第十六話 罪作りな漢、踊り子の憂鬱
「モリリン姐さん、寅吉兄貴は一週間前に村を出たみたいっす」
私とサブは池梟の村に到着すると、強面の鰐島を馬車に残して寅吉の所在を聞き込みしている。
もしかすると寅吉が、高名なギルドマスターであるヤオウの盲腸を治した異世界の医者の噂を聞いて、歌舞伎街のシマ髭を訪ねてくるかも知れない。
だからシマ髭は、歌舞伎街に身重のイオリと残ってもらった。
ちなみにイオリの妊娠のことは、心の整理が出来たら本人の口から伝えると言うので、まだサブには話していない。
「寅吉は、私たちを探して旅立ったというのだから、下野方面に向かったのでしょう。一週間前なら、今頃は鶯峡谷か下野に到着してる頃ね」
「それと一つ、面白い情報を聞いたっす……いや、二つかな?」
「本当に面白いんでしょうね」
私はサブが町中で聞き込みしている間に、池梟の村長宅で腹立たしい話を聞かされたばかりだ。
村長は私の迷彩柄のズボンに不釣り合いな白いチューブの胸元を覗き込むスケベな男で、彼を追いかける私の気を引きたかったのでしょう。
寅吉が、この村の宿屋の女主人と懇ろだったから、自分の愛人に鞍替えしないかと提案してきた。
丁重にお断りしたものの、村長の話が気になって憤ろしい。
「情報は二つ、良い話と悪い話かな?」
「ああ……とりあえず良い話から聞かせなさい」
「はい! 良い話は、親友のタクミが寅吉兄貴と合流して旅してるらしいんすよ。タクミは賢い奴なんで、兄貴の助けになってくれてると思うっす」
「へえ、どんな子なの?」
「早くに両親を亡くしてて、妹と二人で親戚に引き取られたんですが、引き取った親戚と折り合いが合わずに奴だけ児童養護施設に移ったっす。勉強熱心で優等生な奴でしたが、親戚からの援助も無かったんで昼間は働きながら、おいらと同じ夜間高校に進学しましてね」
私は村長から聞いた宿屋に向かいながら、友達が異世界にきていることを嬉しそうに紹介するサブの話に耳を傾けた。
「タクミくんは経歴だけ聞くと真面目な子だけど、ナキコの話だと遊び人ね」
「そうっすね……タクミが遊び人になったのは、おいらが他校の連中と喧嘩して退学になったとき、その場に同席して巻き添えを食らって一緒に夜間高校を退学になったせいっす」
「喧嘩の巻き添え?」
「タクミが中房時代の友達に働きながら高校に通っているのを、街中でからかわれてるの見かけて、逆上せたおいらが手を出したんすよ」
「サブの喧嘩せいで、タクミくんも連帯責任で退学になったのね。でも親友なんだから、サブを恨んでないんでしょう?」
「まあ、なんでも良い方に考える奴なんで、小松組に入らねえかと声をかけたんですが、学校を退学になって何にも縛られず気楽に生きられると、楽しそうにふらふらしてやがるっす」
「そか。私の知っているゲームの遊び人は転職すると賢者になるし、タクミくんが仲間になれば心強いかもね」
サブは『はい!』と、私に握り拳を見せつけた。
かわいい男の子だ。
子供を持つならサブみたいな、やんちゃ坊主が良いなと思った。
「それで悪い話は?」
私は宿屋の前で立ち止まると、サブは言い淀んで俯いた。
寅吉が池梟の村で、宿屋の女主人と懇ろになった。
女主人から彼の話を聞けば、行き先など詳しい情報が手に入る。
あの人の情婦にとっては悪い話でも、彼の舎弟にとっては良い話なのよね。
サブには、気を使わせちゃたかな。
「それが……ここの宿屋の女主人が、寅吉兄貴の情報を持っているらしいっす」
「うん、それは良い話じゃない? 何か問題でも?」
「そ、そうっすね」
「サブは、外で待っててちょうだい。今から女同士で話をつけてくるわ」
「わ、わかりました!」
私はムカついてるし、意地悪を言うくらい良いよね。
それに寅吉の舎弟の前では、話せないこともある。
女同士で話をつけるは言葉が過ぎるけど、それくらいの覚悟は必要だと思った。
「いらっしゃいませ」
宿屋に入ると、受付では少しやつれた妙齢の女性が出迎えてくれた。
彼女は髪を結い上げており、淡いブルーのブラウスに黒い前掛け、宿屋の一階で酒場も経営していれば、飲み屋の女という雰囲気がある。
あの人の好きなタイプで、私も友達になれそう。
勝ち負けじゃないけど、許せる程度には嫌味のない女ね。
これがキャバ嬢みたいなションベン女だったら、出会い頭に打突武器をぶち込んでやるところよ。
「アキナさんですね。私は、寅吉の仲間でモリリンと言います」
「貴女が、踊り子のモリリンさんなのね。あちらの世界で恋人だった踊り子の話は、彼から伺っています」
「恋人だったって、私は現役のつもりですが!」
私は笑顔を崩さぬまま、トンファーで受付のテーブルを叩く。
寅吉のやつ、愛人にぺらぺら余計なこと話しやがって。
「は、はい……今のは言葉の綾で、もちろん今でもモリリンさんが恋人なのは存じています」
「わかれば良いのよ」
「ええ、あの人は貴女がいるからと、私の身体には一度も手を出しませんでした。添い寝すらさせてもらえなかったわ」
「え、そうなの?」
「あの人は村長たちが見ている前で、わざと恋人のふりをして下さっただけです。自分の愛人だと思わせれば、私に横暴を振る男は寄り付かないだろうと……演技してくださったのです」
気が抜けた私は、テーブルに肘をついて頭を抱えた。
私が惚れた寅吉は、そういう奴だった。
村長は私をけしかけて、自分に靡かないアキナに嫌がらせしようと企んだわけだ。
二丁目の最終兵器モリリンこと、元自衛隊秘密工作部隊の森田謙三隊長が、ずいぶんとなめられたものね。
「まあ、いいわ。寅吉の侠気を理解する貴女とは、異世界に来て初めて親友になれそう」
「私こそ、あの人の恋人である貴女と友達になりたいわ」
「ふふふ、しばらくは、あの人の恋人のふり続けても構わない。私が許す」
「ありがとう、モリリンさん」
私は宿屋の女主人アキナから、寅吉とタクミが素鴨に向かったと聞いた。
それと彼が村長から火鼠の衣と火竜の外皮で作った靴をせしめたこと、サブの親友が魔法を覚えて旅立ったことも聞いた。
「モリリンさん、素鴨の宿屋には『恋人が追いかけている』と、寅吉さんを引き留めておくように、魔法使いに頼んで連絡しておくわ」
「ありがとう、アキナ」
「頭を上げて、私たちは親友なのでしょう?」
私は宿屋を出るとき、アキナに『あんた、良い女だよ』と手を振った。




