伍/怪討のツルギ/後
智磨が霊体となった怪異を斬った直後、力が抜けたように成美が崩れ落ちる。
それを見て智磨は「成美!」と口にしながら駆け寄る。
同時に、二メートル超の巨大な直刀となっている布都御魂を血振り――刀で人を斬った後に血を振るい落とす行為――を思わせる動作を片手すると、何事もなかったかのように長さ一メートルに満たない普段の布津丸の姿形に戻る。
怪異が去った以上、ここにいるのは単なる保護対象である坂本成美だけ。
布都御魂が発する奇力や雷はそれだけで成美に対しては害になりかねない。それを理解しているが故の咄嗟の判断だった。
気を失っている様子の成美を前に智磨は冷静に脈拍の確認をし、まずは無事に生きている事がわかってほっと胸をなでおろす。
智磨と布都御魂が成し遂げた、怪人の依り代を斬る事無くその中にいる怪異だけを斬るというもの。
これは、布津丸が昨夜の作戦会議の時点で豪語していた事であった。
布都御魂は名前からして“物が断ち切れる様子”という由来を持つため、斬る事に特化しているのは智磨と同席していた真鈴もよく知っていた。
しかしながら、こうして怪人の依り代を傷つける事無く中に入り込んだ怪異だけを斬るというのはあまりにも現実味が無さ過ぎて、当初は気が気ではなかった。
だが、布都御魂となった布津丸を手にした瞬間“できる”と確信するに至っていた。
とはいえ、それはそれとして、である。
気を失っている成美を見るのは心臓に悪い、という感性も持ち合わせているが故に、無事を確認した事でほっと一息つく形となったのだった。とりあえず、屋上の硬い地面に寝かせる訳にはいかない、と智磨は成美を抱きかかえる。
所謂、お姫様抱っこの形となっているが、智磨の方が小柄なせいか少々不格好に見えるのはご愛敬である。
「ん……んん……」
すると、姿勢が変わったからなのか成美の声が漏れる。
意識を取り戻しつつあるのか、と感じた智磨は「成美?」と尋ねるが「んへ……あと五個は食べられるもんね……」と明らか過ぎる寝言が返って来て「はぁああ……」と大きく安堵のため息をつくのだった。
「よ、待ってたぜ」
闇夜に紛れながら高層建築物の外壁を成美を抱えたまま駆け下りた智磨は、地上で待っていた人物――真鈴にそう声を掛けられ「待たせちゃった?」と尋ねると「いーや。十分早いっての」と真鈴は智磨の問いをあっさりと否定する。
そして、その近くにはいつもの白いスペシャリティカーがドアを開けたまま停まっており、愛車でここまで来てくれていたらしい、と智磨は察する。
話し合いの結果として智磨が件の怪異と一対一で戦う事となり、真鈴は“万全な智磨なら負けない”と断言していたものの、それはそれとして心配だったようである。
そう思って、智磨は「ごめん、心配かけた」と口にする。
「バカ。智磨くらいの歳の少年少女は大人に心配かけてナンボだろうが」
それに対して真鈴はあっけらかんとそう答える。
更に「寧ろ、もう少し心配とかさせろよ?」と付け加える。
これまでの水流城智磨と言えば、何事もなかったかのように物事を片付ける事が多く、今回のように見るからに調子を落としている様子というのは真鈴からすれば初めての事だった。
子供と言うのは、大人に迷惑をかけてナンボという風潮がある。
どんな子供も何らかの形で大人に迷惑をかけ、どのようにすれば迷惑をかけずに済むか、を学んでいく。
智磨もまた、その過程にあると真鈴は考えていた。
だからこそ、こうしてちゃんと大人として智磨に接する事ができた、と感じているのだった。
「ところで、これってどう報告すればいい?」
そんな真鈴の様子はともかくとして、智磨は本題に入る。
今、両の手で抱えている坂本成美についてである。
坂本成美は、学校には体調不良での欠席、警察には行方不明として現在処理されている所だ。
変な後処理をした場合には全日本怪討組合が何かしらの介入をした痕跡が残ってしまう。
その為、慎重な対応が求められる場面であり、これには「あー……そうだよなぁ……」と真鈴も明後日の方向を見る。
二人とも、特定の支部の職員という訳ではなく、あくまでも現場で怪異を討伐するのがメインの人員である。
周辺の目撃者に対して奇力を中てる事で気絶させ、怪異に関する記憶を消去する、というものであれば難なくできるものの、書類が絡んでくるとかなり複雑な処理になってくる。
これは二人にとってはあまりに至難であった。
「……とりあえず、美波支部長様に頼ろうか」
「そうだね、真鈴……」
全日討の霊崎支部の長、坂本美波。
つい最近、副支部長が怪人だったりと支部内がごたついていて、その上で娘である成美が今回こうして行方不明になったりと、その心労は察するにあまりある状況。
