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愛を教えて ――包帯の姫君と執事  作者: 歌田うた
第二部:安住の地へ
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花の手入れ

「美味しかった」

 初めて綺羅々が自ら作った朝食を食べ終わると、思わず微笑んだ。見た目は決して良くなければ、特別凄いことをしたわけでもない。それでも、綺羅々は達成感に包まれ、両手のひら同士を胸の前でくっつけて、頭を下げた。

 一方、一足先に食べ終わった慎は、その様子を微笑ましそうに眺めていた。

「慎って、食べ方がとても綺麗な上に、食べるのも本当に早いのね」

 パンの切り方から目玉焼きの食べ方まで、結城家の誰よりも優雅だった。智や譲治よりも上手だった。それでいて、すぐに食べ終わってしまうのだ。綺羅々は、時折パンのかすを少しこぼしてしまう自分が恥ずかしくなった。

「執事はやらなければならない仕事が沢山ありますので、料理の時間は本当に少しです」

「大変なのね。他に、何か私に手伝えることはないかしら?」


 綺羅々は料理をきっかけに、家事にも関心を持ち始めたようだった。

「そうですね、毎日の掃除と言えば、掃除機がけにほうきがけ、浴室とお手洗いの掃除、花の水やりや草むしりですが……掃除機がけなどは力仕事なので、花の水やりをお願いしてもよろしいですか?」

 慎は綺羅々の意志を尊重して、花の水やりを提案すると、綺羅々は何度も首を縦に振った。

「ええ!ぜひ!それなら、草むしりもやるわ」

「いえ、それは綺羅々様のご身分のような方にさせるわけには……」

 綺羅々は、じろり、と慎を見つめた。慎は困って首の後ろを軽く触ると、小さく息を吐き、「わかりました」と言った。


「それでは、ひとまず、包帯だけ変えて、それからやりましょう」

 てきぱきと慎は皿を配膳用のカートに乗せ、それが終わると綺羅々の部屋の棚から包帯のセットを取り出した。

「足は要らないわ。タイツを履いているし、かがんだりしたら動きにくいから」

「かしこまりました。それでは、腕と、眼帯だけ」

 綺羅々は立ち上がり、ベッドに腰掛けると、ワンピースを脱いだ。慎は、慣れた手つきで、両手の同じ部分に包帯を巻いていき、新しい眼帯を取り出した。

「綺羅々様は、瞼に傷があっても十分お美しいですよ」

 慎が急に真顔で綺羅々の右目を見て呟いたので、綺羅々は心臓の鼓動が早まって思わず目を反らした。

「そんなこと言うの、ずるいわ。良いから、つけて」

 すると、慎は、綺羅々に顔を近づけて、瞼にそっと、唇を当てた。綺羅々は驚いて、思わず目をつむり、拳を握りしめた。

「……ッ」

「すみません、嫌でしたか?」

「嫌じゃ、ないけど、ちょっと驚いた」

「綺羅々様の瞼の傷を見るのは、私だけです」

 そう言って、慎は綺羅々の右目に眼帯を掛けた。綺羅々はワンピースを再び被り、いつもの綺羅々になった。


「気を抜くと、こうして綺羅々様を愛したくなってしまいます。執事としてあるまじき行為ですね」

「もし嫌なら嫌って言うもの。わきまえなさい、執事めって」

「ふふ、そういう綺羅々様も悪くありませんね」

 二人は吹き出して、ほんの数秒見つめ合った。

「それでは、私は朝食の皿を片付けて参りますので、5分後に玄関で待ち合わせ致しましょう」

「わかったわ」

 慎は棚に包帯の箱をしまい、配膳用のカートを押して部屋を出て行った。


 綺羅々は部屋にあるもう一つの大きな窓から庭を眺めた。


 今日は天気も良いし、水やりには最適な環境だ。昨日見た花をまた見られることが嬉しく、自分が花を元気にさせることが出来るのだと思うと、心が躍った。また、草むしりにも興味がわいた。どういう草をむしるのだろう。

 こうやって自分が出来ることを少しずつ増やしていき、慎の負担を少しでも減らして、慎と過ごす時間が少しでも増えれば良い、と思った。


 5分後、玄関へ行くと、慎がコートを持って立っていた。

「長い間外にいらっしゃいますと身体が冷えてしまいますので、少し動きにくいですがダウンコートをお召しになってください。また、これは農作業用の手袋と、花鋏、それから枯れてしまった花を切って捨てるビニール袋です。お花の水やりと、草むしりは、また後でご説明致します。私は室内で朝食の片付けと廊下の掃除をしております。何かあればいつでもお声がけください」

 紺色のダウンコートを差し出されると、綺羅々はそれを着用し、手袋を手にはめた。そして、一式の道具を受け取り、靴を履いて外に出た。

 太陽はまぶしいが、冬の冷たい風は相変わらずだ。しかし、澄んだ空気が鼻に抜けると、外に出て良かったといつも思うのだった。


 昨日のように庭に降りていくと、色とりどりの花が咲いている。一つずつ見て回りながら、明らかに枯れている花や、枯れそうな花、伸びすぎた葉っぱなどを見つけては他の花を傷付けないように花鋏で切ってビニール袋へ捨てていく。均等に植えられた花と、色のセンスは、見事としか言い様がない。毎日きちんと手入れしているせいか、殆ど切る必要のあるものは見当たらなかった。すぐに帰るのももったいなくなって、綺羅々は、花を一つ一つ観察してみることにした。


 冬だからか、くっついている虫は居ない。寒い中、懸命に綺麗な花を咲かせている花がいじらしく思え、部屋の中にも花を飾ってみたい、とふと思った。紘子の趣味は切り花で、あの事件のことはともかくとして、屋敷の至る所に紘子の作り上げた切り花が飾られていたものだ。


 しかし、今、屋敷の中には花はなく、こうして庭の中に花が咲いているだけである。ここから花を抜くのは可哀想だし、綺羅々達は幽閉されていて、車を持ち合わせていないので、遠くへ買い出しに行くことも出来ない。


 一週間に一度、結城家の執事が必要な物資を運んでくるので、その時にお願いしてみようかと思い、綺羅々は慎が居る屋敷へと一旦戻ることにした。


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