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目覚め



 

 ……――綺羅々様、


 どこか遠くで、誰かの声が聞こえる。


 頭が重い。まだ、寝ていたい。それでも、聞き慣れた声が脳内に響き渡る。


「綺羅々様、起きてください」

 結城綺羅々(ゆうききらら)はある男に呼びかけられて、重だるい瞼をそっと開いた。

「ん……」

 頭が重たい。身体が思うように動かない。首だけ声のする方へ向けると、そこには、黒いスーツに身を包み、黒髪短髪で縁なしの眼鏡をかけた男が立っていた。結城慎ゆうきまことだ。


 慎は、長身で、眉は男性らしく太めだが、必要以上に整えている雰囲気はない。前髪は眉にかからない程度に左に少し流しており、清潔感がある。目は奥二重に近い二重で、目尻は少しだけ垂れており、やや薄めの唇と少しだけ角張った頬骨が印象的だ。


「熱くて、身体がだるい」

 綺羅々が片手で額を押さえると、慎は白い手袋を外し、綺羅々の手をそっと避けて手のひらで額の温度を確かめた。

「熱がおありのようですね。昨晩、夜風に少し当たりすぎたからでは無いですか?」

 夜風……そうだ、昨日は慎と星を眺めるために、寒い中屋敷の屋上でずっと立っていたのだった。

「慎、寒いわ」

 綺羅々はシルクのネグリジェ姿で身体を起こした。屋敷は十分に温かく、季節を問わず綺羅々はシルクのネグリジェで夜を過ごす。


 綺羅々の容姿は、長い黒髪を腰まで伸ばし、瞳は切れ長の大きめの二重、鼻は高くは無いものの筋はすっと通っている。唇は下唇がぽってりとしており、口紅を塗っていないのにも関わらず紅く色づいている。頬はふっくらしている反面、顎は小さく、十八歳という年齢の割にはやや童顔な印象を与える。客観的に見れば美人に分類されるであろうが、ところどころ包帯が巻かれているのが痛々しい。


 綺羅々の言葉を聞いた慎は、すかさず深紅のガウンをクローゼットから取り出し、綺羅々の斜め後ろにかがむと、そっと肩にかけた。

「何か温かいものでも作りましょう。何がよろしいですか?」

 綺羅々は肩から手を離そうとする慎の片方の手を掴んだ。慎の手はゴツゴツとしているが指先は細い。慎の手は温かった。

「ねえ、慎、私の横で添い寝をしてくれるかしら」

 綺羅々が掴んだ慎の手のひらがピクリと動いた。

「……綺羅々様、それはなりません。私は執事です」

「良いから、私を横で抱き締めて。頭も身体も熱いのに、心はなぜか凍えるように寒いの」

 綺羅々は苦しそうに熱い息を吐いて、慎の手を離し、再び仰向けに寝た。そして、少しだけ身体を横にずらすと、目を閉じ、慎が布団に入ってくるのを待った。綺羅々の寝ているベッドは、二人は軽く横たわれるであろうダブルサイズのベッドだった。


 慎が少しためらっている空気が伝わってくる。しかし、衣服が擦れる音が聞こえ、ネクタイが首からほどかれる音が聞こえた。そして、遠慮がちに綺羅々の横に寝転がった。

「私が、綺羅々様と同じベッドに寝るなど、他の人に見られてはいけません。スラックスやシャツもよれてしまいます」

「この屋敷には、私とあなたの二人だけでしょう?関係ないわ」

「私をあまり、困らせないでください」

「良いから、早く、抱き締めて」

 綺羅々は目を閉じたまま慎の方を向いた。慎からは良い匂いがした。それは、香水の類いでは無く、服を外に干した時の、あの爽やかな匂いだ。綺羅々が慎の方を向くと、慎も綺羅々の方を向き、そしてそっと綺羅々を抱き寄せた。綺羅々は慎の腕の中で、慎の温もりを感じた。凍えそうな心が、少しずつ温かくなっていくのを感じる。

「ねえ、頭も、撫でて」

「……綺羅々様」

「お願い」

 慎は綺羅々の黒い髪をゆっくりと上から下へ撫でた。何度も優しい手つきで、子どもをあやすように撫でた。綺羅々は膝を曲げ、慎の背中に腕を回した。筋肉質の身体は、自分の身体との違いを感じさせる。


「慎、もう一つだけ、お願いしてもいい?」

 綺羅々が慎の胸元に顔を埋め、くぐもった声で話しかけると、

「綺羅々様は本当にわがままですね」

 と、肯定も否定もしない返事が返ってきた。

「おでこに、キスして」

 慎は頭を撫でる動作をやめて、代わりに、綺羅々の身体を抱き締めた。

「あまり困らせないでくださいと、言ったでしょう?」

「慎は、何でも私の言うこと聞いてくれるって、お父様が言ってたわ」

「……」

「私、変なの。身体は熱っぽくて、多分風邪を引いてるのに、心だけはすごく冷たい感じがする。何か悪い夢でも見たのかもしれない。今、私の心を温められるのは、きっと……ううん、絶対慎だけなの」


 綺羅々は顔を上げ、上体を起こして慎の顔に自分の顔を近づけた。黒い髪が慎の腕に垂れる。慎は表情一つ変えないものの、僅かに瞳を揺らした。

「分かりました。目を閉じてください」

 慎の言う通り、綺羅々は目を閉じた。そして、慎は、一瞬の間の後、おでこではなく、綺羅々の唇に、そっと自分の唇を重ねた。それは、下唇をついばむだけの優しい口付けだったが、綺羅々の冷え切った心に人の心を取り戻させるには十分だった。上辺だけで無く、芯まで血が通っていく。慎が唇を離すまで、綺羅々はずっとそのまま慎と唇を重ねていた。

「ん……ッ」

 慎と綺羅々は至近距離で互いを見つめあった。慎の瞳はとても綺麗な茶色だった。ずっと眺めていたい、そう思っていると、綺羅々は、急に眠くなり、そのまま慎の腕の中に倒れ込むようにして眠りに落ちた。


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