それでも、この状況において最も頼れる人材は彼女しかいない事から、二人はそう結論づける。
ふぅ、と二人とも息を合わせた訳でもなくほぼ同時にため息をつく。厄介そうな後処理を美波に投げる事で安堵したが故のもの。
一等怪討、特等怪討は確かに抜きん出た存在ではあるが、だからといって書類仕事まで完璧という訳ではない。
真の意味での完全無欠など、そうそういない。
そんな中で「とりあえず――」と真鈴が口を開く。
「――美波への電話とか諸々はこっちでやっとくから、智磨はもう寝とけ」
真鈴がそう言いながら、ジェスチャーで成美を寄越せと暗に示す。
真鈴から智磨に対する気遣い対してに「……いいの?」と本当にいいのかと智磨は尋ねる。これには「応ともさ」とにっこりと笑みを浮かべながら真鈴は返す。
「わかった」
そう言って、智磨は抱えていた成美を手渡す。
軽々と智磨が持っていた為、もっと軽いと予想していた真鈴は思ったよりも成美が重く「おっと」と真鈴は僅かに声を漏らしながらも確りと受け取る。
決して成美は太っているという訳ではないが、意識のない人間というのは重く感じるものである。
それは兎も角として、真鈴は自らの車の助手席に成美を寝かせる。その様子を見ながら、智磨は不満気な顔で口を開く。
「……こういう時に、新しい車で来てくれた方が良かったんだけど」
仮にも気を失っている智磨の友人である。
もう少し大事に扱って欲しい、と思うのは真っ当な事だろう。
サーキットや悪路等を走らせる事に特化している真鈴の愛車の乗り心地は良いかと問われれば答えは否だろう。
そんな智磨の呟きを耳にした真鈴は「好きな車なんだから仕方ないだろ!」と開き直る。
そんな普段通りのやりとりをしつつ、智磨はその場を去るのだった。
一方。
外宇宙の何処か。
『……ホント、面白かったあ……』
周囲にはなにもない。
ただひたすらの虚無が続いている。
その中で唯一存在するものは、無数の触手を生やした何者か。
それこそが、外宇宙からの侵略者。
最新の神話に登場する旧き神々の一柱。
混沌の象徴とも言える存在であり、先程、日本のK県霊崎市において智磨によって斬られ、討伐された筈の存在だった。
その近くに、突如として炎が現れて、触手の怪異は『おっと危ないなあ』と言う。これに対して『よく言うよ……』と炎からそのような言葉が発せられる。
この炎も神話における旧き神々の一柱であり、神話において触手の怪異はこの炎を天敵としていると記述されているものの、漏らした言葉にはどことなく余裕が感じられる。
神話――あるいはその派生作品においてトリックスター、舞台回しのような役割を果たしているからか。この怪異は自らの危険にあっても、余裕を崩す事はない。
――ただ、それでも予想外の出来事にはそれなりに驚きを見せる。
そう、先程の水流城智磨との対決等のように。
そんな触手の怪異は先程自らに一撃を浴びさせようとしていた生きる炎に対して『……あれ、続きはやらないの?』等と尋ねる。
これに対し生きた炎は『今ここで焼き殺したとて、お前はどこかで生き延びるだろうに』と口にすると『アハハ、正解』と触手の怪異は愉しげにそう答える。
『でも、そうだなぁ……今この瞬間に、あの子が此処に来てあの刀で斬ったのなら、私は消えていたかもねえ』
『……刀でお前が死ぬ? そんな事、あり得るのか』
触手の怪異の一言に、生きた炎は驚きその炎の勢いが一瞬だけ僅かに増す。
その余波が触手に当たり『あちッ!』と声を漏らす。
生き延びるのは事実としても、ダメージそのものは通る。流石に、天敵としている者の炎をその身に受けて、傷一つないなんて事はなかった。
『で、どうするつもりだ』
『んー。面白そうだからこれからも観察するかな』
『介入しないだろうな?』
外宇宙の侵略者、として一括りにされるこの二柱だが、互いに敵対関係にあったりと足並みを揃えている訳ではない。
生きた炎としては、この触手の怪異がまた勝手に地球に降り立ち好き勝手に動かないかが気がかりであった。
これに対して『どうだろうねー?』と触手ははぐらかす。
『面白くなくなったら、介入しちゃおっかなー』
その言葉に呆れた生きた炎は無言でいきなり燃え広がって触手を包み込む。
触手の怪異はただひたすら暫くの間『あちッ! あちちッ! どうせ生き延びるだろうけど痛いんだってッ!』と炎に対して文句を口にするのだった。
――なんだかんだで、外宇宙の侵略者がいようとも、地球はいつもどおり回っているのだった。
次回更新予定時刻:
2025/08/01/08:00




