智の再訪
後日、検査の結果、譲治の容態は思ったより芳しく無いことが分かり、綺羅々達は日程の調整が出来次第、お見舞いに行くことになった。
その間、綺羅々と慎は心の奥で波立つ気持ちを抑え、できるだけ普段通りの生活を送った。綺羅々は以前にも増して積極的に慎の仕事を手伝うようになり、慎はプライベートの時間、綺羅々に触れることをためらわなくなった。二人は結ばれた夜以来、身も心も固く結ばれ、夜ごとに身体を重ね、互いへの愛を確かめ合った。いくら抱き合っても抱き足りることは無く、綺羅々は「女性らしさ」を一層身につけて、美しくなっていった。
そんな時、智が譲治の件で別邸にやって来た。別邸の門で綺羅々と慎が智を出迎えた時、智はやつれ、疲れており、その様子に慎も綺羅々もさすがに心配する程だった。
「智様、大変なところ、遠くまで来ていただいて申し訳ありません」
「お兄様、大丈夫?具合が悪そうよ」
二人がそれぞれ、智に言葉を向けたが、智の眼差しは、慎と綺羅々ではなく、綺羅々だけに向けられた。
「……綺羅々、何だか、雰囲気が変わったな」
相変わらず包帯を巻いているものの、全身からにじみ出る雰囲気に、妙な色っぽさがあった。そして、車で来た智を初めて慎と綺羅々の二人が出迎えにきたその時、二人がふと見つめ合う眼差しに違和感を覚えた。智も綺羅々を想うからこそ、慎と綺羅々の間に何かあったことを敏感に感じ取ったのだった。
智は、車の中で、二人が気付かない位、微かに笑った。
――いずれこうなることは、最初から、分かっていたじゃ無いか。
智がどんなに力を尽くしても、綺羅々の心は手に入らないこと。大きな壁があって、それを壊すことは出来ないのに、慎には心を開いていること。最初は復讐するためだったはずが、綺羅々の成長した姿を見て、心を奪われてしまった自分の惨めさ。本妻を愛さずに愛人を愛した父親の血が流れていることの恐ろしさ。
それでも、譲治の容態が思わしくなく、自分が結城家をつがなければならない可能性が現実味を帯びてきた今、嘘でも良いから支えてくれる人が欲しかった。那智はもう嫁いでしまい、気軽に相談できる状態ではなく、紘子はあまり譲治に感心が無かった。智は一人で色々なことを処理していたのだった。
そんな時、綺羅々の顔がふと見たくなった。譲治の容態の説明も兼ねて、会いに行きたくなった。たとえ、見えない壁を壊せなくても、想い人に会えるということは、智にとって一つの支えになっていたのである。しかし、そんな綺羅々も、今では慎と通じ合っている。
智は、その状況を目の当たりにして、色々なことに蹴りをつける必要があると感じ始めた。譲治のことも、綺羅々のことも、慎のことも。自分が多くを抱える前に、自分が抱えている多くのことを吐き出さなければならない。そのためには、自分が隠していた想いを、打ち明けなければならない。
智は車を降り、いつものように綺羅々の部屋に通され、一通り、綺羅々と慎に譲治の容態について説明をした。
「父さんは、ガンらしい。しかも膵臓ガンだ。酒が大好きだったから仕方ないかもしれない。予後はあまり良くないとのことだ。色々な人間が父さんの見舞いをするもんだから、さすがに父さんも見舞いには嫌気がさしてる。ただ、綺羅々と慎には会いたいと言っていた。4日後、俺の車で病院に連れて行くよ」
「お父様が、ガン……」
「……」
慎も綺羅々も、予後の悪いガンと言うことを知らされ、ショックを受けていた。
「親父に万が一のことがあれば、俺が結城家をつぐつもりだ。あまり考えたくはないが。ただ、その前に、色々と整理したいことがある。二人にも、ぜひ協力をお願いしたいんだが、頼まれてくれないか?」
慎と綺羅々は顔を見合わせ、そして智の方を同時に見やると、頷いた。
「まず、綺羅々。俺と、明後日、遊園地に一緒に行って欲しい」
唐突な提案に、綺羅々は驚いて目を丸くし、口許に手のひらを当てた。
「どういうことでしょうか、お兄様」
「それは、遊園地に行ってから話したい。もちろん、意図はある。そして、責任を持って連れて帰る。それで、良いか?」
智がさりげなく慎の顔色をうかがうと、慎は一瞬難色を示したように眉をひそめたが、すぐに、
「もちろんです」
と答えた。綺羅々は、慎の表情を見て、「分かりました、お兄様」と続けて答えた。
「次に慎、綺羅々と遊園地に行った日の夜、少し話がある。たいした話じゃないさ。だから、二人とも、明後日は結城家に戻ってきてくれ。次の日、父さんの病院に連れて行く」
綺羅々は不安そうだったが、慎は「かしこまりました」と静かに頷いた。しかし、その慎の瞳の奥は揺れている。その時、智には何となくだが、慎には、智が慎に言いたいことが分かっているような気がした。それでも、綺羅々の後で無ければ言う意味が無い。智は要件だけ済ませると早々に立ち上がり、お茶も半分ほど残して別邸を去る準備を始めた。
「いつもはもっとゆっくりさせてもらうんだが、想像以上に事態が深刻で俺も参っててね。二人の元気そうな姿が見られただけでも励みになるよ。また、3日後、迎えに来るからよろしく頼む」
そう言って、智は1時間も滞在しないうちに帰っていった。智には、数日前、慎に向けた覇気が既に無くなっていた。ただ、突然の出来事、譲治の病気と綺羅々と慎の関係に戸惑う、一人の人間になっていたのだった。
そんな智を見ると、綺羅々も慎も、さすがに気まずくなって、その日は二人別々に、静かに過ごした。結城家と自分達の未来は、確実に近いうちに変わるだろう。それでも二人で一緒に生きて行ければ、そう願うのだった。




