握ってほしい(後編)
「ねぇ、こはる。あれ」
ラーメン屋を出て少し歩いたところで、愁衣さんが前方にある建物を指さした。ぱっと見、普通の一軒家のようにも見える外観だけど、入り口はドアではなく紫色の分厚いのれん。そのわきに「易」と書かれた小さな看板が出ていた。
「易……占いのお店か」
「ねぇねぇこはる、入ってみましょうよ」
「え……うん、まぁ、いいけど……」
愁衣さんに手を引かれるようにして、のれんをくぐり中に入る。中は靴を脱いで上がる仕組みのようだ。意外に奥行きがあるようだけど、なにしろ薄暗くて先が見えづらい。遊園地のおばけ屋敷を歩いているような気分。
「すみませーん。誰かいらっしゃいませんかー?」
一向に店の人が出てくる様子がなく、ついに愁衣さんが声を上げる。と、すぐ横の障子がするすると開いた。
「はい? なに?」
と顔を出したのは、派手な髪色の若い女の人だった。口にタバコを咥えている。
「あの、私たち、占っていただきに来たんですけど」
女の人は一瞬ぽかんとした顔のあと、「お客さん?」と訊ねる。二人揃ってこくんと頷くと、「やべ」と女の人は障子を勢いよくピシャリと閉めた。
「……奥の、突き当りの部屋にお入りください……」
くぐもったような声が障子の向こうから聞こえる。言われたとおり、愁衣さんと二人、奥の部屋を目指して歩きはじめた。
「うふふ。楽しみね、こはる」
愁衣さんは顔に「ワクワク」と書いてあるような笑みを湛えている。愁衣さんって、占いとか好きなんだ。なんか意外。
廊下の突き当りにたどり着いた。わきにある襖を開け、中に入る。狭い部屋。中央に小さめの座卓が置かれている以外、目につくものはなかった。相変わらず、薄暗い。
「ようこそ、いらっしゃいました」
と声がして、反対側の襖が開いた。占い師の登場のようだ。いかにもな黒い服を着て、ベールのようなもので頭と口元を覆っている。けど、この人……完全に……
さっきの女の人だ————!!
よいしょ、と女の人は座卓の前に腰を下ろすと、手に持った占いに使う道具らしきものを天板の上に並べていく。最後に置いた「占」と書かれた小さな置物のスイッチを入れる音がすると、座卓の周りがぼうっとオレンジ色の光に包まれた。
「運命に導かれた迷い子たちよ、よくぞ参られた。さあ、お座りなさい」
なんでそのテンションでやれるの————!?
「はい先生、よろしくお願いします」
お前もなんでそのテンションでいけるんだよ!?
……まぁ、いいか。正直、占いなんてもともと胡散臭いもんだし、いまさらどんな胡散臭い人が現れたところで……。とりあえず愁衣さんは占い好きそうだから、興を削ぐのも悪いし、あまり余計な口出しはしないでおこう……。
「で? あなたたち、今日はどんなことを占ってもらいに来たの?」
「はい、私たちの相性を占ってもらいに来ました」
そうだったの——!?
「うむ、しかと心得た。ではまず、あなたたちの生年月日を教えてちょうだい」
愁衣さんと順番に生年月日を伝える。その後、生まれた場所、血液型、食べ物の好き嫌いと質問が続き、同じように順番に答えていく。この質問、本当に意味あるのか……? まぁまぁ、いいや……黙っておこう。
わたしたちが答えるたびに、女の人は逐一手もとに目をやり、なにかメモをとるような動作をする。そしてすべての質問が終わると、女の人はばっと顔を上げて言った。
「はい、占いの結果が出ました!」
もう!? ……っていうか、どうでもいいけどこの人、さっきからなんか口調が安定しないんだよな。占い師ということでくるなら、もっとちゃんと作り込んできてくれよ……。
「ど、どうですか……?」
「一言で言って、あなたたちの相性は最高です」
「ほ……本当ですか!?」
時々思うのだけど、相性占いで客にわざわざ悪い結果を告げる占い師っているのだろうか……。正直、さっきからわたしたちの繋いだ手をちらちら見られているのも感じるし、この人としてもそう言うしかないんだろうな……。
「ええ、本当ですとも。あなたたちの相性値は最高。共にいれば、おたがい常に良い運気が巡ってくるでしょう」
良い運気……。
現在も含め、愁衣さんと関わってからのさまざまな「治療」が脳裏をかすめる。
「その運気は、これから先もずっと続きますか?」
これから先も、わたしは彼女の妙な持病の対処に付き合わされるのでしょうか?
