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愛を教えて ――包帯の姫君と執事  作者: 歌田うた
第二部:安住の地へ
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朝食作り

 まず、慎は小さなボウルに卵を割って見せた。綺羅々にはその動作がまず、驚きだった。

「卵って、こうやって割るの?」

「そうですよ。こうしてボウルや、台の縁に殻を当てて軽く割り、そして両手で開いて中身を取り出すのです」

 慎から卵を差し出された。綺羅々は緊張した面持ちで卵を持った。慎が別の小さなボウルを目の前に置き、手で押さえてくれたので、慎がやった通りに、卵を割ってみた。すると、小気味良い音と共に、中身がボウルの中に吐き出された。

「で、出来た……!」

 綺羅々の瞳は初めて料理をする5歳児のようにキラキラと輝いた。慎はその様子が微笑ましくて、口許を緩めた。

「卵を割るのは、そんなに難しくないでしょう?本当は、油を引いたフライパンに直接卵を割ることもありますが、今回は、ボウルを使ってみました」

 綺羅々は感動して何度も頷いた。


「次は難しいですよ。ナイフを使いますから」

 慎は、オレンジを綺羅々に見せた。

「これを切るの?」

「そうです。まずは皮の部分を綺麗に洗います。結城家では農薬が使われたオレンジは極力使わないようにしていますが、それでも念のため洗うことにしています」

 慎は水道で二つのオレンジの皮をさっと洗い流し、ペーパーで拭いて綺羅々の前に戻ってきた。

「本題はここからです。このナイフで、こうやって、オレンジに切り込みを入れます」

 まな板とナイフをセットし、慎はその上に二つのオレンジを置いた。綺羅々は自分を傷付ける用途以外でナイフを使ったことが無かったため、新鮮な気持ちだった。

 一つめのオレンジは、慎の手によって二つに切られた。中からはいつも食べているジューシーなオレンジの果肉が現れ、柑橘系の甘い匂いがふんわりと漂ってきた。


「更に、ここからこうして半分に切ります」

 半分になったオレンジの果肉面を上にし、真ん中に通っている筋にナイフを当てると、半分のオレンジを更に半分にした。残りの半分も、同じように半分に切って、一つのオレンジは四つに分かれた。

「とりあえず、ここまでやってみましょうか」

 慎は、ナイフを綺羅々に差し出した。綺羅々はそのナイフを受け取ると、緊張して手が震えた。

「大丈夫ですよ、私が傍について居ますから」

 その一言に綺羅々は勇気をもらい、もう一つのオレンジのへたの辺りにナイフを当てると、下に向かって切り込みを入れた。しかし、上手く切ることが出来ない。


「夕食でステーキが出てきて、それをナイフで切るときのことを想像してみてください。オレンジに対して、ナイフを前からすっと斜めに差し込み、後ろに引きながら下ろしていくようなイメージです。ただし、指は切らないように、しっかり食材を抑えてくださいね」

 綺羅々は言われた通りにやってみた。すると、すっとオレンジは半分に割れた。同じように、半分になったオレンジを更に半分に切り、慎と同じように、一つのオレンジは四つに分かれた。

「綺羅々様は飲み込みが早いですね」

 思いがけず褒められて、綺羅々は嬉しくなった。


「次は、オレンジの皮を剥きます。と言っても、全てではなく、食べやすくするように半分程度ですが」

 そう言って、慎はまた実演を始めた。これは中々難しそうだった。繊細な手つきで四つのオレンジに切り込みを入れ、あっという間にやって見せた。

「難しそうね……」

「綺羅々様は初めてですから、オレンジを持つ手が多少果肉に手が触れてしまっても問題ないですよ。皮の端から、果肉の一番下に沿うようにして、ゆっくりナイフを下ろしてみてください」

 綺羅々は、言われた通りにオレンジに切り込みを入れてみたが、全て慎のように綺麗に切ることは出来なかった。途中で失敗してオレンジの皮が切れてしまったり、果肉を切って果汁が垂れたりしてしまった。


「さすが慎ね。私なんて、全然だめ」

「今日初めて料理をする人がいきなり綺麗に出来てしまったら、私は要りませんよ」

 慎は笑って、プレートを目の前に二つ並べた。

「さあ、この端の部分にオレンジを置いてください。あとで、ここにイチゴをいくつか添えます」


 それから、慎はパン用のナイフでまだ手がつけられていない一斤の食パンを8枚に切り分けた。殆ど均一に切られたそれは、もはや芸術的だった。

「すごい。そんな均等に切れるの?」

「これでも、結城家の執事ですから」

 そして、食パンは、トースターの中に入れられ、香ばしい匂いを立てて焼かれ始めた。


「最後の仕上げをしましょう。目玉焼きを作ります」

「白身の真ん中に黄色の大きな丸がついているやつ?」

「そうです。目玉焼き専用の器具がありますので、入れるだけですが、焼き加減を間違えると焦げ付いたり、目玉が崩れてしまいますよ」

 慎は目玉焼き用のフライパンを取り出して、ガスコンロにセットした。火を付け、フライパンを温めると、切り分けられたバターを一つ投入し、そして、先ほどボウルに割った卵をフライパンに近づけてゆっくりと投入した。

 徐々に透明だった白身は白くなり、目玉焼きの形になっていった。そして、白身がある程度固まったところで蓋をした。綺羅々は食い入るようにその様子を見つめていたが、慎はその間に手早くイチゴを取り出して洗い、ざるに乗せた。そして、タイミングを見計らって、火を止め、綺麗にできあがった目玉焼きをプレートの上に乗せた。それは、見事な目玉焼きだった。最後に、慎はキッチンペーパーで油を拭き取り、綺羅々の方を見た。


「綺羅々様もやってみましょう」

 綺羅々は慎の真似をしてコンロに火を付け、暖まったところでバターを入れ、そして溶けたところでフライパンに卵を近づけて投入した。慎は敢えて何も言わずに綺羅々の様子を眺めることにした。火加減が強すぎたのか、卵を落とす位置を間違えたのか、まず、目玉は真ん中に来なかった。また、蓋をして黄身が固まるのを待っても、まだ火の通りが甘かったのか、プレートに落とすと、目玉が崩れて中から黄身が出てきてしまった。


「あ…っ」

 綺羅々が残念そうにその無残なプレートを見つめると、慎は綺羅々の肩を優しくたたいた。

「目玉焼きの難しさ、分かりましたか?」

「痛いほどよく分かったわ。料理一つ作るのも簡単じゃ無いのね」

「料理が嫌になりましたか?」

「ううん、もっとやってやるっていう気持ちになったわ」

 綺羅々は悔しそうに拳を握って慎を見上げた。慎は、かつての、あの、九歳の綺羅々の面影をそこに見た。


「さて、パンもできあがったようですし、イチゴと一緒に盛り付けましょうか」

「一緒に食べてくれる?」

「綺羅々様が、そうおっしゃってくださるなら、お言葉に甘えて」


 できたての食パンと、艶やかなイチゴが添えられ、朝食が完成した。最後に慎がミルクを温め、ミルクココアを作ると、二人分の朝食は配膳用のカートに乗せられて、綺羅々の部屋へと運ばれていった。



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