第十三話 想定外の転生者、マル暴の駒形警部
警視庁組織犯罪対策部の駒形平蔵と言えば、組対の前身である捜査四課時代から街のチンピラに恐れられたマル暴の刑事だ。
ハンフリーボガードに憧れて中折れ帽とトレンチコートを着の身着のまま、もちろん腕時計はロンジンの樽型ウォッチを愛用している。
俺は今、小松組の若頭補佐だった富田寅吉の殺人事件の捜査をしているのだが、事件に関連して他に五件の殺しが起きている可能性がある。
被害者は全員、最初に殺された寅吉に拘りのあることがわかっていた。
「吉沢、お前のところの若いのが、寅吉のタマ取ったんじゃないのか?」
「駒形の旦那、勘弁してくれんかのお。小松組の添島も波高組の仕業じゃって因縁付けて来ましたけんどね。警察も、小松組の若頭に唆されてんじゃねえですか」
「そうか……邪魔して悪かったな」
「おや、やけにあっさり引き下がるねえ」
波高組の若頭、吉沢士郎。
事件は初動捜査で、小松組と抗争中の波高組の若頭が寅吉の殺害を教唆したと考えられていた。
「ところで波高組の親分は、歌舞伎町のシマ髭に恩があるんだろう?」
「ああ、うちの組長だけじゃなか。組の若いもんも、シマ髭の世話になとったわ」
しかし捜査を進めるうち、新宿歌舞伎町界隈で整骨院と偽り違法診療を行っていた偽医者も銃殺されており、遺体に残された銃弾から同一犯の仕業とわかった。
本名、年齢、国籍いずれも不明、国境なき医師団の医療従事者として戦場医師だったとの噂があるシマ髭は、ここらのヤクザお抱えの医者であり、波高組がもぐりの医者を殺す理由がない。
ただ引っかかることがある。
寅吉殺しに端を発した事件の容疑者は、どうやら薬物中毒だった可能性があり、その薬物を波高組がシマ髭を使って製造していたのではないのか。
そして医者とのトラブルで、抗争相手の寅吉共々葬った。
「そう言えば吉沢、一つ情報をやろう。波高組の縄張りで、新型ドラッグを売り捌く売人を検挙した。なんでも新型ドラッグでは、剣や魔法で龍や化物と戦う幻覚が見えるようだ」
「ドラゴンやモンスターと戦う幻覚? まるでテレビゲームじゃないですか」
「犯人は薬物中毒者、ゲーム感覚で人を殺している。そんなドラッグに心当たりはないか?」
「うちは合法の商いで稼いでますんで、そんな麻薬は知りませんね。組が疑われちゃまずいし、若いもんに売人を見かけたら引っ張るように言いますわ」
吉沢が惚けた口調で答えるので、俺は机を叩いて恫喝することにした。
「寅吉はッ、そんな新型ドラッグで幻覚を見た犯人に殺された! お前がシマ髭に作らせた麻薬で薬漬けにした人間がッ、次々に人を殺して回っているんじゃないかと疑っているんだよ!」
「駒形ッ、次は札をもってこんかい! シマ髭を殺した奴あッ、うちの組でも枝を張って探しとるんじゃ!」
机を叩きつけた俺と間髪入れず、吉沢が机を蹴り上げる。
シマ髭に恩義がある波高組が、もぐりの医者を殺した犯人に心当たりがあれば必死に探したりしない。
こいつは当てが外れたらしい。
「ああ、そうさせてもらう」
俺は中折れ帽を被ると、波高組の組事務所を後にした。
富田寅吉、シマ髭、山田三郎、タクミ、森田謙三、鰐島の六人を銃殺した実行犯は、防犯カメラなどの解析でフードコートで人相を隠した十代の少女だとわかっている。
鑑識部ではAIによる口話解析により少女が犯行時に、被害者に語った言葉を再現した。