「ええ、お二人はこれから先もずっと一緒です」
……あの、そういうこと気軽に言わないでもらえますか……?
「結婚もできますか?」
できるわけねーだろ。
「ええ、できますとも」
適当言うなよッ!!
「その証拠に、お二人の相性を数値化してご覧に入れましょう」
数値化……? なに、そんなことできんの……? と思って見ていると、女の人はなにやら目を閉じ「ムムム」と念じ、「はい出ました、九十八パーセントです」と座卓の下から何かを取り出し、わたしたちの前に掲げた。目の前には「98%」と数値が表示されたスマホの画面があった。
これ、アプリの占いのやつじゃん————!!
前にクラスの友だちが、彼氏との相性を同じアプリで占っていたのを見たことがある。そういえばこの人、さっきの質問のときなんかコソコソやってるなと思ってたけど、占いアプリに質問の答え入力してたのかよ!? なんという露骨なインチキ……。だとしても隠せよ、気軽に見せちゃうなよ!!
「すごいわ、こはる!! 九十八パーセントですって!!」
「え……あぁ、うん……そうだね……」
「お二人には今後も、きっと良い未来が待ち受けているでしょう」
それでもなおその感じを続けるの、もう逆にすごいな。こんな占いにお金を払うなんて、どう考えたってばかげてる。……でも、
「うふふ、九十八パーセントかぁ」
……なんか嬉しそうだし、まぁ、いいか……。
◇◇◇
占い店(詐欺)を出たわたしたちは、そのまま路地裏をしばらく歩いた。こんな場所にでも意外にお店はいろいろとあるもので、雑貨屋、お土産店などで買い物を楽しんだ。表通りの大きなお店に比べれば品物の種類は少ないのだろうけど、それでも普段あまり触れることのない中国雑貨の可愛らしさやどことなく漂う怪しさは目に新鮮で、見ているだけでも楽しめた。
お二人には今後も、きっと良い未来が——。占い師(仮)の女の人に言われた言葉を思い出す。案外、あれは当たっていたのかもしれないな……と思いはじめたところで、愁衣さんがなにやらもじもじとしているのに気が付いた。
「愁衣さん、どうしたの?」
「こはる……その、私ちょっと、お手洗いに行きたくなっちゃって……」
……なん……ですと…………!?
◇◇◇
「あの……やっぱりわたしも、一緒に個室に入らなきゃだめですかね……?」
トイレを求めて、わたしたちは近くにある大きな公園までやってきた。無事、目的のものを発見し、愁衣さんと中に入ったところだ。
「……ごめんなさいね、こはる。でも、手を繋いだままでいるためには……」
「……ですよね」
まぁ、トイレに行くとなった時点でそれは半ば覚悟していたことだ。愁衣さんのあとについて一緒に個室に入る。
「あ……」
「どうしたの?」
「……こはるの前で、下半身を露わにするのが恥ずかしくて……」
「あんた今日の最初、バスの中でパンツ脱ごうとしてたろ」
「あのときはまだ手を繋いでいなかったから……。ねぇ、こはる。一人じゃ恥ずかしいから、こはるも一緒に脱いでくれない?」
「なんでだよッ!! っていうか見ないよ! ……ほら、後ろ向いてるから、早く済ませて」
「えぇ!? 見てくれないの……!?」
「どっちだよ!! っていうかなんだよ、『見てくれないの』って!? くだらないこと言ってないで、早くしろッ!!」
あらためて後ろを向く。カチャカチャと、愁衣さんがスカートのフックを外そうとする音が聞こえる。
「あン、片手じゃうまく外せないわ……」
……なんだか、背中に視線を感じる気がする。無視、無視。絶対に手伝わないぞ、わたしは……。
それでもなんとか外せたようで、その後ジジッとジッパーを下ろし、愁衣さんが便座に腰を下ろす音が聞こえた。
ややあって、ショロショロと水の流れる音が聞こえはじめた。……はぁ、それにしても、なんて状況だ。相手が小さい子どもならまだしも、同じ個室内で同年代女子の排尿音を聞かされる機会なんて、今後そうそうないだろうな……。
「あぁ……こはる……」
……なんかまた始まったし。用を足しながら人の名前呟かないでください。小籠包のときもそうだったけど。
「こはる……こはるぅ……うぅ……」
……無視、無視。
「あぁ、こはる……そこ……うぅ、あぁ……」
……い、いま、用を足してるんですよね……? なにか別のこと、してませんよね……?
