想い合い
※プロローグからの続きになります。
「すみません、綺羅々様。もう、仮面をつけ続けるのは、無理です。ずっと、ずっと……あなたが、好きでした」
「何も言わないで、しばらくこのままで居てください。そして、私を、このまま執事として綺羅々様の傍に置いてください」
慎は、告白をしてからずっと黙って綺羅々を抱き締めている。綺羅々は、慎の言葉を何度も心の中で反芻した。
――ずっと、ずっと……あなたが、好きでした。
――このまま執事として、綺羅々様の傍に置いてください。
「ねえ、慎、好きって、慎にとって、どういうこと?」
慎は大きく深呼吸をし、そして、遠慮がちに、
「異性として、あなたに恋をしている、ということです」
と呟いた。
「恋……」
「そうです、あなたを独占したい、傍に居て欲しい、結ばれたい、ということです」
綺羅々は、自分が慎に恋をしているか考えてみた。独占したい、傍に居て欲しい、結ばれたい。独占したい、傍に居て欲しい……これは、幼い頃からずっと抱いてきた感情だった。甘えに飢えていた綺羅々は、慎を独占し、傍に置いておくことで、その欲求を満たそうとした。でも、結ばれたい、というのは、今までに感じたことがなかった。あの時、慎に覆い被さられた時、初めて感じた、身体の疼きなんだろうか。これが、恋愛感情というものなんだろうか。
「私も、慎を独占したいし、傍に居て欲しい。もしかして、身体の芯が疼くっていうことは、慎と、結ばれたい、っていうことなの?」
「……おそらく」
慎と綺羅々の間に、再び長い沈黙が訪れた。抱き締め合ったまま、何も言わずに、相手の気持ちを想った。沈黙の後、先に口に開いたのは、綺羅々だった。
「私を好きになってくれて、ありがとう」
慎は思いがけない綺羅々の言葉に胸が一杯になった。ずっと綺羅々を見てきて、綺羅々の、保護者のような気持ちだったのが、いつしか、綺羅々が自分にとってもなくてはならない存在になっていた。執事で居ることに努めても、別邸で智が綺羅々に触れるのを目の当たりにするうちに、好意が恋愛感情であると言うことを認めざるを得なくなっていた。見ると自分の中から想いが溢れそうになって何度もその気持ちを押し込めてきた。
でも、綺羅々が、自分に欲情していると知った時、いとも簡単に感情の防波堤は崩れ去った。綺羅々は、無意識でも、自分を「男」としてみてくれていた、という事実が、心臓に突き刺さった。自分と綺羅々は、両想いだった。
「綺羅々様が、私を異性として見てくれていたことが、本当に嬉しかった。智様と綺羅々様が時折話しているのを見る度に、私は胸が苦しくてどうしようもありませんでした。それが、嫉妬だと、いつしか認めざるを得なくなったんです」
「でも、私の身体は傷だらけよ。愛人の子どもよ。いつか、慎の前に素敵な女性が現れたら、きっと私よりずっと魅力的に思うんじゃないかしら」
「何を今更そんなことを気にしているのですか?私と綺羅々様はそんなつまらないことに囚われるほどの関係ではないはずです。これから先も、私が仕えるのは綺羅々様だけですよ」
二人はようやく、顔を見合わせた。慎の顔は赤くなっていて、綺羅々は小さく吹き出した。顔が赤くなった慎は殆ど見たことがない。
「この間、おでこじゃなくて、唇にキスしたのは、そういうことだったの?」
「……すみません」
「謝らないで。私こそ、ずっと慎の気持ちに鈍感だった。いつだって、自分のことばかり考えていたわ。ごめんなさい」
「良いんです、私は綺羅々様の執事ですから。綺羅々様のお願いを聞くのが仕事です。今日は、本当に出過ぎた真似をしすぎました」
綺羅々は、背伸びして、慎の頬に口付けをした。
「これからは、出過ぎても良いわ。あまりに出過ぎたら、私がちゃんと言うもの」
「……それでは、早速、一つ出過ぎた真似をしても良いでしょうか」
「なあに?」
すると、慎は綺羅々の唇に自分の唇をそっと重ねた。綺羅々は一瞬目を見開いたが、慎の温かな唇の温もりに身を預けて睫を伏せた。慎は最初に下唇を甘く吸い、そして、ゆっくりと口内へと舌を入れ、綺羅々の舌を絡め取った。甘く、長い口付けだった。息が続かなくなるまで、二人は口付けを止めなかった。やがて慎が唇を話すと、最後に額に口付けをし、照れくさそうに笑った。
「これは、怒られますか?」
綺羅々はあの時の口付けよりもずっと恥ずかしくなって慎の腕を掴んだが、首を左右に振って、
「怒らないわ」
と返した。二人はうっとりと見つめ合い、そしてもう一度抱き締め合った。
「サンドイッチを、そろそろ食べましょうか」
「そうね、何だか長い間食べていなかった感じがする」
「綺羅々様の回想が長すぎたからではありませんか?」
「ふふ、そうかもしれないわね」
綺羅々はようやく机に座り、そして、慎が作ったサンドイッチに手をつけた。




