16話
10月3日16時半過ぎ
日ソ東シナ海海戦の決着が決まり、敗北したソ連艦隊に所属するボロボロのソビエツカ・ベラルシアはウラジオの方向へ駆逐艦と共に遁走を始めていた。
無論、大和、武蔵、信濃の3隻も程度は異なるものの、長時間の修理を要する傷を負い、紀伊や尾張に至っては復旧不能な傷を負ってただ浮かんでいた。
17時過ぎ
俺は目を覚ますとある重巡の航空作業甲板に無造作に置かれた担架の1つに寝かされていた。周りは血生臭い。恐らく重傷の兵士もいるのだろう。
射出機越しで海を見ると動力を失った俺の乗艦だった戦艦紀伊とその姉妹艦尾張に加えてソ連艦隊旗艦ソビエッキー・ソユーズにその僚艦ソビエツカ・ルシアとウクライナが海上で炎上する鋼鉄の塊と化して漂流していた。
那智艦橋前
「まさかあの紀伊があぁなるとは……………ってお前、里川じゃないか!お前大丈夫か?」
突如、大尉の階級章を付けた作業服の士官が話かけてきた。
「ん?お前……………同期の北田じゃないか!」レールが敷かれた甲板で担架の上で寝かされていた俺は北田大尉にそう言う。
すると北田大尉は「おう、確かに俺だ。大変だったな、あの紀伊があそこまでやられるなんて…………」と言い、俺は「その通りだ…………ハハハ」と半笑いで答えると北田は「おう。じゃあ、俺は仕事に戻るからお前も気を付けろよ!」と言う。
そして俺は「じゃあ北田、頑張れよ!」と言いつつ敬礼する。
北田がいなくなってから甲板を見回すとこの那智の乗員と紀伊の乗員の会話以外にもロシア語と思われる言葉と日本訛りのそれも聞こえてくる。
そして紀伊の方角に目を凝らすと燃え上がり爆発を続ける戦艦紀伊の姿が見えた。
俺は立ち上がり愛艦であった戦艦紀伊に対して敬礼をする。
~~~~~回想~~~~~
15時頃
「敵さんも中々だな…………」
ソ連艦隊の砲撃を見てそう呟いたのは紀伊にとって最初で最後の艦長、神重徳大佐だ。
すると航海長の俺、里川信吉は「その通りですね。艦長」と相槌を打ち、外を見つめる。
すると次の瞬間、左舷の高角砲群に敵弾が着弾して船体を揺らす。俺や艦長も何かに掴まる。
「父が三笠の2等水兵の砲員として従軍した日本海海戦の話を思い出しましたよ。艦長」
俺がそう言うと神大佐は笑い、「その通りだ」と言う。
そして艦長がそう言った次の瞬間、後ろの方から物凄いが襲いかかり、艦橋のスタッフたちは一瞬、唖然とする。
すぐに艦長は伝声管で応急指揮所に状況を聞くと応急指揮所は『後部測距所びは現在、応急員が調査に向かっていますので状況が判明次第報告します!』と答えたのである。
一方で外を見るとソ連戦艦がこの艦の砲撃に耐えられずに黒煙を吹きながら炎上傾斜しつつ速度が低下してどんどん後退していくのが見えた。
しかしその炎上する艦の横を高速で通り過ぎこちらへ迫る艦の姿が見えたのである。
5500t級軽巡に通じる見た目からすぐに軽巡であるのはわかった。しかし何故旧式軽巡がと思った次の瞬間、20㌢くらいの単装砲がこちらに対して砲撃を開始する。
まぁ、脅威にはならないと誰しもが思っただろうが、2隻のソ連巡洋艦は紀伊の懐に入り魚雷を一斉に放つ。
紀伊は回避に移ろうとするが、船底に貯まった水が迅速な行動を阻害し、回避出来なかった7つの魚雷が当たり、水柱が満遍なく紀伊の船体を覆う。
2つの推進軸が折れ、主舵室破壊と言う情報が入るが紀伊は傾斜を自動で復元し、13ktに落ちたものの紀伊は進む。
が、第3砲塔弾薬庫が浸水、火薬庫で火災発生との報告が入ると更に左舷外側機関室浸水の際にバランスを取る為に注水した右舷外側機関室で水蒸気爆発が発生し、紀伊は断末魔の呻きをあげ始める。そして16時頃、紀伊の第2主砲で黙らせた敵巡洋艦が最後の一撃として放った18㌢砲弾が艦橋に命中。退艦命令を下そうと電話機を手に取ろうとした直後の神大佐は爆死したが、物陰にいた俺は切り傷だけで済んだ。艦橋内の階段が健在だったのが不幸中の幸い。
俺は水浸しの甲板へと降り立ち海へ飛び込んだのである。
そして俺は那智の救助艇に救出され、そこで気を失った。
まぁ、そんな話だ。
俺は立ち上がると沈み行く紀伊に敬礼を続けた。
そして紀伊は巨大な爆発に包まれて海中へと沈んでいった。