第十二話 大事の前の小事、回復術師の決断
オークブレイカーの公私ともにパートナーになった私は、いつものようにサブさんとオーク狩りにニュー多窪と歌舞伎街の中間にある草原に来ました。
サブさんは今、トカレフの銃剣をオークの喉元に挿し込んで、顎下から脳天に向けて引き金を引いています。
彼は強いです。
最強です。
竜虎の紋様を描いた上着を着ている彼は、もしかすると伝説の勇者ではないかと、私は思っているのです。
「イオリ、上級回復してくれっす」
「はい!」
私は結局、サブさんの恋人にしていただいたので、倒したオークから奪った魔導書は全部頂いているし、連日連夜オーク討伐に付き合っているので魔法使いとして、急激に成長していると実感します。
でも最近、なんとなく食事が喉を通らず、漠然とした不安にも襲われるのです。
「イオリ、具合が悪いんか?」
「いえ、そんなことはないのですが、お肉を焼く匂いに吐き気がして」
「そか、具合が悪いんなら歌舞伎街に知り合いの医者がいるからさ」
「知り合いのお医者様ですか?」
「ああ。鰐島さんが、おいらと同じように異世界に転生してきたシマ髭って医者を探してくれた。それに渋屋のストリップ小屋で働いていたモリリン姐さんも、今は歌舞伎街にいるらしいっす」
「ストリップ小屋……モリリンさんは女性なのですね」
サブさんは夕食の時間、食の進まない私を気遣って病院を紹介してくれたのですが、そこは彼と同じ世界から転生してきた医者の診療所で、その街には、彼と同じ世界から転生してきたストリッパーさんがいるとのことです。
彼は、どんな気持ちで私に歌舞伎街に行こうと誘っているのか、焦れる気持ちを少しでも考えてくれたのでしょうか。
「私は、鰐島さんが苦手ですわ。あの方は、サブさんにトカレフの弾を暴利で売りつけていたんですよ」
「何言ってるんすか。鰐島さんは俺を鍛えるために、わざと銃弾の値段を吊り上げていたんすよ。銃弾を安く手に入れたら、俺は今のように強くなれなかったっす」
「そうかもしれませんが……」
「それに鰐島さんは、俺から稼いだ金で、携帯電話やスマホなんてすげえ物を作ってたんすよ! 俺やイオリにも、そのワニフォンを無料でくれたじゃないっすか」
もともと魔法道具は、サブさんから巻き上げた金で作ったんだから『無料でくれた』わけではないと思うのですが、彼が納得している様子なので、そこはツッコまないであげました。
もう少し賢いと理想的な恋人なのに、少々抜けているところが可愛らしいです。
あばたもえくぼかもしれませんが、私は彼の良き理解者なのです。
それに魔力のない彼と、遠く離れていても、顔を見ながらお話できる魔法道具を頂いたときは嬉しかったです。
こんな魔法道具を製造販売している商人は、彼の言うとおり一角の人物なのでしょう。
「鰐島さんたちと今後の打合せに歌舞伎街に行くから、イオリもシマ髭のところで診察してもらおう」
「うん」
「イオリもさ、おいらの仲間に会ったら、誤解されやすい人らだけど、皆すげえ良い人だとわかってくれるっす」
「人を見かけで、判断してはいけませんからね」
私とサブさんは数日後、鰐島さんと落ち合って歌舞伎街に馬車で向かうことになりました。
サブさんに、一発5Gの弾を1万Gで売りつけていた商人が好きではありません。
大きな体を屈めて猫背になった商人は、私のことを舐めるような目で見回すと、鼻で笑って品定めしています。
人を見かけで判断するのならば、鰐島さんは、お近づきになりたくない人種の人でした。
「サブちゃんのツレは、ずいぶん綺麗な女の子じゃないのさ。おじさん嫉妬して、ぶん殴るかもしれないよ」
「鰐島さん、勘弁してくださいよお。こいつなんて、たいしたことねえっす」
「あれま、そういう謙遜は本人のいないところで言うものだよ。あれだねえ、サブちゃんは女心をわかってない」
私は握りこぶしを作ってサブさんを睨みますが、そういうことを彼が意に返さないのは理解してます。
なんかムカつきますね。