「実行犯の少女は、魔王を倒す勇者、ヒーラー、銃士、遊び人、踊り子、商人の六人を探していた。奇しくも被害者は六人、つまり被害者は魔王を倒すために少女に殺されたことになる。何かしらの儀式か、それとも薬物中毒者の戯言か……なぞらえ殺人であれば、事件の謎を解く鍵は魔王の正体にある」
被害者たちが勇者パーティーに見立てて殺されたのならば、魔王とはいったい何者だ。
実行犯の少女が、被害者たちの倒すべき魔王なのか。
いいや、そうじゃない。
彼女は魔王を倒すために、寅吉たちを銃で殺している。
魔王とは、彼女にとって殺すべき本命なのだ。
『駒形警部、警視総監がお呼びです。至急、本庁にお戻りください』
俺は携帯電話の呼び出しで霞が関の警視庁に戻ると、警視総監室に出頭した。
総監室には警視総監の他、薄汚れたフード付マントを羽織った老婆がソファに座っている。
その風貌は寅吉たちを銃殺した少女のようだが、年齢が明らかに違う。
警視総監が『かけたまえ』と、老婆に向かい合って座るように言う。
「駒形くん、まあ、そう顎をしゃくらずに寛ぎたまえ」
「総監殿、自分の顎がしゃくれているのは生まれつきであります」
俺と対面する老婆の横に座った警視総監は『そうなの?』と、深く腰掛けて煙草に火を点けた。
「例の殺人事件なのだが、こちらの霊能……まあ老人が有力な情報を提供してくださってね」
「霊能者ですか?」
「いいや、駒形くんもFBIの超能力捜査官を知っているだろう。警視庁にも公にしていないが、そうした部署が存在するのだよ。彼女は、君と同じ優秀な捜査官だと思ってもらいたい」
「では彼女は、警視庁に所属する超能力捜査官なのですか?」
「いくら駒形くんの顎がしゃくれていても、鑑識部から被害者の遺体が消え去ったオカルト事件の捜査は、行き詰まっているのではないかね?」
「自分の捜査能力と、顎がしゃくれていることの因果関係は解りかねますが、確かに捜査は手詰まりですな」
この連続殺人事件の怪異なところは、殺された被害者の遺体が司法解剖中に死後二十四時で煙のように消え去ったことにもある。
「彼女は、被害者たちが死んでいないと言うのだ。ある儀式に使用する銃で撃たれた被害者の魂だけが、ここではない世界に送られて、そちらの世界に魂が定着してから、こちらの世界の肉体が消滅して、あちらの世界で再構築されるらしい」
「総監殿、あちらこちらと指示代名詞が多くて、意味が理解できないのですが……つまり寅吉たちは、少女に撃たれて異世界に召喚されたと言うのでしょうか?」
「さすが駒形くん、だてにしゃくれていないな」
俺は立ち上がると、呑気に構えている警視総監を見下げた。
寅吉が死んでいない。
それが事実ならば、奴らは被害者じゃなくて異世界逃亡犯なのだ。
「総監殿ッ、寅吉のやつは複数の恐喝事件に関与した犯罪者ですぞ! それにシマ髭は無免許で手術している障害致傷の偽医者、舎弟のサブはトカレフを握った銃刀法違反、タクミは東京都迷惑条例違反及び道交法違反、森田はヤクザ寅吉の情婦で、鰐島は武器密輸で公安がマークしています! 奴らは全員が犯罪者なのです!」
「わ、わかっている駒形くん、そう顎をしゃくらんでも、わかっているから呼んだんじゃないか」
「顎もしゃくれます!」
警視総監は『そこで彼女の出番なのだよ』と、それまで口を開かなかった老婆が語りだした。
「我は、警視庁の超能力捜査官ではない。さらに上部組織に雇われている霊能者で、我の組織は今回の一件を異世界人による犯行だと把握している……お前の探している犯罪者は、異世界エチカの魔術師により拉致されてしまったのじゃ」