「こはる、そこ……だめぇ、あぁ……!」
「い……いいかげんにしろッ!! さっきから何してんだ、あんたッ!!」
思わず振り向くと、左に大きく手を伸ばした妙な格好をしている愁衣さんの姿があった。
「……なにしてんの?」
「あぁ、こはる……やっと振り向いてくれた……。ホルダーに紙がなくて、予備のロールが、そこに……うぅ……」
見ると、愁衣さんの右手側の床にトイレットペーパーのロールが積まれて置いてあるのが見えた。……なんだ、そういうこと……。
「はい」
代わりに取ってやり、愁衣さんに手渡す。「ありがと……」と、おずおずと受け取り、なにやら上目遣いに愁衣さんはちらちらとわたしを見る。
「……どうしたの?」
「その、こはる……私……」
と、頬を赤く染めた顔で愁衣さんは言った。
「そ……剃ってなくて……ごめんなさい……」
「……」
「……」
「何の謝罪だぁぁぁぁッッッ——————!!」
わたしのけたたましい絶叫が狭い個室内に響いた。
◇◇◇
公園のベンチに愁衣さんと並んで座る。手にはソフトクリーム。トイレを出たあと、園内に停まっていたキッチンカーで買ってきたものだ。
「おいしいわね、こはる」
「だね」
愁衣さんと並んでソフトクリームにパクつく。勢い余って口の端についてしまったアイスを、自由になった左手の指で拭う。
「それにしても、よかったよ。愁衣さんの発作が無事治って」
「えぇ、それも三時間かからずに。いつもならもっとかかるのよ。さすがこはるね。ありがとう」
「どういたしまして」
と、ソフトクリームをまたひと舐めして、スマホの時計を見る。とはいえ、集合時間もそれなりに迫っているし、いまから自分たちの班に合流しても……というタイミングだ。このまま愁衣さんと残りの時間も行動して、バスに戻ることになりそうかな……。
「こはる、……今日は本当に、ごめんなさいね」
「え?」
「せっかくの自由行動の時間を、私の世話に費やさせてしまって……」
「あぁ……いいよべつに。気にしないで」
「でも、本来の班で一緒に行く予定だった場所とか行けなかったでしょう? せっかくの計画が……」
「いいって。行きたければ、また来ればいいんだし。それに、……今日は今日で、けっこう楽しかったしさ」
「こはる……」
ふと、ベンチに置いた左手に温かい感触を覚えた。愁衣さんの右手が重ねられている。
「……もう治ったんでしょ?」
愁衣さんはゆるゆると首を振る。
「まだ、もう少し……」
薄く赤らんだ愁衣さんの頬を、風になびく髪がやわらかく隠した。
【おまけ:その日の夜、チャットアプリ内での二人のやりとり】
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〈こはる、見て〉
〈98%!〉
〈あぁ、それ〉
〈画像、占い師の人に送ってもらってたんだ〉
〈えぇ〉
〈待ち受けにするわ〉
〈するな〉
〈わたしの名前も載ってるんだから〉
〈え〉
〈わかった〉
〈じゃあ、違う画像に変えておく〉
〈(´•̥ ω •̥` )〉
〈もう設定してたのかよ〉
〈危なかった〉
〈でも、これ〉
〈98%って〉
〈あと2%、何が足りないのかしら〉
〈体の相性だけで言えば、100%のはずなのに〉
〈やめろ〉
〈じゃあ、あれやる?〉
〈同時に言って一致するか、みたいなやつ〉
〈当たったら100%ってことで〉
〈おもしろそうね〉
〈やりましょう〉
〈じゃあテーマは〉
〈「いま食べたいもの」で〉
〈わかったわ〉
〈いくよ〉
〈せーの〉
〈チーズケーキ〉
〈こはる〉
〈当たるわけねーだろ〉
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お読みいただき、ありがとうございました。
本日まで6日間、最初の6話分だけ毎日投稿させていただきました。
こういった投稿サイトに1話ずつの連載形式でお話を投稿させていただくのは初めてのことで、至らぬ点もあったと思いますが、ここまでお付き合いくださった皆様に心より感謝申し上げます。
次回7話目は9月4日(金)18時に投稿を予定しております。
もしご興味をもっていただけましたら、また続きを読みに来てくださると嬉しいです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