お前ら二人とも、女心を云々言えないと思いますよ。
「それで鰐島さん、寅吉兄貴が俺らを探しているって噂は本当ですか?」
「その噂、商売仲間に確認したんだけどよお。池梟でオーク退治した勇者クレイジータイガーが、どうやら寅ちゃんらしいね。なんでもオーク討伐の仕事で、法外な報酬と立退き料を強請ったらしい。そんな勇者、寅ちゃんくらいしかいないでしょう?」
「そうですか……やっぱり寅吉兄貴も、こっちで生きてたんですね。鰐島さんとニュー多窪で再会して、フードの女が言ったことが真実だと薄々わかちゃいたすけど」
「あれま、嬉しくないの?」
「嬉しいっす! 寅吉兄貴が生きててくれて嬉しいすよ……でも、おいらキャバクラで兄貴が撃たれたとき、フードの女にびびって逃げ出したじゃないっすか」
「ああ、まあ寅ちゃんが『逃げろ』と言うたんやし、むしろ詫びるなら、寅ちゃんに救ってもらった命を落として、サブちゃんが女に撃たれたことじゃないの? おじさんは、そう思うよ」
サブさんは『そうっすね』と、お兄さんとの再会に浮かない顔をしています。
でも彼の話を聞くに、お兄さんの寅吉さんは悪いことをすれば叱ってくれて、良いことをすれば褒めてくださるとか、弟の面倒見の良い、とてもお優しい方だとお見受けします。
私は一人っ子なので、兄弟のいる彼がちょっぴり羨ましいです。
「歌舞伎街にようこそ、二人ともよく来てくれた」
「ドクター、二丁目のモリリンは?」
「奥の部屋にいる」
シマ髭先生と名乗るお医者さんが、サブさんと鰐島さんを診療所で出迎えて、彼の背中に隠れている私に『患者は、その娘か?』と聞いてきます。
私が頷くと、先生は診察室で待つように言って、彼と商人には奥の部屋でモリリンさんから、兄貴さんの動向を聞くように言いました。
「イオリのやつ、一週間前から急に飯が喉を通らねえみたいっす。飯の支度しながら吐き気もあるみたいだし、自己回復も毒消し魔法も効果がないんで、おいら心配で――」
「症状は患者に聞くから、お前さんも鰐島と一緒にモリリンのところに行け」
「はい……イオリをよろしくお願いします」
サブさんが心配そうな顔で、私を見るので笑顔で手を振りました。
彼は、私の身を案じてくれている。
彼は本当に優しい殿方です。
「それで、いつから気付いていたんだ」
「気付いていた?」
「やることをやれば当然、できるものがあるだろう」
「先生の仰る意味がわかりませんわ」
「これだから今の若い連中は……まあよかろう」
シマ髭先生は向かい合って椅子に腰掛けると、手首に指先を当てて私の脈を見ています。
先生は紙コップを渡して、そこに……おしっこを出せと睨み付けてきました。
先生は変態です。
出会ったばかりの女性に、いきなり放尿を要求するなんて、とんでもない破廉恥なお医者さんです。
「ば、ばかにしないでくださいっ、こう見えても私はオークブレイカーのパートナーとして、それなりに名前も売れている冒険者なのです! そんな辱めを要求するならば、こ、ここで戦って死にます!」
魔導書を開いた私は、椅子から立ち上がって右手をシマ髭先生に向けました。
「いや、お前さんの尿を検査するだけなので、ここで放尿する必要はない。トイレは、廊下の突き当りにある」
「え、ああ、検査のためですね。私は、てっきり先生の趣味なのかと……失礼しました」
「俺のいた世界では、尿検査で患者が医者を殺そうとは思わんぞ」
「異界のお医者さんに受診してもらうのは初めてなので、やらしいことされるのかと勘違いしました」
「それと、前回の生理はいつだった?」
「な、なんで初対面のあなたにっ、そんなこと聞かれなくてはならないのですか!」
「いや、これも単なる問診だ」
ニヤリと笑ったシマ髭先生は、動揺する私を見て楽しんでいる様子なのです。
おしっこさせたり、月経の周期を確かめたり、本当に診療行為なのでしょうか。
そういえば前回の月経は、いつ頃だったか覚えていません。
もしかして――
「産科は門外漢なのだがね、結論から言えばオメデタだろう」