「異世界エチカの魔術師ですと?」
「こちらの世界では、ナキコと偽名を名乗っておる」
「ナキコとやらを逮捕すれば、異世界に逃亡している寅吉を連れ戻せるんですか」
「いいや、それは不可能だ。こちらに召喚するには儀式に用いる拳銃で、こちらの世界に魂を呼び戻さなければならんのじゃ」
「つまり誰かが異世界に行って、寅吉を撃たなければならない……もしかして、その役目を自分に任せると?」
警視総監は『やってくれるね』と、身をテーブルに乗り出した俺の肩を掴む。
犯罪者が異世界に逃亡できると知れ渡れば、この国の治安は壊滅的な打撃を受ける。
どんな犯罪を行っても、逃げ切る方法があるのだ。
「この件は、内密に捜査する必要がある。駒形くんのような、天涯孤独の独身捜査官が相応しい」
「総監殿、自分で良ければ喜んで犯人逮捕に協力します」
「よく言ってくれた。では、さっそくだがコレを渡しておこう」
そう言った警視総監は、テーブルに回転式拳銃ニューナンブM60と八発の銃弾を置いた。
日本の警察に正式採用されている拳銃で、とくに変わったところはない。
「総監殿、これはいったい?」
「地下の射撃場を人払いしておいたので、駒形くんは、今から射撃場で自分の頭を撃ち抜いてくれたまえ。彼女が魔力を込めた銃弾で死ねば、寅吉たちのいる異世界に転生できるそうだ」
「な、なんですと!? そんなオカルト話を信じて、異世界に行けと言うのですか!?」
老婆は、動揺する俺の手を握る。
「駒形警部さん、我は監視カメラの映像を解析して完璧な術式を得とくしましたのじゃ。これはオカルトではなく、科学でございます」
「おい、婆さん。実験はしているんだろうな?」
「もちろん、その拳銃で撃ちました猫の遺体は、二十四時で肉体が消失しておりますじゃ……ただし異世界に辿り着いたのか、それを確かめる術はございません」
「それじゃ、実験の意味がないじゃないですか」
「犯罪を見逃さないという駒形警部の強い信念が、必ずや異世界への扉を開くものと、我は信じておりますのじゃ」
「お、俺は、お前を全く信用しとらんぞ!」
しかし警視総監と老婆に押し切られた俺は、魂魄銃と呼ばれるニューナンブM60と、異世界での捜査に必要な資金や道具一式が用意されたアタッシュケースを持たされて、警視庁地下の射撃場に向かった。
異世界に送られた被害者……いいや、犯罪者は殺されたときに身に着けていた物も消え去っており、今から自殺……いいや、異世界に逃亡犯を追いかける俺が手にしたアタッシュケースも、異世界に持ち込めると言うのだ。
「異世界では、どんな危険が待ち構えているのかわからんし、奴らを連れ戻す銃弾の他に、通常の銃弾も持てるだけ持っていこう」
射撃場で保管している銃弾は、普段なら施錠管理されているのだが、警視総監の粋な計らいで保管庫の鍵は開いていた。
「こいつはSATの暴動銃じゃないか。それに非殺傷性のゴム弾とジュラルミン製の盾……ついでに、全部拝借しておこう」
手当たり次第に武器や警察装備を背負った俺は、ニューナンブM60の銃口を咥える。
本当に引き金を引けば、寅吉のいる異世界に転生できるのか。
何かのミスで、無駄死にだけは御免だ。
「駒形平蔵ッ、異世界にひぃってまいりまふ!」
地下の射撃場に銃声が轟くと、敬礼した俺の身体は前のめりに床に倒れる。
遠退く意識の中で、遺書を書いておくべきだったと後悔するが、両親に先立たれて親兄弟のいない俺は、いったい誰に宛てて遺書を書けば良いのか、そこに思いが至らなかった。




