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第一章:2 人間の魔法触媒


「ーーー…ちょっとコレどういう事っスか?」



 昼食時、自身の食事を見たガリアが一人だけ違うメニューに不満をこぼす。


「なんで自分のだけシケッたパンとカピったベーコンなんすか!?こんなのあんまりっスよ!!」


「それはお前の()()に用意した物だ!……ぼっちゃんが残す分にはまだいいが、使用人のお前が食材を無駄にすることは許さんからな!残さず食えよ!」


 すっかり硬くなったパンを眉間にシワを寄せながら噛みちぎるガリアをまだまだ今朝の遅刻にお怒りのエディが一喝する。

 それを口火に使用人同士の口喧嘩に発展するのも、もはやこの食卓のお決まりの風景だ。


 「…全く、毎日ケンカしてよく飽きないね。」


 ーーー…そんな二人の喧嘩に我関せずとアルタスは貴族らしい優雅な振る舞いで温かい食事を堪能する。

 本来、こんな風に使用人達と同じ卓を囲むなど貴族としてあり得ない事だが、誰が見ているわけでもないたった三人で暮らす館だ。

 効率を求めた結果このスタイルになったのだが、それ以外にもいい効果はあった。


 お互いの関係を深めるには同じ時間や体験を共有することが大事。…と言うのはよく聞く話だ。


 同じ食卓を囲むことで会話は増え、元々大雑把で砕けた雰囲気のガリアはともかく、この地に来た当初はあくまで主従関係の距離を保っていたエディも今では遠慮なく口喧嘩をはじめる程になった。


 …そんな気兼ねもしないもはや家族同然と言ってもいい仲になり、一緒に食事を摂る事はいいことづくめだ…ーーー



「ーーー…って!ぼっちゃん!聞いてるっスか!?」


 そんな事を考えていると突然ガリアの矛先が向く。


「…ん?どうかした?」

「だーかーらー、これっぽっちじゃ全然足りないッス!このままじゃガリアちゃん午後からのお仕事倒れちゃうッスよぉ…」


 わざとらしく「えーん…」と、泣き真似をするガリアに、アルタスは一瞬何か悪だくみを思いついたような顔をした後、これまたわざとらしい微笑みを作り、白々しく自分の皿をガリアへ差し出しだす。


 「しょうがないな〜そんなにお腹が減っているならこれをお食べ」 


 「…豆ぇ…?…自分、肉がいいス…」


 「ーーー…あっ!ぼっちゃん、嫌いだからって豆を人に食べさそうとして!好き嫌いはいけませんよ!」


 「なっ、何だよ!さっきまで僕は残してもいいって言ってたじゃないか!!ガリア早くこれ食べて!」

 

 ーーー…そこには先程までの優雅な貴族の姿はなく、ただの子供のように駄々をこね続けたが、ジトっと見つめるエディからのお許しはもらえない。

 アルタスは一緒に摂る食事も良いことばかりではない、と少し後悔しながら目を白黒させ豆を口に放り込むのであった……



 ……こんな一幕もあり、騒がしくも楽しい昼食を終えると、エディは皿を下げ、夕食の仕込みへ厨房へ戻って行き、ガリアは指で歯に挟まったベーコンと格闘している。


「ーーー…ふぅ…今から自分は掃除するんで今日もぼっちゃんは書斎でおベンキョ頑張るっス!」


 ーーー…一応ガリアはメイドの他に教育係も兼任しているはずだ。

 しかし優秀なアルタスが自分の学力を超えていると分かった途端笑顔で教育を投げ出し、剣術の稽古以外はアルタスの自主学習ということになってしまっている……


「うっぷ…じゃあ僕は先に行くから頃合いを見てまたお茶でも持ってきてよ…」


 まだ口の中に豆の風味が残り、顔色悪くガリアに告げると「了解っス〜」と軽い返事と投げキッスが送られ、アルタスはヨタヨタと書斎へと向かって行った…ーーー



ーーーーーー



 「うーん……」

 ーーー…書斎にて。

 アルタスは今日読む予定の本を片手に悩む。


「ーーー…やっぱり今日は魔法書を読もうかな…」

 

