜ。まあそれでも瞬間移送のおかげで、魔王の支配地にある街とも取引が続けられるので、異世界エチカに暮らす人間にとって経済や流通の要なんだがよ……しかし、気になるのはそっちかね?」
「うん?」
「煙草だよ、煙草。そいつは、本物の地球産の煙草だぜ。そんなものが魔王の支配地にあるってえのは、どう考えても違和感あんじゃねえか」
なんで中つ国とやらに、俺たちのいた世界の煙草があるんだ。
俺たち人間がやってこれる異世界だから、煙草くらい簡単に取寄せられるのかもしれねえが、気になるちゃ気になる。
「俺はよお、頭を使うのが苦手なんだ」
「だと思うがね。この集まりの主催者は寅ちゃんだからよ、ちっとは心に留めておきな」
「おう」
俺が吸い殻を手摺で揉み消したとき、鰐島の二つ折りの携帯電話が鳴った。
「俺だ」
『サンザです。いまババンボたちが、音輪の結界を出て新王塚迷宮に入りました。ええと、五分後には物理防壁の扉も通過すると思います』
「前に説明したとおり、サンザちゃんのダンジョンマッピングの魔法で得た地図は位置情報共有アプリに反映される。そいつには化物の位置も投影されっから、できるだけ頻繁に情報を更新してやれよ」
『はい。今のところダンジョンマッピングの効果範囲内には、モンスターの影はありませんね。問題は王塚の結界と物理防壁の有無が目視できる距離までは、僕の魔法でサポートできません』
「タクミが、ダンジョンマッピングを覚えていれば良かったんだがね。そう都合よく魔導書は入手できねえから、しゃあねえわ」
『僕も同行した方が良かったのですが、万が一モンスターと乱戦になったら僕は足手まといですし……すみません』
サンザは謝っているが、自分の実力を過信せずに、分をわきまえる決断は難しいもんだ。
「いや、サンザちゃんの魔法効果範囲から先は、直線で数百メートルなんだろう? そこまで近付けば、タクミの魔物の気配が使えるはずだ」
『ええ。それに地元だったババンボも、王塚の結界付近なら地形を把握してます』
「なら問題ねえわ」
携帯電話を音を立てて畳んだ鰐島は、俺にも同じ黒い携帯電話を投げて寄越した。
「なんで俺たちは、みんなと同じスマホじゃねえんだ」
「あれま、おじさんにスマートフォンは無粋じゃね? 寅ちゃんに渡したところで、機能を使いこなせるとも思えねえし」
「ははは、ちげねえや」
「だろう? ははは」
さてババンボたちは、手筈通り音輪から地下迷宮に潜入したようだし、俺と鰐島は地上で大暴れして、化物どもを陽動しますかね。
「行くぜッ、鰐島は馬車を素鴨から魔王の支配地に走らせてくれ! 俺たちはッ、化物を誘き寄せてひと暴れすんぞ!」
「そんじゃま、俺たちは好き勝手に暴れますか」
街の外壁から馬車に飛び乗った鰐島は、四頭立ての馬に鞭を入れて走り出す、それを壁の上から追いかけた俺は、高く飛び上がって荷台の幌に降り立った。
「寅ちゃんッ、足元の長ドスはいくらでもあるから遠慮なく斬り込んでくれや!」
「おうッ、ありがとよ兄弟!」
俺は幌の上に用意してあった白鞘に収められた長脇差を一振り抜いて、抜き身にすると、太陽に白刃を晒して下段に構える。
森に隠れていた化物どもが、俺たちの奇行に慌てた様子で飛び出してきやがった。
その数は、ざっと百匹ってところか。
後から後から馬車を追いかけて増えてくるが、どいつもこいつも血相を変えて必死だね。
奴らにしてみれば、長らく反攻しなかった人間が、てめえらの縄張りに戦争しかけてきたも同然だからな。
やべえ、全身の血が逆流して滾ってきたぜ。
「鰐島ッ、こいつは王塚奪還の前哨戦だ! 死ぬんじゃねえぞ!」
「寅ちゃんもな!」
俺が馬車を飛び降りると、オークやゴブリンが駆け寄って距離を詰めてくる。
鰐島は後方で馬車を停めて、何処から仕入れてきたのか、咥え煙草で荷台からガトリング砲を引き摺り下ろした。
棍棒とナイフで戦う化物に、ガトリング砲は反則だぜ。
「ぶぎゃー!」
先頭を走っていたオークが、鰐島の放ったガトリング砲で消し飛ぶと、さすがの化物も包囲網を作って足を止める。
さて雑魚の相手は相棒に任せて、俺は重装備のリーダー格連中に狙いを絞って暴れますかね。
「死にてえ奴からッ、かかってきやがれ!」
お決まりの台詞に、背中で鰐島の笑い声が聞こえた。
笑うなよ兄弟、これは俺の決め台詞なんだぜ。