「オメデタ? 私の頭が『おめでたい』と、からかっているのですか」
シマ髭は、紙を一枚渡してきました。
「お前さんは、どうも極度の照れ屋のようだ。そいつは尿中のヒト絨毛性ゴナドトロピンに反応する試薬で、尿に浸せば妊娠の判定ができる。俺に調べられたくなければ、お前さん自身で調べるんですな」
「妊娠? 私はサブさんの子供を妊娠しているのでしょうか?」
「今どきの若者は、異世界でも変わらないらしい」
「私は妊娠している……そんな」
サブさんは今、魔王討伐に向かうために異世界から転生してきた仲間と打合せ中なのです。
私が赤ちゃんを身籠ったなんて言ったら、重荷になるかもしれません。
でも、もしかしたら私と子供のために、魔王討伐なんて危険な旅を諦めてくださるかもしれない。
親子三人でニュー多窪に居を構えて、オークブレイカーファミリーとして人生を歩むのは悪くありません。
「シマ髭先生……妊娠のことはサブさんに内緒でお願いします」
「うん? 医者には守秘義務があるので、患者の症状を許可なく漏らすつもりはないが、サブは俺の身内だからな」
「お願いです! 私はサブさんの重荷になりたくないのです。彼は、いつか勇者のお兄さんが迎えにくると信じて、毎日一人でオーク狩りを続けてきたのです。ひたむきに努力してきた彼のような冒険者が、魔王討伐に赴こうとしているのに、こんなことで夢を挫折してほしくないのです」
シマ髭先生は、悲しい目で私の膝に手を置きました。
先生は『こんなことではない』と、慰めてくれますが、魔王討伐と私の妊娠を天秤にかければ、やっぱり私の妊娠は小事に思えます。
なぜだか涙が出てきますよ。
「悪いけど、話は聞かせてもらったわよ」
診察室のカーテンを開け放ったのは、とても綺麗な女性でした。
ゆったりしたガウチョパンツに下着のような上着の彼女が、一目見て寅吉兄貴さんの恋人、皆から『モリリン』と呼ばれる踊り子だとわかりました。
彼女はシマ髭先生との間に割って入り、両手を腰に当てて私を見下ろします。
無責任に妊娠した私に説教するつもりでしょうか、それとも叩くつもりでしょうか。
「イオリちゃんだっけ? あんたね、そうやって自分を蔑むのは止めた方が良いわ。愛した男の子供を身籠ったんだから、胸を張って誇りなさいよ」
「モリリンさん……でもサブさんに迷惑かけられません」
「はあ? サブが、イオリちゃんの妊娠を迷惑だなんて言ったら、お姉さんがぶん殴ってやるわ。いいえ、わたしだけじゃないわよ。寅吉だってサブを破門にするし、鰐島さんなんて陰険だから何するかわからないわ」
「それでは、どっちに転んでもサブさんに迷惑なのではないでしょうか?」
モリリンさんは、私に顔を寄せると微笑みました。
「私らは、世間の道理の外で生きてる外道なのよ。そんな外道でも、畜生にならないために外せない道があるわ」
「外せない道とは、いったい何ですか?」
「人道ね。人道にもとる行為は少なくとも、私らの身内では御法度なのよ」
「モリリンさん……ありがとうございます」
「サブは、そういう子だから寅吉が兄弟の盃を交わした。少し抜けたところはあるけれど、あんな良い男は、なかなかいないわよ」
「はい……あれ、なんだか涙が止まりませんよ」
モリリンに励まされた私は、お腹を擦りながら頭を下げました。
私がバカだったです。
サブさんの仲間、鰐島さんを疑い、シマ髭先生を変態などと罵り、ストリッパーのモリリンを心の何処かで蔑んでいました。
仮にも彼らは、この世界を救うために転生してきた勇者の一行ではありませんか。
「私、ちゃんとサブさんに報告します! そして寅吉兄貴さんと皆さんが、魔王を倒す日まで、何ヶ月でも何年でもお帰りをお待ちしています!」
「あらあら、あなた笑顔の方が美人ね」
「え、そんなこと、サブさん以外に言われたことないのです」
モリリンさんは『愛した男の子供を身籠るなんて、やっぱ女の子は凄いね』と、頭を撫でてくれたのですが、その言葉の意味を正しく理解するには、もうしばらく時間が必要でした。