 この館の書斎は広くはないがかなりの蔵書があり、本来の持ち主である父がいかに勉強家であることが伺い知れる。

 そんな尊敬すべき父のように全てを読破すると意気込んではいるが、五歳児が独学で理解するには難しく、思ったようには進まない。


 そんな中、魔法書は呪文や魔法陣など図解がついており元々魔法に興味があるアルタスにとっては楽しく、絵本替わりに何度も読んでいるのだが…ーーー


「ダメダメ!今日こそちゃんと歴史書を読もう!」


 パンパンと頬を叩き、気合いを入れ、歴史書に向き合うが、作者のクセなのか?…やけに詩的な言い回しが非常に読み辛い。

 辞書を引きながら何とか読み進めるも、詩的な文の割に全くイメージの湧かないものがある。


 「…人間ねぇ…ーーー」

 ーーー…魔族永遠の敵『人間』

 当然ながらまだ戦場にも出たことのないアルタスはどんな姿をしているのかも想像つかず本を読む手が止まる。


「戦場に行ったことあるガリアなら人間のことも知ってるかな?」

 ーーー…そんな事を呟いていると丁度よくドアが開き、掃除に飽きたガリアが早めのティータイムをすべく勢いよく入室してくる。


「ーーー…さぁさ!お待ちかね、ガリアちゃんのスペシャルティーのお時間っスよ〜!」


 そう言ったガリアは高そうな茶器を雑に扱い、ジャバジャバとカップからお茶を零しつつも、これが自分のスタイルと言わんばかりに自信満々にお茶を淹れてくれる。


「うん!今日の出来も完璧っス!さっ!ぼっちゃん」


 結論から言うとガリアの淹れるお茶はおいしくはない。

 茶葉の味を完全に殺している。

 だが不思議なもので五ヶ月も飲んでいるとなぜか安らぎを覚えはじめ、この味を求めてしまう。

 そんな中毒性のあるガリアちゃんのスペシャルティーを堪能しつつ、先ほどの疑問をぶつけてみる。


「ーーー…ガリアってこの仕事の前は傭兵をしてたんだよね?」

「そっス!十歳の頃と十二の頃に二度ッスね!」


「聞きたいんだけど、人間ってどんな見た目してるの?」


 ガリアは少し考え込む…ーーー


「うーん…他の種族とそんな変わんないスけどね。耳の丸いエルフ…背の高いドワーフみたいな感じっスけど、一つ言えるのは……」


 「ーーー…人間は怖いっス……」

 実家にいる頃はほとんど敷地の外に出たこともなく社交界デビューすらもまだなアルタスにはエルフもドワーフもピンとこないが、見た目については魔族ともそう変わりはないのだろう…ーーー…ただ、怖いとは一体どの辺りを指すのだろうか?



「あいつら魔素も見えないし魔力も低くって『魔法触媒』っていう変な道具を使わないと魔法を発動できないんス。」


「そんな弱っちい奴らなのに魔力不足の時に無理やり魔法使って目や耳から血を流しながら襲って来るモンだから正直ビビったッスよ!」


 ーーー…目や耳から血を…

 魔素を短時間で取り込み過ぎた時の症状だそうで確かにそんな姿見たら夢に見るほど恐ろしいだろう。

 苦々しい顔で語るガリアの人間の生態についても気になる所だがそれ以上にアルタスの心を掴んだワードがある。


「『魔法触媒』?変な道具っていうと?」


 歴史書には記述のなかった『魔法触媒』…ーーー

 アルタスが質問するたびに赤い肌を更に真っ赤にして記憶を掘り起こすガリアには申し訳ないが、

 元々魔法に憧れがあるアルタスはもう魔法触媒に対しての興味を止められなかった。


「……昔は杖とか剣みたいな普通の武器だったらしいんスけど、自分が戦場に行った時は馬なしで走る馬車?…みたいなもんが戦場をウロウロしてたッスね」



 ーーー…馬なしで走る馬車……!?

 剣や杖からどう派生すればそんな物になるのだろうか?

 自分が思っていた物の斜め上を行くような話にアルタスが呆気にとられているとガリアは何かを思い出したかのように手をポンと叩き、ニヤリと笑った。



「………ぼっちゃん実は自分、人間の魔法触媒持ってるんスけど見たいッスか?」


「えっ!持ってるの!?見たい、見たい、見たい!」


 予想以上に食いついたアルタスにガリアは目を丸くした後、得意げにふふん!と胸を張り

「そこまで言うのなら特別っス!」と、鼻息荒く自室へと走っていく。


 ーーー…ガリアの魔法触媒とは一体なんだろうか?

 まさか馬車という訳はないだろう。

 剣なのか?杖だろうか?

 …いつか戦場で見られたらいい程度の気持ちで居たアルタスは、思わぬ幸運にどんな物が出てくるのか胸を踊らせガリアを待つこと数分。


 「お待たせっス〜!」

 戻ってきたガリアに抱えられたソレはアルタスが考えていたどれとも違うよく分からないものだった。


 大きさは大人の手のひらほどで厚みがある。

 真ん中には穴が空いており、そしてその円に沿って見たことのない文字が彫られている…ーーー


 西日に照らされ鈍い輝きを放つ真鍮製の太陽を模したかのような意味の分からない形……

 …しかし何故かその謎の魔法触媒から目を離せない……


 「ーーー…これが魔法触媒…?」



 少年アルタスと歯車の出会いであった。










・忙しい方向け今回のポイント



・アルタスは知識に貪欲。

・人間は道具を使わないと魔法が使えない。

・魔族は道具なしでも魔法が使える。

・ガリアが持っていた人間の歯車型の魔法触媒と出会う。

・それが何かはまだアルタスは知らない。

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